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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第二章  愛の女神と狂気の女神
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第二十七話    孫子の末裔と北方の獅子

ヴァルハラの西方は武装した兵士と軍馬で満たされていた。天空に輝く日は斜めに傾きかけ、照らされる光がきらめく甲冑の群れを飲み込んでいる。

エインフェリアとオーク兵の調練は朝からほぼ休みなく行われていた。

山本勘助が打ち鳴らす鉦を合図に軍が進退し、武田典厩信繁が平素の穏やかな風貌からは想像できぬ激しい叱咤を飛ばす。

ヘンリク二世は自ら馬を走らせながら他のエインフェリアを激励し、夏侯淵は弓兵の訓練を担当していた。

そしてエインフェリア軍の大将軍と目されている北畠顕家は小高い丘の上で我関せずの態でぼんやりと空を渡る鳥たちを見つめていた。

顕家の様子は朝からほとんどこうであった。兵達の訓練の様子を無感動な様子でじっと見つめることもあるが、一切言葉を発しない。激励も叱咤も行わず、副将格の信繁や軍師の勘助とも打ち合わせすらしていないようである。

しかし他の二百名近くのエインフェリア達は不満も反感も覚えなかった。

一見、武とはかけ離れた繊弱な風貌の顕家であるが、その醸し出す研ぎ澄まされた刃のように鋭い神気、武威は圧倒的であり、竜頭の仮面を小脇に抱えた彼がただいるだけでエインフェリア達は心身ともに引き締まる思いがするのである。

そして翻る風林火山の旗があった。まさにエインフェリア達とオーク兵は風のように疾く、林のように静かに、火のように荒々しく、また山のように堅固という軍隊にとって最高の形に一歩一歩確実に近づいていた。

その神秘的な力の淵源の中心に北畠顕家がいることは明らかであった。


「む・・・・?」


その北畠顕家が奇妙な声を発した。風林火山の旗の力がまた増したことに気が付いたのである。


「おーおーやってるなー」


「うむ。軍隊が一糸乱れず動くその姿はいつ見ても良いものだ」


見れば、見慣れぬ二人の男がこちらに向かっている。赤い帽子をかぶった小柄な東洋人と驚くほど背が高い痩せた西洋人。


「あれのほとんどが人形の兵隊なんだろ?すげえなー、本当よくできてるぜ。人間とほとんど見分けがつかねえ」


「うむ。だがよく目を凝らすと人形だと分かる・・・・。ああ!」


グスタフアドルフが感動に耐えきれぬというように呻いた。


「な、なんでえ、気色悪い声出しやがって」


孫堅が驚いて軽く飛び跳ねてグスタフと距離を取った。


「目がよく見える。見えるのだ!」


グスタフが拳を震わせながら言った。その目にはうっすら涙がにじんでいる。


「ああ、エインフェリアになって体の機能が上がったみたいだな。目が悪かったのかい?にしても泣くこたねえだろ・・・・」


「余は酷い近眼だったのだ。かつてはそれで苦しみ、遂にはリュッツェンの戦いで敵中に突出してしまい、不覚を取ってしまった。だが、もう二度と、二度と同じ過ちは犯さぬ・・・・!」


「ふーん・・・・。ま、あんまり張り切りすぎないようにな。もちっと気楽にいこうぜ、気楽に。俺は地上ではちと張り切りすぎたせいでおっちんじまったからなあ・・・・」


「・・・・」


顕家はじっと二人の男を観察した。背の高い西洋人の男はその神経質で躁鬱的な言動に似合わぬ武威を有しているらしい。

そして小柄な男である。その甲冑から察するに漢土の出身らしいが、彼もまた風林火山に縁のある人物なのだろうか。


「よう、おめえがここの大将か」


赤い帽子を被った孫堅が顕家に気安く語り掛け、そして兵達の間で翻る風林火山の旗をじっと見つめた。


「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山・・・・。孫子の兵法か。いけねえなあ、孫武の末裔たるこの孫文台様に許可なく勝手に孫子の文言を使っちゃあよ」


孫堅は白い歯を見せて快活に笑いながら冗談めかしく言った。


「孫武・・・・?誰の事だそれは」


「この俺の御先祖様よ。天下一の兵法家さ」


訝し気に問うグスタフに孫堅が陽気に答えた。


「そう言えば、三国志の孫堅は孫子の末裔を自称していたらしいな・・・・。それは確かなのかな?貴殿の孫家はどのような家柄であったかは不明だったと記憶しているが・・・・」


