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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第一章  戦死者の宮殿
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第二十一話    視線

ヴァルハラの北方にある平原は濃い乳白色の霧に覆われていた。とうに太陽が東の空に昇っているはずなのだが、陽光は極めて弱く、風も微弱である。

おそらくこれはロキが作った霧なのだろう、と青馬に騎乗した重成は思った。

重成は兜を被らず、はちまきに鉄板を打ち付けた鉢金を巻いて前頭部を守っている。妻の青柳が香を炊きしめた愛用の兜は地上にて失い、それ以外の兜はかぶる気になれないからである。

周囲のエインフェリア達からどよめきが起こった。見れば、上空から空飛ぶ船が飛来してきたのである。

人骨によって造られた巨大な船、ナグルファル。この距離からでもその纏ったおぞましい瘴気が感じられ、吐き気を催す腐敗臭が漂って来るようであった。

ナグルファルは清浄な大気に満たされたヴァルハラの上空を闇色に塗り替えながら飛行し、やがて着地した。


「船の数は百といったところか・・・・」


一人呟いた重成は振り返り、己が率いたオーク兵を改めて確認した。百体が百体とも騎乗している。

騎馬部隊は破壊力と機動性に優れ、平原の戦においては最も効果的な部隊であろう。だが、操れるオーク兵の数が増えれば、槍足軽や鉄砲足軽も編成し、戦術の幅を増やしたいところである。


(そういえば、巨人どもに鉄砲は通じるのだろうか?)


エインフェリアはその武器に己の神気を込めることによって威力を高め、人ならざる魔の存在を屠ることができる。だが、火薬の爆発によって発射される鉄砲の弾丸に神気を込めることは出来るのだろうか。

ふと考えた重成だったが、己の横から氷の刃のように冷たく研ぎ澄まされた神気が感じられた。

白馬に跨った仮面の戦士が風林火山の旗を掲げたオーク兵を率いて重成を一顧だにせず、悠然と進軍している。


「あれが顕家卿か・・・・」


重成は顕家の仮面を凝視した。巨眼に白い髭を生やした鬼面で頭部に羽を広げた竜が鎮座しているという造形で、金箔が惜しむことなく使われている。

醜怪であると同時に高貴であり、滑稽さと神秘的な威を兼ね備えた唯一無二の芸術品であると言えた。

そして風林火山の旗である。人類史上最高の軍事理論家、呉の孫武が説いた兵法の奥義が描かれた白地の旗を見ていると、頭が冴え、四肢に力がみなぎってくるのを感じた。風林火山の旗はヴァルハラと顕家達の力で強力な神器と化しつつあるらしい。

それに気づいた重成は目をそらし、風林火山の旗を見ないようにした。顕家の風下に就く気はないからである。


(私は己の力で戦いぬく)


重成は槍を握る手に力を込めた。顕家の力の影響を受けることも、雷神トールからもたらされた力に頼ることも重成の武士としての矜持が許さない。

戦とは己が鍛えた武を競う神聖な場であるというのが重成の不変の信念であった。

やがて、風が氷雪が入り混じった冷たいものに変じた。ナグルファルから降りた霜の巨人どもの力によるものだろう。

氷を人型に削ったような醜怪な容貌の巨人たちが咆哮を上げながら突進してくるのがはっきりと視認できた。

エインフェリア軍はまず矢を放った。神気が込められた矢じりが霧と氷雪を切り裂きながら飛び、霜の巨人に命中した。

矢を防ぐ盾を持たない霜の巨人は矢をまともに喰らい、斃れるものもいれば、苦痛など感じていないように平然としている者もいる。矢に込められた神気の強弱によるものだろう。

矢の雨が降り続ける中で、両軍の距離はさらに縮まっている。


「全軍突撃!」


仮面を被った顕家がいつのまにかエインフェリアの軍勢の先頭に立ち、凛然と命じながら白馬を駆った。

その場にいた全てのエインフェリア達も遅れてなるものかとオーク兵を動かし、平原を駆けた。

エインフェリアとオーク兵の軍勢はおよそ一万二千。彼らが地軸を轟かせながら突進したのである。

ヴァルハラの平原はその勢いと体重で大地に沈むかと思われた。

特に卓越した馬術の持ち主である顕家は瞬く間に霜の巨人の軍勢の元に達した。そしてその華奢な腕のどこにそのような力があるのかと驚かされる勢いで長巻を振るい、死の閃光を描いて霜の巨人の首を宙に舞わせた。

