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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第七章  再び極寒の世界へ
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第百三十六話  槍衾

間もなく凍った大地を蹴りつける馬蹄の声がはっきりと五人のエインフェリアと戦乙女の鼓膜に鳴り響いた。

かつて中華が三つに分かれた大乱世の時代で覇権をめぐって戦い抜いた蜀漢の精鋭達。

彼らが亡者となって蘇り暗黒の瘴気を放って凍てつく大気を打ち消しながら凄まじい勢いで突撃して来たのである。

余りに現実離れした悪夢のような、同時に神秘的な光景であった。戦国時代と三国時代の勇者達は一瞬呆然となったが、改めて己もまた神の眷属の一員であり、神話の英雄と同格の存在であることを思い、闘志を燃やした。

「放て!」

義元が叫びつつその右手を勢いよく振り下ろした。弓矢を構えていたオーク兵が一斉に矢を放つ。

エインフェリアの神気によって動くオーク兵の強靭な膂力で放たれた矢は火縄銃の弾丸に劣らぬ程の威力と速度で飛び、死者の軍勢の兵の頭上に降り注いだ。

鏃に込められた聖なる神気によって頭蓋を砕かれた亡者はその活動を瞬時に停止する。しかし頭ではなく腕や胴体に矢を受けた者は体の一部を欠損したものの、何事も無ないように突撃を続行した。

夏侯淵は死者の軍勢の先頭を駆ける二人の巨躯の武将をその鷹の眼で捉えた。青龍偃月刀を手にし、美髯をなびかせる猛将と豹頭虎髭で蛇矛を握る豪将。

「関羽、張飛!」

夏侯淵は殺意を明らかにしてその名を叫び、愛用の弓に二本の矢をつがえ、渾身の神気を込めて射放した。

二本の矢が閃光となって飛ぶ。その速度は明らかに人間の膂力によって放たれるものとは明らかに別次元のものであった。人間の、いやいかなる地上の生物の眼でも捉えることすら叶わないだろう。

その人智を超えた力を秘めた矢は正確に二人の将の眉間を射貫くと思われた。

だが関羽と張飛はそれぞれ得物を振るって易々と必殺の矢を払い落した。

そのほんの一瞬生じた隙を狙って信繁が操るオーク槍兵が長柄槍をかざして殺到する。

かつて戦国最強を謳われた武田軍の副将を務め、「まことの武士」と後世まで称えられた武田典厩信繁はその天成の器用さと聡明さでオーク兵の操作も完全に極めているようであった。

武田家の軍装を纏い、風林火山の旗の下、その力が増しているオーク兵の槍術は強剛無比であり、その槍の技を防ぐことは並みの亡者であっては到底出来なかっただろう。

だがやはり関羽と張飛は並では無かった。夏侯淵を矢を防ぐ為にわずかに体勢が崩れたはずだが、そのままの体勢で青龍偃月刀を、蛇矛を振るったのである。

その人智を超えた膂力で振るわれる暗黒の力が宿った刃は甲冑を纏ったオーク兵をまるで豆腐のように割砕いた。

想像を絶する程の武勇を目にしても、無論エインフェリアの神気によって動かされるオーク兵が恐怖におののくことは無い。

彼らは主武田典厩信繁の意志のまま槍の穂先を連ねて執拗に三国時代の猛将に食い下がる。

だが信繁の神気と用兵によってかつての戦国乱世で最強を欲しいままにした武田軍以上の武勇を誇るオーク兵でも関羽と張飛の凄まじい刃の雷電、猛嵐をかいくぐることは叶わなかった。

「何と凄まじい……。あの上杉謙信を上回る武勇が存在するとは夢にも思わなかった」

かつて川中島において毘沙門天の化身、上杉謙信と対峙した以上の戦慄を覚え、流石の天下の副将、武田信繁も五体が震えるのを覚えた。

「到底太刀打ちは出来んな」

信繁は当然武勇も優れている。しかし徹頭徹尾己の分というものを弁えている信繁は関羽が相手でも張飛が相手でも直接刃を交えれば百に一つも勝ち目が無いことを瞬時に理解した。

かと言って恐怖にかられて逃げ出そうなどとは微塵も考えない。その温顔と常に控えめな態度に似ず類まれなる胆力を持つ信繁はあくまで冷徹に己の役割を果たそうとした。

主の決意に応えるように、信繁のオーク兵の武勇はさらに鋭さを増した。

果敢に蜀漢の死者達に突きかかり、槍衾を鉄壁のように連ねて「万人の敵」を取り囲んだ。

さらにそこに鳥の翼が折りたたむように陣形が変化していった為、それまで無人の野を行くが如きの関羽と張飛の勢いが明らかに減じた。


「むう!」

巧みな用兵、陣形変化によって分厚い包囲網に取り囲まれた関羽と張飛は初めて焦りのうめき声を発した。

戦の愉悦と怨敵に連なる存在に完全に我を忘れて非常にまずい戦いぶりをしてしまったことに今さらながら気づいた。

あの武田信玄、勝頼親子と同じ軍装の兵団は強壮無比にして非常に手ごわい。さらにそこに恐るべき正確さで矢が降り注いで来た。

矢を払いのけながら関羽と張飛は懐かしさと忌々しさを同時に感じていた。

「この矢の攻撃、かつて幾度も受けたことがある。魏のあの男か……」

その呟きに応じるように、軽装弓騎兵を率いて疾風のように一人の武人が現れた。

痩せた顔に鷹の様な眼をした、左右の腕の長さが違う男。

「夏侯淵!」

張飛が憎しみを込めてその名を呼んだ。蜀の宿敵である魏の武帝曹操の従兄弟にして腹心。後漢末において並ぶ者無き弓の名手。

「貴様もここに来ていたとはな!丁度いい、黄忠に代わって俺がもう一度仕留めてくれる」

蛇矛をかざし、猛々しく吠える張飛に対して、夏侯淵は目にも止まらぬ速度で弓に矢をつがえ、射放した。

眉間に迫る矢を払いのけた張飛は馬を駆って夏侯淵に迫ろうとするが、信繁、勘助が操るオーク兵がそうはさせじと進路をふさぐ。

さらに夏侯淵のオーク兵が主には劣るものの、充分に見事な威力の矢を放ち続ける。

流石の関羽と張飛も身に幾たびも斬りつけられ、矢を喰らった。無論、死者である身は苦痛も感じず、傷も治って行くが、このままではやがて討たれるのではないかと敗北を予感した。

「おお、こりゃ殺れそうだな。よし、おれで止めをさしてやるか」

そこに赤い帽子を頂き、二本の鉄鞭を手にした将軍がオーク兵を率いてやって来た。


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