いつのまにかこちらに来ていた勘助が右目で孫堅を値踏みしながら皮肉げに言った。信繁、ヘンリク二世、夏侯淵もこちらに向かっているようである。


「家柄については聞くなよ。いいじゃねえか、孫子の末裔だって名乗った方が色々とはったりが効くんだよ」


孫堅が孫子の末裔というのは自称に過ぎないことをあっさりと認めた。彼は元々、十七歳の若さで海賊を退治して名を上げたが、それ以前の経歴はまったくの不明である。元々は賤しい身分の出身なのだろう。だが、


「いや、その方は確かに孫子の血を引いておるようだ」


顕家が断言した。


「・・・・何だって?」


「その方が来たことによって風林火山の旗が発す聖なる気が増したのだ。その方に流れる孫子の血に反応したのであろう。直系ではなく、傍流であろうがな」


「おいおい、マジかよ」


孫堅が瞳を輝かせて顕家の顔を覗き込んだ。だが、顕家はそれで孫堅には興味を無くしたように素知らぬ顔をしている。

孫堅は一瞬腹が立ち、怒鳴ろうとしたが出来なかった。一見、威圧感や力感とは無縁に見える顕家の容姿であるが、孫堅程の豪胆な男をも黙らせる氷の刃のような剣呑な気配を放っていたからである。


(何者だ、こいつ。女みてえな面してやがるくせに、只者じゃねえ・・・・)


「あんた達がエイルに選ばれたエインフェリアかい」


鮮やかな真紅の甲冑を纏ったフロックがやって来て言った。その姿は殺伐とした場に咲いた一輪の赤いバラのようであった。

孫堅とグスタフアドルフは思わず感嘆の声を上げた。


「いーい女じゃねえか・・・・」


「うむ。ヨーロッパで最も美しいと言われた我妻マリアにも引けを取らぬやもな。少々若すぎるが・・・・」


だがフロックは己の容姿を褒められたところで少しも嬉しくないらしい。戦乙女ワルキューレの価値観には美貌を誇るという考えはないのだろう。

特に戦乙女の中でも最も猛々しいフロックにとっては武勇こそが唯一にして最上の価値であるに違いない。


「あんた達の出来る仕事なんてないよ。ヴァルハラの軍隊の調練は私が選んだ五人で充分だ。まして、あのエイルなんかに選ばれた奴らに・・・・」


「そうは言うが、こちらの孫堅殿はかの孫子の末裔らしいぞ。彼によって風林火山の力が増すようだ」


信繁が言った。


「ふーん・・・・」


「そのエイルとやらはそのことを考慮してこの御仁を選んだのかな?だとしたらなかなか大した戦乙女ではないか」


「まさか。あいつはそんなことまで頭が回る奴じゃないよ。単なる偶然さ」


フロックは活力に燃えるみずみずしい緑の瞳で孫堅を値踏みしながら素っ気無く答えた。


「ま、それならあんたはここに居ていいよ。それで背の高い痩せっぽちのあんた。あんたには出来ることはあるのかい?」


「出来ることはあるかだと?全く無知とは嘆かわしい。このヴァ―サ朝第六代スウェーデン王グスタフアドルフこそが世界で最も偉大なる軍事改革者であるというのに・・・・」


そう言って大げさに頭を振って周囲の者の無知と無理解を嘆いていたグスタフアドルフの視線がヘンリク二世に止まった。


「おお、ヨーロッパの人間がおるではないか。見れば高貴な佇まい、王侯貴族とお見受けする。「北方の獅子」と畏怖された我が名を知らぬか?」


「いやー誠に申し訳ないが、聞いたことがない」


ヘンリク二世が己の形よく整えた口ひげをいじりながら笑顔で答えた。同じ西欧人に会えたことが嬉しい一方で、グスタフアドルフの変人ぶりを楽しんでいるようにも見える。


「うーむ、そうか・・・・。だが、その古めかしい甲冑から察するに余よりも昔の時代より来られたようだ。出身は何処?」


「ピャスト朝ポーランド大公、ヘンリク二世ポボジュヌィと申します。以後お見知りおきを」


ヘンリク二世が優雅に名乗ったが、グスタフは気まずそうな表情を浮かべた。


「あー、うむ、ポーランドの王か・・・・」


「何か我が祖国にふくむところでも?」


「いや、何でもないのだ、気になさるな・・・・」


それっきりグスタフはヘンリク二世と目を合わせようとはしなかった。

後進国であったスウェーデンを卓越した手腕で改革し、瞬く間に強国と変えて三十年戦争で英雄の名を不滅としたグスタフアドルフであったが、実は若き日にポーランド征服を試み、ことごとくポーランド軍に敗れてその野望を頓挫している。

その為、ポーランド人に対して根深い劣等感を抱いていたのである。





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