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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第一章  戦死者の宮殿
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第十七話    風林火山

その旗には雄勁な文字が描かれていた。ヨーロッパで使われる文字とは違う、ローランとエドワードは目にしたことのない複雑な形態の文字である。


「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山・・・・。孫子軍争篇第七の一節を旗指物にしておるのか。面白いな」


姜維が呟いた。彼は六韜三略、孫子呉子の兵法書を一言一句諳んじている。


「あれがかつて無敵を謳われた武田家の名高い風林火山の旗か。まさかこのような地で目にするとはな・・・・。ふむ、待てよ」


又兵衛はあることに思い至った。


「あの北畠顕家も風林火山の旗を用いていたと聞いたことがあるな・・・・」


又兵衛は目を凝らし、騎馬隊の先頭を駆ける戦士を見た。だが、そこにあるのはかつて見た冷笑を浮かべる繊弱な白い顔ではない。

奇怪な竜の仮面を被った異形の武人の姿であった。


かつて北畠顕家は花見の為に西園寺家の別荘、北山邸に行幸された後醍醐帝の御前で陵王を舞った。

陵王とは北斉の蘭陵王、高長恭のことである。

類まれなる驍勇を誇った名将、蘭陵王はわずか五百の兵で敵の圧倒的大軍を破り、味方が籠る城にたどり着いた。

城の守備兵達は蘭陵王が率いる部隊が味方かどうか判断がつかず、開門をためらっていた。

そこで蘭陵王は兜を脱ぎ、その素顔をさらした。蘭陵王は典雅な美貌の持ち主としても天下に名高い存在だったのである。

守備兵はそこで味方だと知り、開門して蘭陵王を迎え入れた。北斉の兵士たちは「蘭陵王入陣曲」という歌謡を作り、蘭陵王の武勇と美貌を称えたという。

その逸話が時を経ると共に変化し、いつしか蘭陵王は己のあまりにも美しい顔貌が配下の兵達の士気を下げることを恐れ、醜い仮面を被って戦場に赴いたという伝説になった。

その伝説が日本にも伝わり、雅楽の曲目の一つになったのである。

後醍醐帝から蘭陵王の再来と激賞された顕家であるが、密かに己の繊弱な容姿を恥じていた。

そこで蘭陵王の伝説にあやかり、陵王の舞に用いた竜頭の仮面を被って彼にとって最後の戦となった石津の戦いに臨んだのである。


「まさか、我が兄信玄以外の人物を戴き、風林火山の旗を振りかざして戦う日が来ようとは、夢にも思わなんだな、勘助」


連銭葦毛の馬を駆りつつ、信繁が法螺貝を手にした勘助に語り掛けた。


「軍の先頭に立つあの威容・・・・。お館様というよりも我らが宿敵の謙信公を彷彿とさせますな」


勘助が低い声で応じた。その浅黒い顔に浮かぶ表情は、顕家に対していかなる思いを抱いているのか、容易には読み取れなかった。


「不思議だな。あの旗に描いている文字は私には意味が分からないのに、見ていると力が湧いてくるようだ」


右手に槌矛、左手に盾を持ったヘンリク二世が感嘆の声を上げた。


「あの旗の文言は日本ではなく、漢土が由来らしいね、夏侯淵。ならば一番君が張り切ってもらわないと」


「・・・・」


ヘンリク二世の軽口に夏侯淵は無言の笑みで応じた。日本に伝わった孫子の兵法書は、他ならぬ夏侯淵の旧主、魏の武帝曹操が注釈を加えたものである。

無論、夏侯淵はこのような状況で詩文と兵法に通じた我が旧主について語る気はない。語る代わりに、弓を構え、矢をつがえた。矢の先に神気を集中させ、狙い定めて射る。

夏侯淵の矢は流星のような軌跡を描いて霜の巨人の額に命中した。光が弾けて霜の巨人の頭部が砕け散る。

それを合図に五人のエインフェリアが操る五百のオーク騎馬兵が霜の巨人の群れに突入した。

彼らは無機質な人形兵であるはずだが、顕家、信繁、勘助が仰ぐ風林火山の旗の力の影響を受け、百戦を経た古強者であるかのような雄壮な気を帯びていた。それはヘンリク二世が操作するポーランド式の甲冑を纏ったオーク兵と後漢風の甲冑を纏った夏侯淵の兵も同様である。

