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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第一章  戦死者の宮殿
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第十九話   魔犬来襲

翌日、重成はエインフェリア達が練武を行う大広間へとやって来た。大広間は武器と武器がぶつかり合う音と怒号で喧噪を極めていた。

一際耳に響く気合の声はローランの物である。ローランは戦斧を持った巨漢の戦士と激しい戦いを繰り広げていた。

重成はその戦いをしばし見ていたが、すぐに視線をそらした。重成自身、幾度かローランと剣を交わしている。

確かにローランの剛力は凄まじく、その威力は他のエインフェリアの追随を許さないだろうが、技はいたって単調であり技巧を凝らしたり駆け引きを一切用いないため、重成はその太刀筋を完璧に見切っており、相手としてはもはや不足であった。

重成は他のエインフェリア達の戦いぶりを観察したが、特に際立った技量の持ち主はいないようである。


(やはり、私が全力で戦える相手は顕家卿だけか・・・・)


「重成殿、もう大丈夫なのか?」


声をかけられ、振り向くとそこには武田典厩信繁が山本勘助と共にいた。


「典厩殿、勘助殿」


重成は敬意を込めて頭を下げた。典厩信繁はこれといった特徴の無いいたって平凡な容姿なのだが、春風のような穏やかさと何者も犯すことのできない高貴な威を持った稀有な人格であり、ごく自然に他者から敬意を抱かれる存在である。


「雷神トールの神器とやらの力は抑え込めたのかね。体に異常はないのか?」


「はい、大丈夫です。心配をおかけして申し訳ありません」


重成は頭を深く下げながら答えた。雷神トールの力を受け継いだことは誰にも言う気はないし、可能な限りその力を行使するつもりも無い。己の意思に関係なく得た力など、重成は認める気にはなれなかった。


「霜の巨人の群れに囲まれて窮地に陥った我らを救うため、駆け付けて下さったそうですね。心より礼を申しまする」


「何、たいしたことはない。我らも初陣を飾れたし、貴殿らも任務を果たした。一人の犠牲者が出ることも無くな。まずはめでたいといったところか」


「私は不覚にも意識を失っていたためこの目で見れなかったのですが、竜頭の面を被った顕家卿の働きは特に凄まじかったとか・・・・」


「うむ。あの御仁が味方で本当によかったよ。あの武威はおそらくかの上杉謙信をも上回っている。もし、現世で敵として出会っていたらと思うと、ぞっとするな」


「・・・・」


「重成殿はその顕家卿をお探しかな?」


勘助が問うてきた。


「は・・・・。いえ・・・・」


「顕家卿は今時分はおそらく瞑想しているだろう」


言葉に迷う重成に勘助は明確に答え、その独眼を鋭く光らせた。


「顕家卿と今一度剣を交えたいのだろう。だが、もう止した方がいい」


「・・・・何故ですか?」


怪訝そうな表情で問う重成に勘助は斬りつけるような視線を送った。勘助は重成より頭一つ分背が低いため、見上げるような姿勢である。


「確かに、重成殿と互角以上の腕を持つ者は顕家卿以外におるまい。だが、唯我独尊の顕家卿は他者と剣を交えて互いに腕を向上し合おうという考えは微塵も持ち合わせておらんのだ。そのような者と剣を交えたところで得るものは相手への殺意と憎悪だけだろう。同じ陣営の者にそのような気持ちを抱いては戦に後れを取る。止したほうがいい」


「・・・・」


確かに勘助の言う通りなのかも知れない。重成にはかつて顕家に侮辱されたわだかまりが確かに残っていた。あの顕家の気性を考えれば、この先いくら言葉や剣を交えてもそのわだかまりは解消されるどころか増大する結果にしかならないのではないか。

敵よりも味方を憎悪しているようでは戦には臨めないだろう。顕家とは出来る限り関わらないほうが良いかも知れない。その武威に近づくことが出来ないのは残念であるが・・・・。


