第百七十六話 双子神の消耗
「マグニ様、モージ様、お体は大丈夫なのですか?」
重成と共に雷神トールの遺児である双子神の元に訪れたブリュンヒルデは心配げに尋ねた。
「あまり大丈夫とは言えぬな」
金髪のマグニは苦笑しながらそう答えた。銀髪のモージは不機嫌そうに無言を貫いているが、その厳めしい顔貌には深刻な疲労の陰が色濃く刻まれていた。
(あの強壮無類な双子神がこれ程消耗を露わにするとは……。やはり霜の巨人の王を倒すためにあれ程の強大な神気をミョルニルの槌に注ぎこんだのだから、無理も無いと言えるか)
重成は雷神の血を受け継ぐ強壮な神がはっきりと弱体化しているのを目の当たりにして衝撃を受けていた。
「我々を支援する為にそれ程の力を尽くされていたのですね。誠に申し訳ありません」
重成は深々と頭を下げた。ブリュンヒルデもそれに倣う。
「別にお前たち二人の為だけにやったわけではない。我らアース神族の勝利の為。何よりも我が父の代からの因縁に決着を付ける為だ。当然の仕儀よ」
モージが決然として言った。兄よりも気性が荒く気難しい為接しにくい神だが、アース神族最強の戦士の血を受け継いでいるという誇り、責任感は非常に強いようである。
「だがお前たちも見て察したであろうが、我ら二人は神気を完全に使い果たしてしまった。その回復にはかなりの時間を要するだろう。次の戦がいつ始まるか分からんが、いずれにせよその戦では我らがミョルニルの槌をお前たちの元に投擲することは叶うまい。そのことは覚悟しておいてくれ」
マグニが重々しく告げると、重成とブリュンヒルデは姿勢を正した。
「承知しました。どうかゆっくりと回復に努めて下さい。次の戦は我々の力だけで何とかして見せます」
「やはり次の戦は困難なものになるだろうな」
重成は言った。我々だけで何とかして見せると言ったものの、霜の巨人の王に匹敵する存在が現れたなら、ミョルニルの槌無くしてはどうにもならないのは明白である。
「そうですね」
ブリュンヒルデは頷いた。当然彼女も同じ思いなのだろう。
二人は無言で歩みながら来るべき次なる戦、困難にいかにして立ち向かうか思いをはせていた。
「……何やら揉め事が起こっているようですね」
ブリュンヒルデが言った。
「え?どこでだ?」
重成は周囲を窺ったが、特に騒ぎの声は聞こえない。重成は己の聴覚には自信があるほうである。
「いえ、私には伝わっています」
ブリュンヒルデは断言した。エインフェリアは有していない、神格の高いワルキューレ独自の力なのだろう。
ヴァルハラで起こる異変はすぐに察知出来るようになっているようである。
「こっちです」
ブリュンヒルデは軽やかに駆けだした。重成も疑うことなくそれに続いた。
「では勘助、ニブルヘイムでの戦ではかつての主君、武田勝頼の再び仕えよという言葉に動揺し、軍師としての務めを果たすことが出来なかったというのは本当なんだな」
戦乙女のフロックが顔貌をその鮮やかな赤い髪の如く染め上げ、怒りに震えている。
「……」
彼女の怒りを浴びて見えるはずの眼をあえて眼帯で隠している禿頭短躯の軍師、山本道鬼勘助が悄然とうなだれていた。
そしてその側では武田典厩信繁、今川義元、孫堅、グスタフアドルフが苦い表情を浮かべている。
何が起こっているのは明白であった。先のニブルヘイムでの戦にて軍師として采配を揮い、戦の鬼として恐れられたその智謀を存分に発揮することを期待されていたはずの山本勘助がミッドガルドにて傅役として仕えた武田勝頼と再会したことによって腑抜け同然となり、己の役目を放棄してしまったと聞いた。
最終的には戦に勝利したのだからその失態は水に流してやろうとは、やはりいかないだろう。
あまりに重大な過失、職務怠慢という他ない。
彼をエインフェリアとして選んだフロックにも責任が及ぶべき大問題である。
フロックが激怒するのは当然と言えるだろう。
「フロック……」
重成とブリュンヒルデは同時に二人の間に割って入ろうとした。
フロックの気性を考えれば、怒りに任せて勘助を短槍で貫くか、炎のルーン魔術で焼き殺そうとまでやりかねないからである。
「お前たちには関係無い。口出しするな!先の戦での殊勲者だからと言って調子に乗るなよ!」
フロックのあまりに激しい剣幕に流石の重成とブリュンヒルデも肝を冷やした。
かつてない程の激高ぶりである。
それほどフロックの怒りは激しく深刻なのであろう。