第百六十三話 霜の巨人の動向
「もうすでに顕家と重成と又兵衛はそれぞれの敵と交戦しているようですね」
先行した北畠顕家と木村重成、それに後藤又兵衛に遅れてニブルヘイムの戦場に到着したブリュンヒルデが素早く状況を把握し、仲間達に告げた。
「敵の主将は四人らしい。いずれも相当な武勇の持ち主らしいね。うちのエインフェリア達がかなり手こずっているようだ。ったく、不甲斐ない」
白銀の世界にあってひときわ目立つ燃えるような赤毛のフロックが鋭く舌打ちした。
「総大将は何者だ?今誰と戦っている?」
ローランが聖剣デュランダルを鞘から引き抜き構えながらプラチナブロンドの戦乙女に問うた。
「……武田信玄か関羽。ミッドガルドでの戦績、武人としての格から考えてこの二人のいずれかでしょう。関羽と北畠顕家が余人を交えず一騎打ちの最中です。武田信玄には弟の典厩信繁が挑むつもりのようです」
ブリュンヒルデがルーン魔術でそれぞれの場所で繰り広げられている戦いを見ながら言った。
「そうか。北畠顕家は一騎打ちの邪魔されることを絶対に許さないだろうな。ならば俺は典厩信繁の加勢に入るとするか。お前たちはどうする」
「張飛には夏侯淵、孫堅、勘助の三人が当たっているね。だったらあたしも信玄の首を狙うとするよ」
フロックがローランを挑発するように言った。皆の予想通りローランは怒りの表情を浮かべた。
「女如きが出しゃばるな」
と言った類の言葉を怒鳴るかと思ったが、意外にも何も言わなかった。先のヨトゥンヘイムで己が三好清海入道相手に不覚を取ったことの記憶が生々しいことと、フロックの勇ましさを知ったこととで自制出来たらしい。
「じゃあ、僕は重成と又兵衛の加勢に行くかな。敵将は武田勝頼だっけ?信玄の息子か……。ブリュンヒルデはどうする?」
エドワードに聞かれたが、ブリュンヒルデは即答せずに考えに沈んだ。
「どうしたの」
エドワード、ローラン、フロックの視線がプラチナブロンドの戦乙女に集中した。
「何かおかしい。霜の巨人達の気配がしないのはどういうことでしょう」
ブリュンヒルデの言葉に、三者もまた本来このニブルヘイムに存在するはずのもう一方の敵の存在のことを思い出した。
「確かに。あの霜の巨人達は自分達の領域を犯す存在に気づいたら、荒れ狂って問答無用で襲い掛かかるはずだ」
「そうだな。あの猛獣の如き巨人共が軍勢相手だからといって恐れて身を隠すなど、到底考えられん」
「いや、獣ってのは案外臆病なものだよ。死者の軍勢は先にニブルヘイムに来ていたそうだから、既に戦って敗れ、勝ち目は無いと悟ってじっと身を隠すこともありえるんじゃないか?」
フロックの言う事は一理あるようにも思えるが、どうも釈然としなかった。
「確かにこのニブルヘイムは彼らの領域なのですから、気配を悟られず身を隠すことは可能なのでしょうが……」
ブリュンヒルデは意識を集中し、霜の巨人達の気配を追った。自分たちの第一の任務はまずニーベルングの指輪の獲得なのである。
おそらく指輪は霜の巨人達が所持している以上、死者の軍勢の討伐よりも彼らの捜索を優先すべきだとブリュンヒルデは考えたのだろう。
「エドワード、力を貸して下さい。私一人よりも貴方と二人で索敵の術を展開した方が時間も早くより正確な位置を特定できるでしょう」
「確かにそうだね」
ブリュンヒルデとエドワードは呼吸と神気を合わせ同時にルーンの詠唱を唱え、索敵の為の魔法陣を描いた。
二人の神気がこの広大なニブルヘイムに広がっていることを確認したローランとフロックは、魔術の完成には時が掛かることであろうことを予想した。
「霜の巨人共のことはこの二人に任せて、俺たちは死者の将を倒しに行くか」
「そうだね。願わくば武田信玄の方が総大将であってほしいね」
ローランとフロックは頷き合って、武田信玄と武田典厩信繁の兄弟が相争う戦場へと向かおうと馬腹を蹴ろうとした。
「ちょっと待って!」
常はやや軽薄と言って良い程余裕な態度を浮かべているエドワードが緊張に満ちたただならぬ声を発した為、駆け出そうとしていた聖騎士と赤い髪の戦乙女は馬首を返した。
「どうした、何か異変が生じたのか?」
最初に会った時から若きプリンスオブウェールズとは反りが合わず、彼の一挙手一投足が気に入らずに反感を示すローランであったが、この時は流石に冷静な声慎重に尋ねた。
「彼らは巨人の姿を取らず氷雪に身を変えているけど、何かおかしい。異様な気を集中している。一体何をするつもりなんだ?」
「魔術の儀式とは違う。彼らの知能ではルーン魔術の使用など出来ないはずです」
エドワードに続いてブリュンヒルデが言った。
「彼らはニーベルングの指輪の力を使い、霜の巨人としての本能に基づいて何かを為そうとしている……?」
「一体何なんだ、何をしようとしているんだ!」
ローランとフロックが苛立たし気な声を同時に発した。
「分かりません。しかし非常に危険な気配がします。今すぐにでも制止しないと。死者の軍勢との戦いは重成達に任せ、私達は霜の巨人の企みを止め指輪を奪取しなくてはなりません。行きましょう!」
ブリュンヒルデは凛とした気迫に満ちた声で指令を発し、エインフェリアと死者の将が戦う戦場とは逆の方向に向かって駆けだした。
数瞬遅れて黒髪のプリンオブウェールズも続く。
以前からプラチナブロンドの戦乙女に激しい対抗意識を持つ赤髪の戦乙女も、異教の神族に命令されることに不快感を露わにする聖騎士もこの時はブリュンヒルデの神々しいまでの気迫に圧倒され、無言で彼女たちを追って疾走を開始した。