「それがしと剣を交える気はないか?」


勘助がさらりと言った。


「勘助殿と?」


「うむ。それがしとて行流を修めた身でござる。顕家卿には到底及ばないが、重成殿を退屈させぬぐらいの腕は持っておる」


重成は改めて勘助を観察した。小男であり、六十歳を超えているだろうが、成程脱力が効いたその五体は寸分の隙も無い。


「・・・・承知致しました。」


「うむ」


勘助はうなづくと剣を抜きはなった。決して素早くはなかったが、一瞬重成がほれぼれする程の流麗な動きであった。

顕家のような天賦の才による煌めきはなかったが、数十年に及ぶ鍛錬と合戦場の往来によって独特の武の境地に達しているのは明らかだった。


「道鬼入道殿」


重成は抜刀しつつ出家して道鬼を号した勘助に敬意を込めて語り掛けた。


「卒爾ながらお尋ねいたす。貴殿のその眼帯の下の左目は、見えているのでは?」


「うむ。何やらという猪の肉を食した時に治っておったよ」


勘助はあっさりと認めた。


「ならば何故眼帯を付けておられるのです?立ち合いにおいては不利でしょう」


「・・・・ご懸念は無用。それがし、幼少のみぎりに疱瘡にて左目を失い、以来独眼にて兵法を身に着け、戦に明け暮れて生きてまいった。両眼だとかえって勘が鈍る」


「・・・・?」


勘助の言葉に重成はわずかに違和感を感じた。無論、勘助は偽りを語った訳ではないだろう。だが、全てを語っていない気がするのである。


「そういえば家中の者が申しておった。勘助は左目の死角を攻められると、かえってその剣の威力が増すと」


信繁が在りし日を思い返しながら言った。


「左様にござる。遠慮なく我が死角をついてくるがよかろう」


勘助が泰然と言い放った。


「ならば遠慮なく・・・・」


重成は眼帯で閉ざされた勘助の視野に入らぬ場に素早く歩を進めた。すると勘助がまさに神速と言うべき速さで間合いを詰め、重成の喉仏に諸手突きを放ったのである。

予想だにしなかった凄まじい威力の突きであったが、重成は間一髪のけぞってこれを躱した。


「ほう・・・・」


信繁が思わずつぶやいた。勘助のあの突きは、並みの剣士ならば百人が百人とも喉を貫かれていただろう。

やはり重成には武の天稟があることを信繁は認めた。

勘助はその右目にいよいよ強烈な光を湛え、剣を正眼に構えた。

重成はそんな勘助に驚愕と喜びの視線を送り、剣を構えなおした。その時である。

邪悪な気配がこのヴァルハラに大勢入り込んできたのを感じたのである。霜の巨人や空飛ぶ蛇ニーズヘッグと同種の獣じみた獰猛な気配。


「敵襲だ!何者かがヴァルハラに侵入したぞ!」


重成は叫んだ。敵の侵入を察知したエインフェリアは重成を含めてほんの数人らしい。彼ら以外は未だ気づかず練武に熱中していた。


「皆、練武を止めよ!固まって円陣を組むのだ」


信繁が平素の穏やかさからは想像できない激しい大声を発した。かつては武田家の副将として三軍を叱咤した身である。その声は威と力に満ちていた。

未だ練武に熱中していた者もはじかれたようにその手を止め、信繁の元に集まって来た。

と同時に閉ざされていた大広間の扉が破られ、侵入者達が姿を現した。

闇夜を切り取ったかのような黒々とした体毛を持つ人よりも大きな体の狼。いや、犬である。

重成はその姿に見覚えがあった。


「あれは確か、魔犬ガルム・・・・?」


先のラグナロクにて邪神ロキに率いられ、隻腕の神テュールを貪り喰らった恐るべき獣の群れ。

魔犬どもは猛々しい飢餓の咆哮を放ち、エインフェリアの肉を喰らわんと襲い掛かって来た。

何故このような獣が何の前触れも無く突如群れを成して現れたのか。考える余裕も無く重成は剣を振り下ろして我が喉元に牙を突き立てんとしたガルムの顔面を叩き割った。

重成の周囲で白刃が煌めく。信繁が、勘助が、ローランが魔犬どもの血しぶきを跳ね上げた。

しかし、エインフェリアの中にも技量が拙い者がいて、ガルムの牙にかかった者がいた。

喉を喰い破られて即死する者、何とか我が腕で牙を防ぎ、周囲のエインフェリアに助けられる者・・・・。

だが、ここにいるエインフェリアはいずれも多くの戦場を駆け巡った選ばれた勇者達である。ガルムどもは恐ろしく俊敏で、獰猛だが、所詮は獣にすぎず、その動きはいたって単調である。

彼らは当初の混乱から立ち直り、幾人か犠牲を払いながらも冷静に鍛えた技を振るってガルム達を屠っていった。

無論、その中心となったのは重成、ローラン、信繁、勘助の四人である。

重成の剣は雄壮、ローランの剣は強剛、信繁の剣は重厚であり、勘助の剣は流麗であった。

重成は無心で剣を振るっていたが、脳裏にブリュンヒルデの念話が届いた。


(すぐに王の間に来てください!)


ローランにもその声は届いたのだろう。ローランと目が合い、互いにうなづき合った。

大広間を襲ったガルムは三十匹はいたであろうが、もはや数えるしかいない。後は他のエインフェリア達に任せて大丈夫だろう。

重成とローランは大広間を出て王の間に向かって走った。二人の後を信繁と勘助が追って来る。

彼らにはフロックから同様の指示が届いたらしい。

王の間の扉は開け放たれている。重成達四人は一丸となって王の間に飛び込んだ。

王の間は獣の体臭と血の匂いで充満していた。ガルムの骸が散乱し、二人の戦乙女が血塗られた武器を手にし、黙然と立っていた。

ブリュンヒルデが華麗な装飾が施された細身の剣で、フロックは真紅の柄の短槍である。


「ブリュンヒルデ、フロック、無事か!」


重成の声にブリュンヒルデはやや上気した顔を向け、フロックは不敵な笑みで応じた。


「ふん、遅かったねあんた達」


「ヴィーザル様、御無事で何よりでござる」


信繁の声を聞き、重成は玉座に目をやった。神王ヴィーザルは座したままは彫像のように不動である。が、やがて重々しく口を開いた。


「皆の者。敵の襲撃はこれで終わりではないぞ」


一同の視線が玉座に集中した。


「ガルム如きが気配を悟られずこのヴァルハラに侵入できるなどありえぬことだ。強力な力を持った存在に率いられているに違いない」


「強力な存在・・・・?」


「そこにいるのは分かっているぞ。もったいぶらずに姿を現せばよかろう」


ヴィーザルの言葉に応じるように空間の一部に歪みが生じた。それと同時に強大な神気が溢れ出てきた。

その神気はヴィーザルに匹敵するほど圧倒的であると同時に、その質は全く相反するものであった。

ヴィーザルが天空で燦と輝く日輪だとすれば、それは光が届かぬ深淵であり、命あるものの存在を許さぬ絶対零度の闇であった。

四人のエインフェリアと二人の戦乙女は手足に枷をつけられたような重さと疲労感を感じた。


「やはり貴様か、ロキ・・・・!」


ヴィーザルは黄金の光を帯びた瞳に怒りと憎しみを湛えながらその名を呼んだ。





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