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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第七章  再び極寒の世界へ
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第百三十二話  風林火山の父子

「さて、霜の巨人共は姿を消したようですな。これでは我らが目的であるニーベルングの指輪とやらの奪取も不可能となってしまい申す」

「指輪を手にした巨人は確かにいたのだ。もう一歩で奴を倒して指輪を手に入れることが出来たのに。奴ら氷雪に姿を変えやがった」

張飛が悔しそうに言うと、信玄は信玄は静寂が支配するニブルヘイムの空を見上げた。

「奴らが姿を変えることが出来るのは、あくまで一時的なのか、それとももしかして永久に近いのか。いずれにせよ、我らが撤退するまで姿を変えたままでいるつもりやも知れぬ」

「いかがなさいますか、父上」

勝頼に問われ、信玄は視線を地上に戻した。

「人間だったころの我らなら、この氷雪に凍え、また食料も切れて成す術もなく撤退するしか無かったであろうな。だがヘル様の御力で蘇った我らは氷雪はこたえぬし、飢える事も無い。奴らが根負けして姿を見せるまで、踏ん張るしかあるまいな」

「ただ何の芸も無くここで奴らが姿を現すまで待つつもりか?」

それまで黙然としていた関羽が嘲笑を露わにして信玄を睨み付けた。

「無為無策もいい所だな。何故ロキ様は貴様程度の者を軍勢の総大将に選んだのだ。納得出来ぬ」

張飛は関羽の袖を引いて制止しようとしたが、今回は関羽は義弟の言う事を聞かなかった。

「ほう、それでは関羽殿は何か良い策をお持ちで?」

関羽の烈火の如き気を浴びても、信玄はいささかも動じず、不気味なまでに慇懃な態度で尋ねた。

「あの指輪を手にした巨人、そして指輪そのものも強大で異様な気を放っていた。その気を探って追うのだ」

関羽は勇ましく言ったが、信玄は全く感銘を受けなかったようである。

「今はそのような気は全く感じられぬが……。関羽殿は感じられるのですかな?」

関羽は一瞬言葉に詰まったが、顔を朱に染め上げて憤然として言い返した。

「今は感じられぬが、いずれ必ず奴らの気を捉えて見せるわ!」

「気が感じられるまで、この茫漠たる氷の大地を駆けまわるおつもりか?それは止めておくべきですな」

信玄はあくまで慇懃な態度を崩さない。そのことがかえって関羽の怒りをかきたてるようであった。

「貴様の指図は受けぬ。私は行くぞ。来い、張飛」

「雲長兄い……。ああ、くそ、仕方ねえな」

張飛は理は信玄にあることを認めているようだが、やはりこうなれば義兄の言う事に従わざるを得ないと覚悟を決めたようである。

「貴様らはここで好きなだけつっ立ているがいい。だが私が指輪を手に入れたなら、貴様は死者の軍勢の総大将の座から降りてもらうぞ。いいな」

関羽は言い捨て、足早に去って行った。張飛は信玄、勝頼親子に目礼して関羽を追って行った。

「関羽は剛情で自信を持ちすぎ傲慢、か。史書が伝える通りだな。。闇の亡者となっても生前の気性とは変わらぬものらしい」

「よろしいのですか、父上。あの二人を好きにさせても」

「致し方なかろう。張飛の方はともかく、関羽はわしへの対抗心に満ちておるわ。わしを引きずり下ろして己が死者の軍勢の総大将になりたいのだろう。だが関羽はその器ではない。前線の将としては天下無双の働きをするのであろうが、合戦の先を読む力も、状況に応じて配下を的確に動かす力もあるまいよ。だから呉にしてやられ、己が任された荊州の地を失うという大失態を犯した。ロキ様もそれが分かっておられるから、あの者ではなくわしを総大将に選んだのだ」

「確かに……」

頷いた勝頼を信玄は真直ぐに見つめた。

「四郎よ。関羽をよく見ておけ。かの武人の長所よりも短所の方をな」

信玄にずばりと言われ、勝頼は動揺を露わにした。

「やはり父上もそうお考えになられますか」

「うむ。わし亡きあとを継いだお前は今の関羽のように猛々しく尊大であったようだな。その結果御家を滅ぼしてしまった」

「誠に面目なく……」

凍った大地に跪いて詫びようとした我が息子を信玄は制した。

「これ以上詫びなくてよい。武田の御家が滅んだのはお前だけのせいではない。半分はこの信玄の罪よ。織田家に戦を仕掛けながらその途上で命運尽きたこのわしのな。それに配下の豪族共の力を削ぐことも怠った。そのせいでお前に負の遺産を押し付けることになってしまった。真にすまなく思っている」

富士の山のごとく巨大で重々しい父に初めて頭を下げられ、勝頼は驚喜した。しかしそれはほんの一瞬のことで、すぐに己の非力、非才への怒りと悲しみが胸中を満たした。

「父上のせいではありません。全てこの四郎めの罪なのです。この私の……」

「お前はかつての己を悔い、贖おうとしている。そう言う意味では、明らかに器量は関羽よりも上だな」

信玄は表情を綻ばせた。

「学べ、四郎よ。関羽と張飛、それにこの父からもな。そして我ら三人を超えてみせろ。さすれば、死者の軍勢の総大将の座をお前に譲ってやってもよい。そして父は副将としてお前を支えてやる」

「父上、そのような……」

「これはお前を発奮させる為の偽りでもお為ごかしでもない」

動揺する勝成を抑えるように信玄は厳しく言った。

「全ては勝つ為なのだ。この父は、そしてあの関羽と張飛も同様、良くも悪くも既に器が出来上がっておる。もはや変わることも上を行くこともあるまい。だがまだ四十にもならぬお前は、未完成で未熟なままよ。上を行く余地がまだある。貪るが如く学び、狂えるが如く己を鍛えるがよい」

厳父の言葉に打たれ、勝頼は頭を下げた。

「そして風林火山の旗の元、神々や巨人族を撃ち滅ぼし、武田の武威を銀河の星々に示すのだ」

勝成は改めて武田信玄という怪物に恐怖を覚えた。この人の中にあるのは、ただ戦に勝つこと、そして武田家の武威を輝かすことのみ。その為に己の血肉も家族も配下も同胞も、そして縁もゆかりもない存在も全て捧げ尽くすことに微塵もためらいや迷いも無い。

かつて戦国乱世の日本において謀略と武略の限りを尽くし、時には明らかに不義理、無道と言うしかない行いまでして他国を切り取り、さらには己の父を追放し、嫡男の義信を切腹すらさせたのも、全ては武田の御家の為だったのだ。

「滅私奉公の権化」

これこそが武田信玄という武人の正体なのだろう。

(かつての俺に欠けていたものがまさにこれだ。俺にあるのはただ我のみであった。父を超えねばならぬ、家臣に侮られてたまるものか、この武田勝頼を見よという我執に囚われていた。だから敗れた。織田に敗れたのではない、愚かな己に敗れたのだ。そして御家を滅ぼした)

武田四郎勝頼はようやく理解した。父信玄を常勝不敗の名将に高め、風林火山の旗の元、武田軍団を戦国最強の軍団と化した力の淵源を。滅私奉公こそがそれだったのだ。

(二度と同じ過ちは犯さぬ。俺も小さき我を捨て、新たに得たこの魂、血肉の全て、脳髄の最後の一滴に至るまで風林火山の旗に捧げ尽くそう。武田の武威を輝かせることにのみ生きるのだ)


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