第二十六話 アース神族とヴァン神族
「我らが向かうのはヴァン神族が住まうヴァナヘイムです。そこには和平の為に人質になられたアース神族のヘーニル様がおられます。あの方をアースガルドに戻してもらえるよう嘆願することが最重要の任務となります」
「そのような神がいたのか・・・・」
ブリュンヒルデは呟く重成に頷いて見せた。
「アースガルドの門番であったヘイムダル様が亡くなってしまったが為に先程ロキの侵入を許してしまいました。今後そのようなことが無いよう、アースガルドに再度強力な結界を張らねばなりません。それが出来るのは最早ヘーニル様以外にはおられません。ですからなんとしても戻っていただかねばならないのです」
そこでブリュンヒルデは言葉を切り、憂い気な表情を浮かべた。
「ですが、ヴァン神族側の人質としてこちらに来られていたフレイ様を先のラグナロクにて死なせてしまいました。ヘーニル様を返せと言われても向こうは容易にはうなずかないでしょう。どのような条件を出されることやら・・・・」
「ちょっと待て。こちらのアース神族とヴァン神族は長い間戦争していたとはちらりと聞いたが、どのような原因でそうなり、どのようにして和平を結んだのじゃ。もそっと詳しく聞かせてはくれぬか。何せ妾はこちらに来たばかりなのでな」
ラクシュミーが言うと、エドワードが腕を組みながら大きく頷いた。
「僕もそこが知りたい。ヴァルハラの書物にもヴァン神族との戦争については詳しく書かれてないんだよなあ・・・・」
呟くエドワードの顔をラクシュミーが訝しげに見た。
「そなたの名はエドワードであったな。その名はイングランド人か・・・・?」
「そうだけど・・・・何か?」
「いや・・・・いまは良い。色々言いたいことはあるが後にしよう」
「・・・・?」
勝手に会話を打ち切ったラクシュミーをエドワードは不審げに見たが、すぐに視線をブリュンヒルデに戻した。
「そうですね。そこはやはり話さねばならないでしょうね。そもそもヴァン神族との戦が始まったきっかけは、本来私などが口にするのははばかられますが、オーディン様が彼らに向かって槍を放ったからだそうです」
何が原因でオーディンがそのようなことをしたのか。ヴィーザル達は黙して語らない為、ブリュンヒルデも他の戦乙女も知らないらしい。
だが、オーディンが戦の発端を作ったのは確かのようである。
武勇に優れたアース神族に対し、ヴァン神族は強力なルーン魔術をもって対抗し、戦は激しさを極め、永劫に達するかと思われる程続いた。
互いに疲弊し、このままでは共倒れとなって巨人族を利するだけと考えた両神族は、和平の道を探るようになる。
そこで、互いに人質を差し出して戦争を終結させようとの提案が出されたのである。
ヴァン神族からは輝く美貌で知られたフレイ、フレイヤ兄妹。アース神族からは勇将ヘーニルと賢者ミーミルである。
こうして和平は結ばれたのだが、すぐに一触即発の緊張が生じる。賢者ミーミルはかのオーディンすらをも凌ぐ博識を誇っていたのだが、同時に狷介さと毒舌でも神々隋一と言って良い存在であった。
彼はヴァナヘイムに来てもヴァン神族と馴れ合う事を潔しとせず、好き放題に悪口を放っていたのである。
そして遂に怒りを発したヴァン神族の一人に首を刎ねられてアースガルドに送り返されてしまった。
このことがきっかけで和平は破られ、戦が再発するかと思われたが、そうはならなかった。
巨人族の動きが活発となっていた為、双方動きようにも動けなかったためである。
だがこれで両神族の関係は完全に断絶することとなった。
「成程、それではヘーニルとやらを取り返すのはかなり難しいな・・・・。ああ、フレイと言う神がスルトに殺されたのは知っているが、その妹のフレイヤはどうなったんだ。ラグナロクに参戦したのか?」
「いえ、フレイヤ様はラグナロク直前にフレイ様が独断で密かにヴァナヘイムに帰されました。フレイ様は妹君を溺愛なされていたとのこと。戦に関わらせたくなかったのでしょう」
「成程・・・・」
ブリュンヒルデの答えを聞いて、重成はヴィーザルに見せられたラグナロクの激戦を思い返していた。
圧倒的な美貌を持つものの、さほど武勇に優れているとは思えないフレイがムスペルの王であり、見るからに凶悪極まりないスルトに果敢に挑み遂には殺されてしまったのは、己の行為に責任を感じていたからなのだろう。
「先程言った通り、ヴァン神族との関係は断絶しています。ヴィーザル様が念話を試みようにもそれすら叶いません。聞くところによると、ヴァン神族はヴァナヘイムの周辺に飼いならした魔物を放っているとのことです」
「かと言って我らがオーク兵を率いていくわけにもいかんのだな。同盟相手を刺激するわけにもいかんだろうし」
