第二十五話 合流
重成達五人のエインフェリアは再び天翔ける船の前に集合していた。
「またこの船に乗って銀河を超えることが出来るんだね。一体どんな任務なんだろう」
青灰色の瞳を情熱的に輝かせながら言うエドワードにうなづきながら、重成は改めて天翔ける船に注目した。
湖面に浮かぶ優雅な白鳥を思わせる姿で、その純白の外装には一点の汚れも無い。華奢に見えるが金剛石をも凌ぐ強固さなのである。
一体どのような金属を用い、どのような技術で製造されたのだろうか。全く想像すら出来ない。
やはりヴァルハラの神々の叡智は人とは隔絶されたものと言うしかない。
(地上の人々が己の手でこのような船を造り、銀河に羽ばたく日はやってくるのだろうか?)
何せ重成が生きていた時代では船は木造で、波濤を超えて隣国に渡ることすら多くの困難を要し、時には嵐に巻き込まれて海中に没することも珍しくなかったのである。
神ならぬ人の身では船を宙に浮かせることすら未来永劫叶わないのではないか。
いや、そんな事はないと重成は思った。神と人間の中間の存在であるエインフェリアになったからこそ感じるのである。
全ての生きとし生ける人間は極めて薄くではあるが、神々の血を引いているのだと。地上の人間は不老不死の神々に比べれば、ほんの数十年しか生きれぬ塵芥にも等しい存在かも知れないが、その記憶の底に神々の叡智の断片を確かに有している。
その叡智の断片を人間は本能的に長い時をかけて少しずつではあるが受け継ぎ、我が手で再現しようと試みているのではないのか。
文明の発展とは、地上に放り出された人間が必死になって神々の記憶を思い起こし、神々に追いつこうとする行為に他ならないのではないだろうか。
(ならば、幾百年、幾千年の後かは分からないが、人はいずれ己の力で銀河を超え、このヴァルハラに達するやも・・・・)
「戦乙女のエイルが三人のエインフェリアと共に私たちに同行するようです」
ブリュンヒルデの声で重成は我に帰り、彼女の顔に注目した。
「あまり気が乗らない様子らしいな、ブリュンヒルデ」
ブリュンヒルデは常の如く氷の人形のような無表情を装っているが、重成はその感情の動きを見逃さなかった。
本来ならば重成は人情の機微に鋭敏な性質ではないのだが、最近は不思議とブリュンヒルデの感情が読めるのである。
「そのエイルとやらと仲は良くないのかな?」
「・・・・向こうが私のことをどう思っているかは知りません。ですが、私はあの者は好きではありません」
ブリュンヒルデは素直に認めた。
「あの者は戦乙女の中でも私やフロックに匹敵する神気を持ちながら、あまりにも気ままで幼い。あまつさえミッドガルドでは己の好奇心を優先して戦乙女の最重要の使命である勇者の選定に遅れたのですから、呆れて言葉もありません」
「おいおい、大丈夫なのか、そんなのと同行して。まだ詳しく聞いておらんが、今度の任務もかなり重要なのだろう?」
「私も大丈夫とは思えません・・・・」
疑わし気に問う又兵衛にブリュンヒルデは小さくため息をつきながら答えた。
「ブリュンヒルデ姉さまー、お待たせー」
声がした方に注目すると、十三歳ぐらいの栗色の髪の少女が手を振りながら小走りでこちらに近づいてきた。その後ろには二人の武士と褐色の肌の美しい女性がいる。
「何だあの子供は・・・・。あれが本当にワルキューレなのか?」
顔をしかめてローランが言ったが、他の四人も同じ気持ちだったろう。
ヴァルハラにいる数十名の戦乙女ワルキューレはいずれもうら若き乙女であるが、皆一様に凛々しく、武芸に長けた者特有の勇ましい気と隙の無い身のこなしを感じさせた。
ところが、このエイルという戦乙女は飛びぬけて幼く、武勇の素養が全く感じられない。神の眷属であるという神々しさはまるでなく、地上の良家で何不自由なく育った天真爛漫な少女にすぎないのではないかと思わせた。
「エイル、いつも言っているでしょう。何故甲冑を纏わないのです」
ブリュンヒルデがエイルを軽く睨みながら言った。成程、戦乙女は皆任務の際には美麗な甲冑を纏うはずだが、彼女は緑色の刺繍が施された橙色の服を着ているのみで、華奢な手足を露出している。彼女が戦乙女らしからぬのもその外装故だろう。
「だってーエイル甲冑嫌いなんだもん。重いし動きづらいし・・・・」
「また勝手なことを。戦乙女は任務の際には甲冑を纏うのが習わしでしょう。貴方には戦乙女ワルキューレとしての誇りは無いのですか?」