重成もまた、大軍をごく当たり前のように命令し動かす顕家にわずかな嫉妬を覚えつつ、片鎌槍で霜の巨人の口蓋を刺し貫いた。

そして穂先を引き抜くと、その勢いを減じずに旋回させて二匹目の巨人の首をはね飛ばした。熱い血ではなく、冷たい水色の液体がヴァルハラの地に降り注ぐ。

重成と顕家に次ぐ武勇を誇るのはやはりローランである。巨人をも凌駕する圧倒的な膂力で振るわれる聖剣デュランダルがうなりを生じて次々と屍を量産していった。

そんなローランを見て、ヘンリク二世は感嘆の声を漏らした。同じキリスト教の騎士として親近感を抱いていたヘンリク二世は、ローランがただ一人オーク兵を率いていないのを心配していた。

だが、それが杞憂だと悟ると、己の戦いに没頭した。

彼の戦いぶりは日頃の瀟洒で洗練された身のこなしとは対照的な荒々しいものだった。右手に槌矛、左手に盾を振り回して霜の巨人の頭蓋を砕き、胸板を叩き割る。

夏侯淵は馬上でその神技を披露していた。弓の弦が音楽的に鳴り響くと共に流星が放たれ、霜の巨人の眉間を穿つ。

彼は瞬く間に四匹の巨人を斃したが、その射貫くところは寸分たがわず同じ個所であった。

エドワードもまた流星を放ちながら巨人を斃していった。だがその手には弓も矢も無い。

短くルーンの詠唱を行うとその掌から光の弾丸が奔出して霜の巨人の急所を追尾し、命中する。

だがルーンの詠唱を行うとオーク兵の動きが止まる。術の行使とオーク兵の操作は同時には出来ないらしい。エドワードはルーンを唱えることは止め、オーク兵の操作に専念した。

姜維は馬上で端然としていた。彼は剣槍をもって戦わず、オーク兵を精密に動かすことに全神経を集中していた。

そして崩れかかる味方がいればそこにオーク兵を差し向けて救援する。

同じくオーク兵を動かすことに重きを傾けていたのは又兵衛である。かつては「槍の又兵衛」と称された又兵衛であったが、この戦では豪槍を振るうことよりもオーク兵を動かすことと霜の巨人の戦いぶりを注視することに専念していた。


この戦場にいるエインフェリアの数は百八十名程だろう。彼らの個々の武勇は霜の巨人を凌駕していた。

しかし彼らの多くは戦いながらオーク兵を精妙に動かすことは出来ず、オーク兵は霜の巨人の攻撃を受けて破壊され、その数を減らしていった。

その中で異彩を放っていたのは、北畠顕家、武田典厩信繁、山本勘助の三名である。

彼らは何れも卓越した技量で長巻、槍を振るって巨人を倒しながら、誰よりも精密にオーク兵を動かしていた。

それが彼らが仰ぐ旗の力によるものだと気づいた他のエインフェリア達も風林火山の旗に注目した。

ヨーロッパやアフリカと言った非漢字圏出身のエインフェリアには当然旗に書かれた文字は読めず、意味は理解できないはずである。

しかし風林火山の旗とエインフェリアの間に神秘的な感応が起こり、


「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し・・・・」


という兵法の神髄が彼らの魂に鳴り響いたのである。

すると彼らの神気は増し、頭の中もかつてない程冴えわたり、自身が剣槍を振るって戦いながらもオーク兵を操るという高等技術も何ら難しいものではないという自信が沸き起こった。

それに応えるように人形であるはずのオーク兵の顔や肌も生きた人間であるかのように生気を帯び、ぎこちなかった動きも滑らかになっていったのである。

そしてその武技も神気も主に迫る程の威力を発揮し、霜の巨人を打倒していくようになった。

重成、又兵衛、姜維の三人は風林火山の旗の神秘的な力に感嘆しながらも、あえて自身はその力の恩恵を受けることを拒んだ。

それは己の矜持の為であり顕家達への対抗心の故なのだが、同時に風林火山の力のみに頼っているとこの先大いに躓いてしまうのではないかという不思議な予感があったからである。

少なくとも己だけは自身の兵法を模索し身につけなくてはと三人は考えていた。

そのような三人を例外に、エインフェリア軍は風林火山の旗の元、一体になりつつあった。

当初は劣勢であったエインフェリア軍は霜の巨人の軍勢を圧倒しようとしていた。

彼らの神気が込めれた刃が煌めいて氷雪と霧を切り払い、霜の巨人を泥人形同然に打倒していく。

ヴァルハラの大地に巨人どもの死屍が折り重なっていった。その死屍もやがて陽光に照らされて水と化し大地に溶け込むのだろう。

だが、霜の巨人どもは幾ら劣勢に立たされようとも、まるで退く気配がなかった。耳を刺すような咆哮を上げながら刃と化した腕を振り回し、氷柱のような牙を突き立てんと噛みついてくる。