彼らが振るう剣槍の一撃を受け、霜の巨人はその体を氷の破片に変えていく。

信繁、勘助、ヘンリク二世、夏侯淵もそれぞれその技を振るって霜の巨人を打倒していくが、その中でもやはり顕家の武勇は卓越していた。

顕家の得物は長巻である。長太刀にその刀身よりも長い柄を付けた武器が白銀の風車と化して冷たい大気を切り裂き、霜の巨人をなぎ払う。

知能の低い霜の巨人達であるが、本能的にこの仮面の戦士こそが敵の首魁であると気づき、咆哮を上げて顕家の元に殺到した。

だが顕家は微塵も動揺することなく、冷笑を仮面の下に浮かべながら右に左に斬撃を振り下ろした。

霜の巨人の骸が氷の大地に折り重なっていく。

顕家が振るう刃はいよいよ激しく、強烈となっていき、白い悍馬に乗って霜の巨人の間を縦横に疾駆する。その姿はまさに雲間に舞う一匹の竜そのものだった。

又兵衛、ローラン、エドワード、姜維、そしてブリュンヒルデは武勇と舞踊が渾然一体となった顕家の神秘的な姿を我を忘れて食い入るように見つめていた。


この場にいた約百匹の霜の巨人を全滅させた五人のエインフェリアがブリュンヒルデ達の元にやって来た。


「かたじけない。礼を言う」


頭を下げる又兵衛に信繁、勘助、夏侯淵、ヘンリク二世はうなずいたが、顕家は聞こえていないかのように冷然と無視し、竜面を外した。

その白い繊弱な顔には汗一つかいていないようである。ひとさし舞い終えただけのような余裕と典雅さをたたえていた。


「どうだ、私が選んだエインフェリアの実力は。凄いものだろう」


いつの間にか現れたフロックが満面の笑みを浮かべ、勝ち誇るような声で言った。


「フロック、貴方が来てくれるとは・・・・。礼を言いましょう」


ブリュンヒルデは逆らうことなく素直に礼を述べた。


「ふん、あんた達を助けるなんて、本当は気が進まなかったんだけどね。まあ、私の勇者達が初陣を飾るにはふさわしい舞台だったよ。ところで肝心の神器は手に入れたのかい?」


「ええ、ここに・・・・」


ブリュンヒルデが手にしたメギンギョルズの帯を凝視していたフロックだったが、ふと又兵衛の背で意識を失っている重成に気づいた。


「そいつは確か重成とか言ったね・・・・。体内で聖なる気が荒れ狂っているようだけど、何があったんだ。まさかとは思うが・・・・」


「ええ、そのまさかです。重成はメギンギョルズの帯を締めてその力で手ごわい敵を倒したのです。ああするしか他に手はないと重成は判断したのです」


「はっ、馬鹿なことを!エインフェリアがトール様の神器の力に耐えられるはずがないじゃないか!」


フロックは吐き捨てるように言った。


「いえ、今もこうして耐えています。助かる可能性はあります。一刻も早くヴァルハラに帰ってヴィーザル様に見ていただなければ」


「ヴァルハラに帰り着くまでそいつの体がもつとは思えないけどね。まあ、一刻も早くヴァルハラに帰るのは賛成だ。これだけの霜の巨人を斃したんだ。いずれニブルヘイム中の霜の巨人が襲い掛かってくるだろう。そうなっては流石に敵わないからね」


以前とは違ってフロックの態度は随分と鷹揚である。彼女が選んだエインフェリア達が見事な初陣を飾ったので、晴れ晴れしい気分なのだろう。


「さあ、皆、急いで船に戻るよ」


フロックの号令でエインフェリア達は馬を走らせるべく手綱を握った。顕家が再び仮面を被る前にちらりと重成を見た。その瞳には霜の巨人の骸を見下ろした時と同様の冷たい蔑みの色が浮かんでいた。

約五百の騎馬隊は天翔ける船を目指して疾駆した。途中、霜の巨人達が群れを成して幾度も襲撃してきたが、エインフェリア達はオーク兵を巧みに操り、瞬く間に撃退した。

その過程でオーク兵を八体程破壊されてしまったが、エインフェリア達自身はまったくの無傷である。

顕家は常に自身が長巻を振るって戦ったが、その武勇はまさに入神の域にあったと言ってよい。

風林火山の旗と竜頭の面によって顕家は神懸かりの状態になることが出来るのだろう。明らかに重成と戦った時よりも強かった。なおかつ、その状態にありながらオーク兵の操作も精密に行うのである。顕家こそが最強のエインフェリアであることは疑いなかった。

やがて彼らは天翔ける船があるはずの場所にやって来た。だがそこには船は見当たらず、巨大な氷山のみがあった。


「どうなってるんだ、船は・・・・」


そう言うエドワードの言葉に反応するように、景色が一変した。氷山が消え失せ、ブリュンヒルデの船と、それよりもひと回り大きい船が十隻現れたのである。ルーン魔法によって隠されていたのだろう。

船を動かしてきた十人の戦乙女のねぎらいの言葉を受けつつ、ブリュンヒルデとフロック、十人のエインフェリアとオーク兵は船に乗り込み、ニブルヘイムを後にした。



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