「ええ。どのような魔物がどれ程いるのかすら分かりませんが、私達だけでなんとかせねばなりません。もしどうしても手に余るようならば一度こちらに戻って再度オーク兵を率いて行かなければならないでしょうが、極力それは避けたい・・・・」
姜維の言葉にブリュンヒルデはそう答えた。
「こちら来て早々、重要な任務を任されたな。魔物とやらと出会うのが楽しみだな、敦盛殿」
義元が敦盛に笑いかけた。だが敦盛の表情は硬い。
「人ならぬ魔物相手にどのように対したらいいか、想像すら出来ません。足を引っぱらねばよいのですが・・・・」
「大丈夫だよ、敦盛くん。もっと自信を持って!」
エイルが敦盛の腕をつかみながら励ますように言った。
「ヴァナヘイムに着くまでは数日かかるでしょう。貴方達新参の三人にはその間に神気の操り方を覚えてもらいます。エイル、貴方が指導するのですよ」
「はーい!」
(全く、戦乙女も色々だな・・・・)
無邪気に答えるエイルを見て、重成は思った。重成が直接言葉を交わした戦乙女はブリュンヒルデ、フロック、そしてエイルの三人だけである。
だが、三者三様、驚く程個性に違いがあった。ブリュンヒルデは常は氷のように冷徹であるが脆さと不安定さを内包しており、フロックはいささか狷介ではあるが勇猛で最も戦乙女らしい戦乙女と言える存在だろう。
そして最も戦乙女らしからぬエイルの存在である。
考えてみれば戦乙女ワルキューレはヴァルハラの神々の命で地上におり、戦死した人間をエインフェリアに選ぶ責務を負っているのだから、人間の影響を強く受けているのかも知れない。
「それでは行きましょう」
ブリュンヒルデに促され、一行は天翔ける船に乗り込んだ。
重成が無窮の宇宙空間を船で渡るのはこれで二度目であるが、この感動が薄れることはこの先も無いだろう。
銀河に散乱する数兆の光と闇の微粒子を受け止めると、全身の細胞が活性化し、己の存在がこの銀河と一体化したような気がする。
宇宙を律する力は神々を凌駕する程圧倒的であり、絶対的であるが、己の魂がその力に洗い清められ、無限に等しい力への道にまた一歩近づけたことを実感できるのである。
「はい、これが神気を高める方法だよ。じゃあ次はそれを自分の武器に込めてみて」
エイルの明るい声が船内に響き、重成は銀河との同調を打ち切って三人の新参のエインフェリアへと視線を移した。
人にものを教えるなど全くの不向きと思われたエイルだが、意外ときびきびと指導しているようである。
「ふむ、こうか」
今川義元が愛刀である今川家重代の二尺八寸松倉郷の太刀を抜き、意識を集中した。
名刀の白い輝きが青白い炎を帯びる。
「流石義元さん!」
エイルが飛び跳ねて喜びを表し、義元の勘の良さを絶賛した。
「うーん、駄目だ、上手く出来ない・・・・」
敦盛が金色に仕上げられた太刀を手にし、悲し気に呟いた。
「あー仕方ないよ、敦盛くんて剣術が元々苦手っていうか、あまり稽古してないんでしょ?その分弓術は得意みたいだから、矢じりに神気を込めるのは大丈夫なんじゃないかな」
エイルの言葉を聞き、敦盛はえびらから一本の矢を抜き、その矢じりを見つめながら神気を集中させた。
「出来た・・・・!」
「ほらね?」
エイルがにっこりと微笑みながら言った。
「それに敦盛くんが本当に凄いのは笛の技だもんね。神気を込めて演奏すれば、ヴァン神族の人たちもすっごく感動するくらいの音色が出ると思うよ」
「吹いてみたらどうかな、敦盛殿よ。我も今一度聞きたいし、他の者達にも聞かせてやりたい」
義元の言葉を聞き、重成は期待に胸躍らせた。平家物語で名高い、敵方の荒ぶる源氏武者をも感動させた稀代の笛の音が今ここで聴けるとは。さらにその笛に聖なる神気が込められるのである。どれ程美しく清い音色になるのか、想像も出来なかった。
「承知しました。拙き技にてお耳汚しなれど・・・・」
敦盛が一礼し、懐の笛を取り出した。その時である。
宇宙空間を優雅に渡っていた天翔ける船が異様な力に捉えらえれ、船体が大きく揺れ動いた。
「な、何だ、何が起こった!」
振動で書物を読むことに熱中していたエドワードが転倒し、慌てふためいて叫んだ。
「何があったのだ、ブリュンヒルデ!」
重成は船の中央にいるブリュンヒルデの元に駆け寄った。
「分かりません。突如強大な神気によるルーン魔術に捕らえられたのです・・・・!」
ブリュンヒルデがあえぐように言った。その驚く程白い美しい顔に滝のような汗を流している。
「この神気はヴィーザル様に匹敵する程の・・・・!私では到底抵抗出来ません・・・・。引き寄せられる・・・・!」
天翔ける船は流星となって一つの星に向かって落ちて行った。まるで鮮やかな緑玉の如き星へ。