「でも、でも、今度の任務はヴァン神族の人たちと仲良くなりに行くのが目的なんでしょう?甲冑なんて必要ないんじゃないかなーって・・・・」
「必要か必要でないかは貴方が決めることではありません。さあ、今すぐ甲冑を着て来なさい」
「えー・・・やだ・・・・」
「エイル、いい加減に・・・・」
「もうよいではないか。甲冑一つで任務の結果が変わるはずもあるまいに。本人の自由にさせてやればよろしい」
頭に白い布を巻いた褐色の肌の美しい女性がブリュンヒルデとエイルの間に割って入った。動きやすさを重視した質素な服装ではあるが、高貴な身分であるのはその佇まいから容易に見て取れる。彼女はエインフェリアらしいが、エイルなどよりよっぽど戦乙女らしいと言えるだろう。
「黙りなさい。新参のエインフェリアに過ぎない身で戦乙女同志の会話に差し出口を挿むなど、不遜でしょう。身の程を弁えなさい」
「生憎とそうはいかぬな」
ブリュンヒルデの威にわずかの怯みも見せず、褐色の肌の美女は不敵な笑みを浮かべた。
「この娘は妾が守ると約束したのでな。何なら、剣にかけても良いが・・・・」
「ラクシュミーさん、止めて!そこまでしなくていいよ。分かったよ、エイル我がまま言うの止めるから・・・・」
「あの・・・・。出会ったばかりなのに争いはやめませんか」
十代半ばの若武者が言葉を発した。控えめな口調ではあるがその声は清らかで犯しがたい気品があり、エイルの自由にさせてやりたいという意思がはっきりと感じられた。
その古めかしい甲冑からして源平時代の武者であろうかと重成は推測した。
「うむ。我らは任務の詳細を未だ聞かされておらぬし、何より汝らの素性も知らぬ。見れば日の本武士が二人おるではないか。名を聞かせよ」
彫りが深い顔立ちの中年の武士が言った。尊大な物言いだが、重成も又兵衛も不思議とまるで反感を感じなかった。
見ればその武士は胸白の鎧に金の八竜を打った五枚兜をかぶり、赤地の錦の陣羽織を着込んでいる。その豪奢ないでたちから察するにおそらくは上級武士、いや、ひょっとすれば一国の大名なのではないだろうか。ならば生まれながらに人に命令する立場で、その物言いもことさらに偉ぶったのではなく、ごく自然に出たものなのだろう。
「木村長門守重成と申します」
「後藤又兵衛でござる」
「ふむ、聞いたことがないな」
武士はあっさりと言った。
「見れば汝らの具足、我が生きていた頃の武士の物とはいささか違っておるの。と、言う事は、我よりも先の時代より参ったか。ふむ、我も名乗らせてもらおう。今川治部大輔義元と申す。知っておるかな?」
「今川義元公・・・・!」
重成と又兵衛は息を飲み、駿河、遠江を支配した大大名を凝視した。
「海道一の弓取り」とは武田信玄が徳川家康を評した言葉であるが、本来この異名を持ったのは他ならぬ今川義元である。
軍事、内政、外交において卓越した手腕を発揮し、守護大名から見事な転身を遂げたいわば最初の「戦国大名」と言っていいだろう。
もし、この目の前の人物が桶狭間で不慮の死を遂げなければ、間違いなく天下人になっていたに違いない。
そうなれば豊臣秀吉は織田信長の元で異例の立身出世を遂げることもなく、徳川家康は今川家の一門武将として生涯を終えただろう。
当然、関ケ原も大坂の陣も起こらず、重成と又兵衛の生涯も全く違っていたものになっていたはずである。
「ふむ、知っておるか。まあ、あまりろくな形では我が名は伝わってなかろう。圧倒的な大軍を誇りながら寡兵に敗れた暗愚の将などと評されておるのではないか?」
「いえ、そんなことは・・・・」
「まあ良い。他の者達も名乗られるがよかろう」
義元に促され、ローラン、エドワード、姜維が名乗り、それに応えて少年武者と褐色の肌の美女も名乗った。
「そうか、貴殿がかの平敦盛殿・・・・」
重成は眼の前の少年を見つめた。活力に満ちたみずみずしい紅顔で、周囲の者をなごませずにはいられない柔らかな気を有しているが、その瞳にはどこか憂いを帯びている。
まさに平家物語の悲劇の公達が生きて我が眼の前にいるのである。重成は感動と同時に危惧も覚えた。
(このような繊細で儚げな少年が魔物との戦を戦いぬくことが出来るのか・・・・?)
「それでは今回の任務の詳細を伝えます」
ブリュンヒルデが冴えた双眸で九人の男女を等しく撫でながら言った。




