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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第七章  再び極寒の世界へ
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第百三十一話  武田信玄

「四郎勝頼殿か。猛き風貌ながら、涼やかな振る舞い。良き武将じゃの。御年はいくつかな」

張飛は虎髭をつまみながら穏やかに尋ねた。余程勝頼のことが気に入ったらしい。

「かぞえで三十七でござる」

勝頼も敬意のこもった声で答えた。

「ほう、まさに男としても武人としても絶頂期の年頃であるな」

「滅相もございません」

勝頼は自嘲の表情を浮かべた。

「私は父より受け継いだ貴重な将達や兵を空しく死なせ、御家を滅ぼし、遂には妻や子を道ずれにして自害し果てた身でござる」

「……」

「例え生まれ変わっても、二度と戦わぬと固く心に誓いながら我が身に刃を突き立てたのですが……。蘇って父に再会し、この不甲斐なき身を許され、共に戦うことを命じられました。二度と不覚を取らぬよう、初心に戻って父から、そして何より御二方から戦を学びとうございます」

「うむ。真見事な心構えだ。励みなされ」

張飛は力強く勝頼の肩を叩き、激励した。一方の関羽は相変わらず勝頼の存在など目に入らないのような冷ややかな態度であるが、その眼に光る険しさはやや和らいだようである。

その時、総大将が座する本陣から法螺貝の音が鳴り響いた。進撃を中止し、敵の来襲に備えて防禦の陣形を取れという命令である。

その音色に応えて死者の兵は一糸乱れぬ動きで陣形を整え、その後時間が止まったように微動だにしない。

「関羽殿、張飛殿、我が父の元で今後の事を相談いたしましょう。お願いできますか?」

勝頼が辞を低くして言うと、先程までやや穏やかになりかけた関羽の表情が再び険しくなった。貴様の父がここに来い、と一喝しようとしたのだろう。だがそれよりも先に、

「分かった。参ろう、兄者」

と張飛が穏やかさと有無を言わせぬ威が等しく均衡した声で言った為、やむを得ず口を閉ざした。

「では行きましょう」

勝頼が馬首を返して歩を進め、関羽と張飛が大人しくそれに従った。

猛吹雪が止み、静寂が支配するヨトゥンヘイムの平原の中、張飛は相変わらず親し気に勝頼に話しかけるが、関羽はむっつりと不機嫌そうに言葉を発しない。

(三国志で読んだ印象とはだいぶ違うな)

勝頼は二人の猛将の顔を見較べた。後世に伝えられた人物像では張飛は傍若無人な暴れん坊、関羽は智勇兼備の人格者と描かれている。

だがこうして接すると張飛は人懐っこく好感を持てるが、関羽は傲岸不遜そのもので、人を人とも思わぬ人物であるらしい。

(かつての俺もこうだったのかも知れんな)

勝頼はほろ苦い自嘲の笑みを浮かべながら思った。偉大なる父の跡を継いだものの、元は嫡男ではなく庶子であったが為に家臣に侮られまいと必要以上に尊大に振る舞った。

武勇においては父をも上回ると恐れられた為に増長してしまい、家臣の諫言に耳を貸さなくなりそのあげく外交において致命的な誤りを犯し、結果武田家を滅ぼしてしまったのである。

(この二人も一人で一万人の兵に匹敵すると謳われた武勇を持ちながらも、名将とは思えぬ死にざまを晒すことになった。彼らの武勇、武略はもちろん虚心に学び身に着けねばならんが、それ以上に反面教師として彼らの欠点を見て、己を戒めねばな」

勝頼は恭しい態度で関羽と張飛に接しながら、あえて心中は冷徹にして思考した。

ニブルヘイム攻略の死者の軍勢の本陣に着いた。

本陣、総大将たる武田信玄の親衛隊、馬廻り衆達が三人の将を出迎える。

いずれも戦国最強を謳われた武田軍にあって最も武芸に優れた者によって編成されてるだけあって、死者となってもその立ち振る舞いは雄壮にして、微塵も隙が無い。

彼らを見て関羽と張飛は等しく感嘆の表情を浮かべた。

ムカデの旗指物の武者もいる。信玄の意を前線の将に伝える役を担う伝令役である。

そして床机にどっしりと構える総大将がそこにいた。

金色の鬼を前立てに配し、純白のヤクの毛があしらわれた諏訪法性の兜を被り、鮮やかな朱の法衣を纏って首には巨大な数珠を掛け、軍配を手にしている。

その姿はまさに大磐石の如き重厚そのもの、その生涯を神仏への篤き信仰に捧げた者が持つ清浄な気と、謀略と合戦に明け暮れ、数え切れぬ人を欺き殺戮してきたおぞましい人生によって培われた鬼気が渾然一体となって放たれていた。

勝頼は生前からこの父を前にすると喉がひれつき、心臓を圧迫される緊張を味わったものであった。

張飛もまた、畏敬の念を抱いたようだが、やはり関羽は強烈な対抗意識を持ったようである。

「関羽殿、張飛殿、わざわざご足労いただき、かたじけのうござる」

信玄は丁重に礼を施した。

「霜の巨人とやら申す化物どもはいかがでござった?」

「けったいな敵であるが、強さと言う意味ではたいしたことはなかったな。なあ、兄者」

張飛は穏やかに答え、関羽に水を向けた。だが関羽は答えようとはせず、信玄を威圧するように睨み付けている。

信玄はそのような関羽の挑発的な叩きつけるような気をあっさりといなし、

「我が愚息は貴殿らの足を引っ張らなかったでござろうか」

と穏やかに問いかけた。

「足を引っ張るどころか、見事な戦いぶりであったよ」

張飛は答えた。

「貴殿の子息、勝頼殿はどこか我らと馬を並べて戦った馬超を思わせるな。戦いぶりだけではなく、顔付やたたずまいもどこか似ておる」

「関羽殿、張飛殿と共に五虎将軍の一人に数えられた馬超殿ですか。この愚息に対して過分な評価でござるな」

信玄と張飛は朗らかに笑い合った。張飛が勝頼を馬超と評したことは無論悪意は全く無く、完全に好意からなのだろうが、勝頼は内心複雑であった。

(馬超という武人は並外れた武勇を持っていたが、その性は利を好み残酷で、遂には一族を全滅させたとして後世厳しく批判されているのだったな)

張飛はお世辞のつもりで何気なく馬超の名を出したのだろうが、意図せず本質を鋭く突いてしまったのである。

(確かにかつての俺は馬超の如き武人であったのだろう。だが俺は生まれ変わった。二度と同じ過ちは犯さぬ。五虎将軍も、そして父信玄をも超える武人になって見せる)

勝頼は三人の武将を見ながら心に固く誓った。









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