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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第七章  再び極寒の世界へ
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第百三十三話  虹

「おい、雲長兄いよう……」

「……」

再び騎乗の人となった張飛は先行する関羽に言葉をかけた。だが関羽はむっつりと黙り込んでいる。

「兄いだって分かってんだろ?あの信玄という武将の言う通り、闇雲にこの糞寒い氷原を探し回ったって、どうにもならねえって」

「あの信玄という男、気に入らぬ」

関羽は斬りつけるように答えた。

「態度こそは慇懃であったが、あれは腹黒く、蛇のように陰険な男であろう。私には分かる」

「まあ、何となく曹操に似た男なんだろうな。それは俺にも分かる」

張飛は苦笑しながら応じた。

「実際あの男は曹操にも匹敵する大将だからこそ、死者の軍勢の総大将に選んばれたんだろう?だったらもう少しあの男を敬ってもいいんじゃないか?」

「敬うだと?馬鹿を申せ」

関羽は吐き捨てるように言った。

「あの男が曹操に匹敵などするはずが無い。私はこころならずも一時曹操に仕えねばならなかったからよく分かる。曹操は必要とあれば自ら危険を冒して軽騎兵を率いて敵陣に奇襲をかけることも厭わなかった。だがあの男はそう言った真似は絶対にせんだろう。動かざること山の如しなどとほざいて常に安全な後方で座したままであろうよ。私が最も嫌う型の武将だ」

「だからあの男が後方で采配を振るい、俺と雲長兄いが先鋒で戦う。そう期待されてんじゃねえのかい」

「あの男に私とお前を動かす器量が本当にあるとはどうしても思えん」

そう言って関羽は張飛との会話を打ち切って瞑目し、気配を研ぎ澄ました。

「俺は気配を探るなんて真似は苦手だ。雲長兄いに任せるぜ」

そう言って張飛は己の虎髭をつまみながらどこまでも白銀一色のニブルヘイムの大地をつまらなそうに見つめた。

「……どうだい?」

「感じられぬ。場所を移そう」

そう言って関羽は馬腹を蹴って駆け出した。張飛はため息をついてそれに続く。死者と化した蜀漢の兵士たちも彼らを追った。

約一万五千の死者の兵達が乗る馬の蹄が凍った大地を踏む音が鳴り響く。広大な中原を舞台に戦い抜いた彼らですらもこのような氷雪以外なにもない世界は初めてである。どれ程移動したであろうか、気が付けば大気が澄み渡り、霧が凍って氷晶となって浮遊している。息をのむ美しさであった。

初めて眼にする現象、極寒の世界が描き出す神秘的な光景に全てを忘れ、張飛は呆然となった。その髭に覆われた鬼を思わせる凄まじい顔貌がまるで幼児のようである。

だが関羽はそのような義弟にも、眼前の光景もまるで目に入らぬかのようにただ意識を集中している。

「……む!」

関羽はその神眉鳳目をかっと見開いて声を発した。

「ど、どうした兄い」

ニブルヘイムの天空を彩る氷霧に見とれていた張飛は慌てて義兄に視線を戻した。

「わずか、ほんのわずかだが、確かに気配を感じたぞ!ニーベルングの指輪の気配だ」

「お、見つけたか、兄い。指輪をはめた、角の有る巨人はどこだ?」

「位置までは特定出来ぬ」

関羽は静かに言った。

「だが、いる。そう遠くない場所に間違いなく。私に気配を悟られぬよう息をひそめているが、無駄な事だ。一度尻尾を掴んだからには、決して放さぬ。この関羽からは何人も逃れられない」

そう言って再び瞑目し、意識を集中した関羽から強大な闇の瘴気が発散された。

「おお……!」

張飛は感嘆のため息をもらした。亡者の女王ヘルより賜った暗黒の力、それを早くも関羽は己の物としている。

さらにはそれと己自身のたゆまぬ鍛錬と百戦を戦いぬいたことで身に着けた闘気を自然に渾然一体とさせているのである。

(やっぱ雲長兄いは大した男だ。死後に関聖帝君として神格化されたってだけはある。実際蘇って、本物の神になりつつあるのかもな)

怒りと怨念、そして亡者の女王ヘルより賜った暗黒の力を振りまく荒ぶる武神に。いずれは暗黒神ロキやその娘ヘルに匹敵する存在になることもあり得るのではないか。

そう期待を込めて張飛は義兄を見つめた。

しかし当の関羽は再び双眸をかっと見開いていた。彼らしくない当惑した表情である。

「どうした、雲長兄い?」

「何か特殊な力が、この氷の大地にやって来る。霜の巨人共とは全く違う力だ。一体何者だ……?」

「は?何だそりゃ。こんな場所にあの霜の巨人以外に何が……」

「見よ、益徳」

関羽の太い人差し指が天の一方を指した。張飛の金壺眼がゆっくりとその方向を追う。

そこには巨大な虹がかかっていた。かつてミッドガルドと呼ばれる世界、彼らが駆け抜けた中原では一度も眼にすることはなかった神々しいまでに鮮やかな虹。

まるで七種の宝石で築かれた天にかかる橋のようであった。

「何だよあの虹……。あんな鮮やかできれいな虹があるのか」

「……」

張飛と関羽はあまりに壮大な天と地を繋ぐ美の極致と呼ぶべき現象に呆然となった。

「大体、虹ってのは雨が止んで晴れた後でかかるもんじゃねえのかよ。何だってこんな雪ばっかの糞寒い世界で……」

「ただの虹ではあるまい」

感動から覚めた関羽が警戒を露わにながら言った。

「あの虹からは特別な力が感じられる。そう、我らが得た力とは対極の力が」

「ってことはあれか。俺たちの本当の敵であるアース神族とかいう奴らか」

その瞬間、関羽と張飛の義兄弟二人に電流が走った。それは確かな予感であった。武を極めた者だけが身に付くある種の予知能力とも呼ぶべき尋常ならざる勘の冴え。

「……いるな」

「ああ。本人じゃねえだろうが、奴に連なる者が、間違いなく」

最強の誉を得た己たちに到底武人に相応しからぬ無様な死を与えた怨敵。その縁者であろう者が光の軍勢を率いて間もなくこの地にやって来る。

関羽と張飛はそれぞれ歓喜と憤怒が入り混じった凄まじい形相を浮かべた。




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