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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第一章  戦死者の宮殿
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第十六話   メギンギョルズの帯

薄暗い湿った洞窟内を走りながら、ブリュンヒルデはその玲瓏たる玉肌を紅潮させていた。

かつてアース神族最強の戦士である雷神トールがその身に帯びた神器、メギンギョルズの帯。

締めた者の膂力や神気を倍加させるというまさに最高級の力を持つ神器である。

その神器が放つ強大な聖なる気は戦乙女の細胞の一つ一つをも活性化させるようであった。

洞窟の深奥部に達したブリュンヒルデは、ついに岩に挟まれた真紅の帯を発見した。

呼吸を整え、気を落ち着かせると、ブリュンヒルデはゆっくりとその白い繊手を伸ばした。


ルーンの詠唱を終えた姜維とエドワードの手から光の矢が放たれ、大蛇の左頭部に命中した。

矢の威力は鉄板をへこませる程であるが、大蛇に決定的な傷を負わせることは出来ない。

重成が烈剣を、又兵衛が豪剣を浴びせ続けるが、やはり同様であった。


「おのれ、化物めが・・・・」


デュランダルを鞘に納めたローランが立ち上がり、身構えた。その鳶色の瞳には憤怒の炎が鮮やかに燃え盛っていた。


「役立たずはじっとしていなよ。さっき一撃を喰らって肋骨を折られているんじゃないのか」


どんな時でもエドワードはローランに皮肉を浴びせることを忘れない。しかし、流石にこの時ばかりはローランの身を思いやる真情も確かに込められていた。


「黙れ・・・・!」


ローランは短く吠えると、己の拳に神気を集中させて、凄まじい気合と共に大蛇の胴体に叩きつけた。

すると、明らかに大蛇は苦痛の声をあげたのである。重成と又兵衛の斬撃を受けても、姜維とエドワードのルーン魔法を受けても微動だにしなかった大蛇がただの拳にわずかだが怯んだ。

ローランの破城槌のような拳の一撃は大蛇の鱗を砕くことは出来なかったが、衝撃はその肉体内部に響いたのだろう。


「まったく呆れた剛力だの。だが、しかし・・・・」


又兵衛が呟いた。確かにローランの一撃は大蛇に苦痛を与えただろう。だが、所詮はそれだけである。蛇とは元来、頭を切り落とされても生きるほど異常に生命力が強い生き物である。

まして洞窟内で神器が放つ聖なる気を浴び続けて突然変異となった双頭の大蛇なのである。その生命力は無尽蔵に違いない。例えローランが鉄拳を何万発浴びせたとしても、致命傷を負わすことはできないだろう。


「この大蛇を倒すことは今の我々には不可能だ。諦めよう」


姜維が言った。


「ブリュンヒルデが神器を持って戻るまで、身を守ることに専念すべきだ。それしかない」


重成と又兵衛、エドワードはうなずいた。ローランは無念に歯軋りをしたが、姜維の言葉を認めざるを得なかった。

双頭の大蛇はその毒牙を侵入者達に突き立てんと噛みつき、またその長い胴体で巻き付こうと蛇身を鞭のようにしならすが、エインフェリア達を捉えることができない。

蛇の一撃は必殺の威力を持つが、何といっても体が大きすぎる故、どうしても鈍重になってしまう。身を守ることに専念したエインフェリア達の超人的な動体視力と体捌きをもってすれば、躱すことは容易であった。

やがて、ブリュンヒルデが戻って来た。その手に持つ真紅の帯が探し求めていたメギンギョルズの帯であることは確認するまでもない。

その放たれる強大な聖なる気はエインフェリア達を自ずと粛然とさせた。


「皆、無事ですか?」


「まあ、無事と言えば無事だ。だが、無念だがあの大蛇は私たちの手に余る」


重成が大蛇を警戒しながら答えた。


「仕方ありません。このような存在がいるとは予想外でした。ですが、神器は手に入れたのです。この大蛇はやり過ごしてただちに洞窟を出ましょう」


そのブリュンヒルデの言葉の意味を理解したのだろうか。双頭の大蛇の身に突如、異変が起こった。

一瞬、奇怪な声を上げ、妖気を放ちながら蛇の左頭部が胴体を残し、跳躍した。そして着地した左頭部からみるみるうちに胴体が生えてきたのである。


「分裂した・・・?!」


おぞましい光景に驚愕の声を上げる侵入者達に憎悪の視線を向けながら、二匹となった大蛇は洞窟出口に向かう道を我が身を持って防いだ。

我が身を育てた宝を持ち帰ることは絶対に許さぬという大蛇の凄まじい執念が感じられた。


「どうする・・・・?」


あのようにふさがれたら、大蛇をやり過ごして脱出することは不可能である。


「どうするも何も、こうなっては何としてでも殺す以外にないではないか」


確かにローランの言う通りなのだろう。だが、一体どうすればあの無尽蔵の生命力と鋼を上回る硬度を持つ鱗に身を包んだ二匹の大蛇を殺すことが出来るのか。

考えあぐねた重成がふとブリュンヒルデが持つメギンギョルズの帯に目を止めた。

すると帯から放たれる聖なる気が高まり、白金色の光となってやがて形を成した。立派な髭を蓄え、戦槌を持つ雄壮そのものな戦士の姿に。それは紛れも無くかつてラグナロクで討ち死にしたアース神族最強の戦士、雷神トールの姿に他ならなかった。

