第百六十話 オーク兵と死者の兵
「腐肉をまとったおぞましく醜い死者共に囲まれながらも、威風堂々としておるわ。どのような時、どのような状態であっても常に威儀を正すことを忘れぬあ奴らしいの」
風林火山の旗を掲げて死者の兵を率いる武田信玄の姿を見ながら、今川義元は皮肉気に評した。
「……」
義元の声が耳に入っているのかどうか、武田信繁は憂いを秘めた瞳で実兄であり、主君であった人物を見つめている。
「死者であるが、強壮な兵であることがはっきり分かるな。生前は尋常でない鍛錬を積んできたのだろうな」
長身痩躯のグスタフアドルフが顎鬚を撫でながら感嘆したように言った。
「あの信玄とこの典厩信繁の領国である甲斐は山深く貧しい国だからな。そのような厳しい環境故、必然的に兵は剽悍でたくましくならざるを得なかった訳だ」
義元が賞賛と侮蔑が入り混じった言葉で武田家の兵の強さを評した。
「成程な。確かに土地が貧しい国程兵が肉体的にも精神的にも強いのは古今東西を問わず常識であるな。それに信玄とは相当な将なのだろう」
グスタフアドルフの灰色の瞳が神秘的に煌めき、武田信玄を精密に分析しようとしていた。
「そしてあの兵どもも主君に付き従って幾度もの激しい戦を経た歴戦の古強者なのであろうな。それに比べ……」
グスタフが己の念で手足のように動くヴァ―サ朝スウェーデン式の武装をしたオーク兵に視線を送った。
「我らの思い通りに精密に動く魔導兵であるが、何しろ人造の存在であるからな。経験を積むことによって得られる強さと言うものが欠けておる。それが欠点であるな」
「確かに」
義元は皮肉気な笑みを消し、真剣な表情で頷いた。
「しかし己の意志で完全に操れるという点は明らかに長所だ。そう言う意味で真にオーク兵とは長所と短所がはっきりした諸刃の剣というべき存在だ。それに比べて死者の兵共はどうなのであろうな」
「ふむ……」
「己の意志というものは一切無く、ただ主の命令通り精密な機械のように動くのか。あるいは主の命令を聞くが、ある程度生前の記憶が残っており、自分の意志というものがあるのか」
「前者であるならば我らのオーク兵と同じだな。後者であれば生前の訓練と戦いで得た経験と鍛えられた武勇を発揮できるが、主の命令通り完璧に精密に動くという訳にはいかぬであろうな」
「その違いが、今後の我らヴァルハラ軍と死者の軍勢との戦の行方を左右するであろう」
義元とグスタフは緊張を露わにし、死者の兵を凝視しながら彼らの本質を見極めようとその眼に気を集中した。
「ここで死者の兵の質を推測しても仕方がないでしょう」
信繁が憂いた顔のまま言った。だがその言葉には抑えようとしても抑えきれない闘志の炎によって周囲の氷雪を溶かさんばかりの熱が込められていた。
「実際槍を交えねば分かりますまい。違いますか」
「ほう……」
グスタフが感嘆した表情で信繁を見た。控えめで慎重で地味だとすら見えるこのサムライが、これほどの闘志と烈気を秘めていたとはまるで思っていなかったのだろう。
(実の兄と戦わねばならないというのに、まるで気後れしていない。武田典厩信繁とはこのような武人だったとは」
「その通りだな」
義元が満足げに笑った。
「まずは一戦交えるとしよう。我と典厩信繁の軍で当たる。グスタフは側面に回って、飛び道具で支援を頼む」
「承知した」
「では参ろう」
赤鳥の馬印を掲げる義元のオーク兵と風林火山を掲げる信繁のオーク兵が雄々しく進軍を再開した。