エインフェリア達はそんな巨人どもに怒りと同時にある種の安堵を感じていた。

人間ではない狂暴な獣相手ならば、いささかの慈悲もかける必要はない。戦場特有の狂気に身を任せても後に罪の意識にさいなまれることはないだろう。彼らもまた獣と化していき、振るう刃の威力が増していった。

そんなエインフェリア軍の中にあって、不吉な感覚に囚われ、怖気を振るっている者がいる。


(見られている・・・・)


木村重成、北畠顕家、ローラン、武田典厩信繁、エドワードオブウェストミンスター、山本勘助、姜伯約、

ヘンリク二世、後藤又兵衛、夏侯妙才。

彼ら十名は皆等しく強大な妖気と悪意をはらんだ視線を浴びていることを感じていた。

その視線は彼らの戦いぶりだけではなく、その毛穴の一つ一つや内臓に脈打つ血管までをも見透かしているようであった。

それだけではない。彼らの魂を通して、かつてミッドガルドと呼ばれる地上においてどのように生き、戦い、そして散っていったかまでも余さず詳細に観察され、知られてしまったような気がしていた。

すると霜の巨人どもに異変が起きた。今までは退く気配など微塵も見せず、獰猛に荒れ狂っていたにも関わらず、突如その動きを止めたのである。その様子はまるで獣使いの鞭を受けた猛獣そのものであった。

そして巨人どもは一斉にナグルファルが着陸している方向に向かって走り出した。

一瞬、呆気にとられたエインフェリア達であったが、すぐに勝利の歓喜へと変わった。


「巨人どもめ、退いていくぞ」


「我らエインフェリア軍の勝利だ!」


歓声を上げつつ、彼らの視線は仮面の戦士北畠顕家に集まった。この一戦で卓越した働きをしたのは疑うことなく顕家である。その神秘的な光輝を帯びた武勇は主将と仰ぐに充分だと衆目は一致していた。

エインフェリア達は顕家から追撃の下知を受けることを期待した。

顕家は仮面を脱いだ。その繊弱な白皙の顔は紅潮し、瞳は怒りに燃えている。だが、彼の口から発せられたのは追撃の命ではなかった。


「何者だ、この顕家を汚らわしい目でなぶるように視たのは!」


顕家の怒りの声と高まった神気は霜の巨人の起こす氷雪よりも冷たく全てを飲み込む雪崩のような無慈悲をはらんでおり、周囲のエインフェリアを戦慄させた。


「無礼者めが、絶対に許さぬぞ。今すぐ出て参れ。そっ首叩き落してくれる」


我を忘れたように怒り狂い、叫ぶ顕家をエインフェリア達は勝利の喜びを忘れてただ見守るしかなかった。

重成達九人も叫びたい程の怒りを感じていた。だがそれ以上に心臓をつかみ取られたような激しい悪寒に囚われていた。この戦の勝利も仮初のものであり、全てロキの掌で踊らされたにすぎず、敵を利しただけではないのか。いずれロキは最悪の悪意をもって我らを嘲り、踏みにじるのではないのかと、確信に近い予感を感じていた。

百八十人余のエインフェリアの中でただ一人重成だけが強大な妖気を感じ取り、空を見上げた。

霧も氷雪もない紺碧の空に白雲が静かに漂っている。その一点に確かにいる。

エインフェリアの目をもってしても見えないはずの距離なのだが、重成は笑みを浮かべる長い黒髪の邪神がそこにいるのをはっきりと認め、臓腑が焼け付くような怒りを込めてその名を呼んだ。


「ロキ・・・・!」



「新たなる魔軍の指揮官を選ぶ参考になればいいと考えてこの舞台を用意し、見させてもらったのだが・・・・」



ロキは朱唇を動かし、ひとりごちた。一見すると十代の少年のようなみずみずしい顔貌には感嘆の思いが浮かび上がっていた。


「卑小な人間と神の中間の存在、エインフェリアか。お前たちのミッドガルドでの生き様、戦いざま、そしてその魂の輝き、いずれも見事ではないか。先のラグナロクの生き残りの凡愚の神などより余程興味深い」


ロキは己の存在に気付いたらしいエインフェリアに聞かせるように言葉を続けた。


「もう少し待っていてくれ。お前たちに対して最高の人選をもって魔軍を編成しよう。素晴らしい戦いぶりで応えてくれたまえ」





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