だが、トールのオーラが見えるのは重成ただ一人であるらしい。戦乙女も他の四人のエインフェリアは何の反応も示さなかった。

重成の脳裏にまさに雷光のようにある考えが閃いた。


「ブリュンヒルデ!この帯は締めると力と神気が倍増するのだろう。ならば私が帯を締めてあの大蛇どもを倒そう」


重成の言葉にブリュンヒルデは一瞬呆気にとられたようだが、すぐにその白い顔貌をこわばらせた。


「いけません!この帯はアース神族の中でただ一人トール様だけが使用できた強大な力を持つ神器なのです。ヴァルハラに来て日が浅く、神格もまだ低い貴方がこの神器の力に耐えられるはずがありません。肉体はおろか、魂までもがはじけ飛ぶやも知れませんよ」


ブリュンヒルデはもっての外といわんばかりに言下に否定したが、重成は引かなかった。雷神トールの意思をはっきりと感じたのである。


「他に手段が無い。いいから貸すんだ」


重成はブリュンヒルデから強引に帯をひったくると、周囲が止める間もなく素早く真紅の帯を我が腰に結んだ。


「・・・・!!」


かつてない衝撃が重成を襲った。あえて例えるならば、体の中心に烈々たる光熱を放つ太陽が生じたと同時に全身に百万の雷光が走ったかのようであった。重成の意識はたちどころにはじけ飛んだ。

戦乙女と四人の勇者達は見た。全身から積乱雲のように電光を放つ重成が、まさに光の速さで二匹の大蛇に突撃する姿を。

薄暗い洞窟内が巨大な雷が落ちたような光と衝撃で満たされた。光が消え、あとに残されたのはばらばらに引き裂かれて焼き焦げた二匹の大蛇の肉片であった。肉を焼く異様なにおいが洞窟内に充満する。


「ぐ・・・が・・あああ!」


重成の苦悶の声を聴き、茫然自失となっていたブリュンヒルデが我に返った。慌てて重成の元に駆け寄り、腰に巻かれたメギンギョルズの帯をほどく。


「愚かなことを・・・・」


ブリュンヒルデの白魚のような指が苦痛にあえぐ重成の頬に触れられる。


「おい、大丈夫なのか、重成殿は!」


「大丈夫なはずがありません」


荒々しく問いかける又兵衛にブリュンヒルデは厳然と答えた。


「神格の低いエインフェリアに耐えられるはずが・・・・」


そう言ったブリュンヒルデの沈痛な表情がほんのわずかだが晴れたように見えた。


「いえ、これはひょっとして・・・・」


「おい、どういうことだ」


「本来なら、すでに重成の肉体と魂は神器の強大な力に耐えられず飛散しているはずです。それなのに今もこうして耐えている・・・・。助かるかもしれません」


「本当か!」


「ええ。今すぐヴァルハラに帰りましょう。ヴィーザル様なら、重成の体内で荒れ狂う神器の力を抑えられるはずです」


ブリュンヒルデの言葉を皆まで聞かず、又兵衛は重成を肩に担いで洞窟出口に向かって走り出した。

四人も慌てて後を追う。

洞窟出口にさしかかった彼らを迎えたのは、やはり空飛ぶ蛇ニーズヘッグであった。だが、先程のような慎重で警戒にとどまる様子はない。明らかに憎悪と怒りに燃え上がっているようであった。


「あの双頭の大蛇の執念が乗り移ったようだな・・・・」


そう呟く姜維に応じるように、ニーズヘッグが三匹同時に牙をむいて襲い掛かって来た。


「おれに任せろ!」


怒号しつつローランはデュランダルを鞘から抜き払い、恐ろしい速度で振り下ろし、跳ね上げた。

蛇の頭部が血煙を上げながら宙に舞う。

それでも怯まずにニーズヘッグは黄金の光を帯びた大剣を持つ騎士の元に殺到する。

姜維とエドワードはローランが討ち漏らした蛇に備えてそれぞれ剣を構えていたが、その心配はなさそうであった。

洞窟内ではデュランダルの威力を発揮できなかったローランは、その鬱憤を晴らすかのように存分に剣を振るった。

ローランの剣技は重成や顕家のようには洗練されておらず、精妙とは言えなかったが、威力といい、迫力といい、強烈無比そのものだった。

ニーズヘッグは草を刈られるようにその数を減らしていった。


「残るは一匹・・・・」


蛇のどす黒い返り血で全身を染め上げたローランが獰猛に呟く。

だが、最後に残されたニーズヘッグは襲い掛かってこなかった。空中にとどまりながら、侵入者達を睨み付ける。その薄い黄色の瞳は他の蛇と違った邪悪な狡知の光を帯びていた。

