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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第七章  再び極寒の世界へ
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第百二十九話  義兄弟

「雲長兄い、この戦はもう決まったようだな!」

張飛、 字は益徳が蛇矛を嵐のように振るって霜の巨人の首を刎ね飛ばし、突風のような勢いで突いてその頭部を穿ちながら吠えるように言った。その金壺眼は人ならざる者との戦を貪る至高の喜びで今にも火が噴き出んばかりであった。

「うむ。新たな生を得てロキ殿とヘル殿の将としての初陣は堂々たる勝利で飾ることが出来そうだ」

関羽、字は雲長は深沈とした声で答えた。その朱い顔はニブルヘイムの極寒の気候でもいささかも色あせることはなく、かつては美髯公と称えられたその見事な顎鬚も氷雪を完全に跳ね返しているようであった。

「むん!」

ニブルヘイムの氷壁をも砕くような重々しい気合の声と共に、関羽は青龍偃月刀を振り下ろす。

その巨人はひときわ雄大な体を持ち分厚い氷雪の鎧を纏っていたが、三日月が天から落ちて来たかと錯覚するような斬撃を受け枯れ木のようにあっさりと真っ二つになった。

「雲長兄いの得物を振るう姿を見るのは久しぶりだが、やっぱり惚れ惚れするな。それどころか闇の力を得て、さらにとてつもないものになってるぜ」

「思えば、我ら兄弟二人が揃って戦場で戦うのは随分と久方ぶりであるな。この雲長は荊州を任され、お前は益州攻めに加わって以後は、遂に地上で再会することはなかったのだからな」

関羽は青龍偃月刀を凄まじい勢いで振るいながら、しみじみと言った。

その瞳には醜悪な霜の巨人の姿などはまるで映っておらず、かつて蜀漢の前主、劉備、字は玄徳の股肱之臣としての栄光の日々を思い返しているようであった。

すると突然、関羽の表情が鬼神を思わせる猛烈な憤怒の形相へと変じた。事実上の荊州の王として君臨したのはほんのつかの間であり、同盟相手であるはずの孫権に謀られた挙句、一兵卒のように縛られて首を刎ねられた無念が蘇ったのだろう。

「この下等な死者の兵共、見るも胸糞悪い無様な姿だが、この張飛様の意のままに見事に動きやがるな。良い兵卒共だ。これならこの張飛様が直々に鞭を振るって鍛える必要は無いな。まあ、ちょっと残念であるが……」

張飛は強兵は鞭で育つという強固な信念があった。その為かつては蜀漢軍を鍛え上げる為に兵卒に容赦なく鞭を振るい、ほんのささいな失敗であっても絶対に見逃さず果敢に死刑に処していったのである。

「お前はまだその考えを改めぬのか……。散々兄者、我らが主君である玄徳様から叱られていたであろうが。それでもお前は兵卒を虐待することは止めず、遂に兵に寝首を掻かれたというのに」

「ふん、三国の中で最も劣勢であった蜀漢軍が他の二国と張り合うには、兵の強さ意外にあるまい。誰かがやらねばならなかったことをあえて俺がやっただけの事だ。俺は間違ってはいない」

張飛はいささかも揺るがず昂然と嘯いた。

「それにこいつらは鞭を振るって鍛える必要は無さそうだし、あの糞忌々しい恩知らずの兵共と違って主に牙を剥くことは無かろうよ、なあ」

そう言って張飛は蛇矛の柄で側にいた死者の兵の頭を突いた。頭蓋骨にひびが入り、勢いよく倒れたがすぐに起き上がり霜の巨人に斬りかかって行った。

「うむ。これぞ理想的な兵の姿だ。人間は生きている時は恐怖や生への執着に囚われるが故、真の兵にはなれぬ。一度死んでこそ人間は真の強さが得られるのだな」

張飛はその虎髭に覆われたいかつい顔にうっとりとした笑みを浮かべた。

「お前というやつは、本当に……」

関羽は嘆かわしいというように頭を振った。義弟であり、共に真の武に到達できたかけがえのない同志であるが、この人の情と言うものが全く欠落した酷薄さには生前から心底呆れていた。

「兵とは我が武、我が肉体の一部も同然だぞ。それは見るも無残な死者となっても変わらぬ。もう少し慈悲の心を持って……」

「確かに雲長兄いは取るに足りない兵卒共を我が子のように可愛がっていたようだがね」

張飛は説教などはうんざりだと言わんばかりに目をむいた。

「その分、同僚の将軍共や、士大夫の方々にはことさら偉そうに振る舞って、突っかかっていったよな。兄いが孫権の小僧如きに首を刎ねられたのは結局のところ、そういう所が墓穴を掘ることになったんじゃないのかい」

図星を指され、関羽は言葉を失った。

関羽は後漢王朝からは寿亭公に封ぜられ、蜀漢からは前将軍に任じられる程の栄達を遂げたが、その素性は塩の密売人の護衛役という卑しい身分であった。

その為関羽は己の出自に対する根深く強い劣等感から終生解放されなかった。儒教の聖典である春秋左氏伝を諳んじる程の学を身に着けても、一人で一万人の兵に匹敵すると評される程の武威を天下に響かせても、所詮は卑しい成り上がり者に過ぎないという侮蔑のこもった視線は常に感じていた。

元の己同様身分の低い兵には全力で愛情を注ぎ、出自の良い将軍や知識人たる士大夫にはことさら虚勢を張り傲慢な態度で臨んだのも、結局は劣等感の裏返しに過ぎない。

その結果、同盟相手であるはずの孫権を怒らせてしまい魏と結託させ、関羽を嫌っていた味方の将は誰があの男の為に抗戦するものかとあっさりと降伏を選び、援軍を送ることも拒否して見殺しにされたのである。

「そういう意味では、自業自得で死んだのは兄いも俺と変わらんぜ。まあ、俺は下等な死者の兵共には恨まれることは無いから二度と同じ轍を踏むことは無いが、兄いは気を付けてくれよ。これからは生まれた時代も国も違う将軍連中と付き合っていかなきゃならねえんだからな。偉そうな態度は抑えて、仲良くやってくれよ」

「……それは向こうの態度次第だな」

関羽は風林火山の旗を掲げながら戦う武将へと視線を移した。




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