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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第七章  再び極寒の世界へ
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第百四十話  退却

「くそ、どうなってやがるこいつら!」

張飛が蛇矛を振るって霜の巨人が爪による一撃を弾き返しながら怒号した。

「明らかに力が増してやがる」

力だけではないだろう。関羽と張飛、そして彼らに従う死者となった蜀漢の兵士に飛び掛かるその動きも先程とは別種の生き物のように機敏であり、雄々しかった。

「我が兵共が打倒されておる……!」

関羽が目が覚めるような見事な青龍偃月刀の技で霜の巨人の首を刎ね飛ばしながら言った。

関羽は怨念から半ば狂気に支配されているが、配下である兵士への優しさ、愛情深さはいささかも損なわれていない。

いやむしろ一度死んで蘇ってその身に腐肉を纏うのみのおぞましい姿になりながらも再び己に付き従って戦う存在になり果てた兵士達を無性にいじましく思い、さらに深く濃い愛情を抱いているようである。

死者となった蜀漢の兵士達は先程はほぼ互角の力であったはずの存在が、明らかに力が増したことにも関わらず微塵も動揺しないし、恐慌を見せることも無い。

当然であろう。彼ら下級の死者の兵は己の意志や感情というものを一切与えられていない。

彼らを暗黒の力で冥府から蘇らせた亡者の女王ヘルが兵士達に命じたのただ彼らの元の主に従い、その敵を盲目的に攻撃することだけである。

蜀漢の兵士はかつて圧倒的勢威の魏の軍勢と戦う為に訓練された闘技を完璧に再現させて戦う。

しかし一体一では到底敵わなかった。関羽と張飛がその長い戦いの末研ぎ澄まされた感覚、慧眼で判断する所では、変化した霜の巨人の力は死者の兵五人分に匹敵するようである。

関羽は己の哀れで可愛い死者の兵が無残に打ち斃されることが我慢できず、いよいよ猛烈果敢に青龍偃月刀を振るう。

一方の張飛は己の死者の兵などには微塵も心を動かさなかったが、己を討つ可能性を秘めた存在を許すことは出来ずにいよいよ鬼神の如き猛威を見せながら地を穿つように刺突を繰り出した。


「妙なことになってるな……」

怨念に取り付かれ狂気した関羽の雷光の如き刃から辛うじて逃れることが出来た孫堅が冷や汗で全身を濡らしながら呆然と呟いた。

「この化物ども、俺たちを助けてやがるのか?」

「そうではあるまい」

いかにも薄気味悪いと言わんばかりの孫堅に武田信繁が応じた。

「この者共は関羽と張飛、死者の軍勢のみを敵と定め、我らのことなど眼中に無いだけなのだろうよ」

「ならばこいつらを上手く利用して関羽と張飛を仕留めてくれよう」

夏侯淵がぼそりと呟き、果敢に蛇矛を振るっている張飛を狙って弓を構えた。武人としては恥ずべき卑怯な行いかも知れないが、張飛の凄まじい武勇を改めて思い知った以上はやむを得ないと判断した。

だがこの時四人のエインフェリアの脳内に義元の声が鳴り響いた。

「今の内だ、一旦退け」

ゲンドゥルの術を使っての声だろう。

「もうすぐそこまで武田の軍勢が来ている。一旦退いて軍略を練り直さねばならん。直ぐに退け」

その鋭敏な感覚で義元の言う通り別の軍勢が迫って来るのを察知した夏侯淵は弓を収め、馬腹を蹴った。

この未練を残すことなく命令に従うことが出来る果断な判断力こそが夏侯淵の持ち味である。

武田信繁、山本勘助、孫堅もそれに続く。

「……」

一人勘助だけが後ろを振り返った。

後方から響いてくる馬蹄の音。氷の大地を蹴る音なのでかすかに変化しているが、間違えようもない。

かつて日の本を切り取るべく共に駆けた武田信玄率いる精強無比なる軍勢が響かせる音である。

もうすぐ後、あと数刻の後彼らと直接槍を交えねばならない。

(そしてあの御方と再会せねばならない……)

武田軍のもう一人の将があの人物であろうことを勘助は完全に確信している。

(どのように成長なされた。どのように勇ましい姿を見せて下さるのか……)

いつのまにか勘助の心からかの人物との再会を怖れる感情は消え去っていた。

最後に会った時はほんの少年にすぎなかったあの人物がどのように成人し、どのような姿になっているのか。

狂おしい程に会いたく、その声が聴きたかった。その人物が暗黒の力で蘇った亡者であり、滅しなければならない敵なのだという思いは完全に消え去っていた。

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