蛇は奇怪な声を上げると、凄まじい速度で飛んで東の方向に飛んだ。


「ふん、逃げたか」


「いかん、あの蛇を逃すな!」


余裕の表情を浮かべるローランを叱咤するように姜維が言った。


「ど、どうしたと言うんですか、一体」


「あの蛇は存外知能が高いような気がする。もしかしたら、あれは霜の巨人の元に向かったのではないか」


姜維の言葉を聞いたエドワードは一瞬不可解な表情を浮かべたが、すぐにその意味することを理解した。


「そうか、霜の巨人を呼び寄せて僕らを襲わせる気か!」


ローランは蛇の行方を追ったが、最早その姿は見えない。

一行はフヴェルミルゲルの泉から出て、潜ませていた馬に乗り、一刻も早く天翔ける船の元に戻るべく駆け出した。だが、駆け出して間もなく、上空に戻って来た蛇の姿を見たのである。


「くそ!忌々しい蛇め!」


怒りの声を上げ、エドワードは素早く印を組みルーンの詠唱を行った。光の矢が飛んだが、蛇はさらに上空に舞って躱し、そのまま嘲るような奇声を残して西の方角へと消えて言った。

やがて蛇がやって来た方角から地響きと共に霜の巨人の群れが現れた。

彼らは仲間に牙を突き立てた空飛ぶ蛇を追って来たのだが、最早その蛇の姿は無く、視界に移るのは見慣れぬ生物たちである。

だが、霜の巨人には警戒するような繊細な神経や知能といったものは無く、あるのは異常なまでに特化した攻撃本能のみである。ほんのわずかな躊躇も見せることなく彼らは咆哮を上げ、襲い掛かって来た。


「どうするんだ、ブリュンヒルデ!」


エドワードが叫ぶように問いかけたが、流石のブリュンヒルデも困惑し、とっさに応じることができない。


「どうするもこうするもあるか!今は眼の前の敵を殺すしかないだろう。考えるのは後にしろ」


ローランがまなじりを決して、一喝した。まったく呆れた短絡的な思考であるが、この場合はローランが正しいと認めざるを得なかった。

他に選択肢は無い。今ここで霜の巨人がさらに仲間を呼び寄せることを阻止するために戦うことを放棄したところで、彼らがその意をくみ取るはずもないのである。

ローランがデュランダルを高々とかざして霜の巨人に突撃した。さらにエドワードと姜維が、数瞬遅れてブリュンヒルデが華麗な装飾が施された剣を抜き、白馬を飛ばした。

又兵衛も戦いたかったが、重成を背に乗せる今はそうはいかない。重成の体は異常なまでに熱く、熱を帯びており、又兵衛は不謹慎に思いながらも酷寒を忘れることができた。

霜の巨人達はその手を氷の刃に変え、斬りかかって来たが、戦乙女と三人のエインフェリアは巧みな馬術でもって躱し、神気を込めたその剣を叩き込む。彼らは硝子細工のように砕け散っていった。

霜の巨人は七匹いたが、彼らを全滅させるのにさして時間を要しなかった。


「こ奴ら、強さはたいしたことはないのだが・・・」


砕け散った霜の巨人の亡骸を見やりながら姜維が呟いた。


「四方から霜の巨人の群れがやってきます・・・・。その総数は・・・もしかしたら百を超えるやも!」


「百・・・・!」


ブリュンヒルデの半ば悲鳴のような声を聞き、エドワードはその顔色を雪のように白くさせた。


「皆、全力で馬を走らせろ!とてもではないがやり合えん」


又兵衛の怒号と共に一行は馬に鞭を当てて、全力で疾走した。

霜の巨人の群れが、同族を殺された怒りで大気を震わせながら凄まじい勢いでやって来るのがはっきりと感じられた。

このような極寒の地で、初めての任務を遂げることなく空しく屍を晒すことになるのか。

誰もがそう思った時である。風の音を圧して音が響き渡った。


「これは・・・・法螺貝の音か!?」


又兵衛が呆然と呟いた。かつて往来した五十を超える合戦の場で耳にした音である。間違えようがない。日本の武士が敵陣への攻撃の際に吹き鳴らす法螺貝の低く太い音であった。


「どうやらヴィーザル様がもしもの時の為を考えて手を打ってくれていたようです」


ブリュンヒルデが安堵の表情を浮かべながら言った。

彼らは見た。前方から馬蹄で雪を蹴散らせて疾走し、やって来る騎馬の群れを。そしてその先頭で翻る旗を。






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