表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第一章  戦死者の宮殿
13/178

第十二話    白刃

決闘の場はヴァルハラの宮殿の内庭に面し回廊をめぐらせた一室である。開け放られた窓から日の光が差し込んでいる。重成は窓の側に歩み寄り、天空に輝く日輪を見た。かつて地上で目にした太陽と、ここヴァルハラを照らす太陽は別なはずだが、特に違いは感じられない。太陽はどこにあっても無限なまでの力感と光輝を備える偉大な存在であるらしい。


「ずいぶんと余裕な態度だね。これから殺し合いをしようっていうのに」


フロックが薄笑いを浮かべながら言った。重成の敗北を確信しているのだろう。


「北畠顕家卿相手に余裕などあるはずもない」


重成は控えめにそう答えたが、その表情にも声にも力がみなぎっており、フロックの薄ら笑いを消し去る迫力があった。例え時を超えて巡り合った憧れの英雄が相手でも、斬ると決めた以上は斬る。重成には寸毫も迷いもためらいもない。

その重成の闘志と殺意を感じ取ったのだろう。顕家の顔からも冷笑の色が消えた。


「重成。敗北はこの私が許しませんよ」


ブリュンヒルデが言った。その声も表情も冷厳を極めているようだが、重成の身を思いやる感情も確実に存在していることを感じ取り、重成は思わず微笑んだ。

重成が顕家に視線をすえ、ゆっくりと腰間の太刀を抜いた。刃長二尺三寸一分、吉岡一文字助吉の作で、その切れ味から「道芝露」と銘を刻んだ業物である。

顕家もそれに応じて太刀を下段に構える。

お互いの太刀が日の光を受けて白く輝くのを見て、西洋及び漢土出身のエインフェリア達は思わず息を漏らした。

これ程の芸術品的な美しさと武器としての力感を兼ね備える刀剣を目にするのは初めてだったからである。


「参る!」


重成は顕家とは対照的に大上段に剣を構えると、一気に間合いを詰め、渾身の力で振り下ろした。顕家の繊弱な顔を真っ向に割るという気迫に満ちた凄まじい斬撃である。

だが顕家は体を横に移動してかわすと、踏みこたえる重成の首に剣を水平に走らせた。一瞬、重成の首がはね飛ばされる気がし、ブリュンヒルデはその白皙の美しい顔をしかめた。

だが重成は太刀の棟で受け、押し返した。膂力で劣る顕家は弾き飛ばされたが、一瞬で姿勢を整え、強靭な手首をひるがえして斬撃を叩き込む。重成の太刀が受けて、互いの白刃から火花が散った。

重成が顕家の細い首を貫かんと突きを見舞うと、顕家は身を捻って躱し、重成の頭部に白刃を叩き込む。額の寸前で跳ね返すと、凄まじい刃音が空気を切り裂いた。

両者は飛び離れ、互いの隙を見出すべく静かに歩を移しながらにらみ合う。だがそれもほんの数瞬で、再び刃と刃が絡み合い、猛禽類の叫びに似た異様な音が響いた。

重成の剣は剛にしてほとばしる雷光のように雄壮であり、顕家の剣は柔でありながら、吹きすさぶ冬の嵐のように迅速苛烈であった。互いに剣技の限りを尽くして戦い、斬撃の応酬は百合を超えただろう。

エインフェリア達、そして二人の戦乙女は呆然として声も無く、不思議な感動を覚えながら、類まれな剣士同士の一騎打ちを見守っていた。

本来剣は突くものであり、刀は斬るもので別種の存在である。その二つの機能を兼ね備えた日本刀はまさに世界で唯一無二の武具と言えるだろう。

そしてその武具の機能を極限にまで引き出して戦う二人の剣士の姿もまた、ある種の芸術的な美しさを備えていた。

重成は「凛々しい」という言葉を体現したような眉目秀麗な美丈夫であったし、顕家は一見すると少女かと思うような繊細で儚げな顔立ちである。

その二人が剣を振るうさまは神に捧げる舞踊のような神聖さと力強い美にあふれていた。

だが、どのような見るもの達の感動など、二人の勇者達には微塵も顧みる余裕はなかっただろう。

彼らの念頭にあるのは、ただ目の前の敵を斬殺するという狂暴な意思だけである。

無限に続くかと思われた斬撃の応酬であったが、突如、終局の時がやって来た。

重成の強力な片手突きが顕家の白く細い首を貫いたのである。だが重成は勝利の感覚を味会うことが出来なかった。

同時に、顕家の斬撃が重成の左肩を割り、鎖骨を切り裂いて刃が心臓にまで達したのである。


「相打ち・・・!!」


誰かが叫ぶ声を聴きながら、重成は意識を失い、無明の闇に落ちて言った。


重成が目を開けると、窓から落日の赤い光が飛び込んできた。己が天蓋つきの寝台に横たわっていることに気づき、


「ここは・・・・」


と、かすれた声を出した。


「おう、気が付いたな」


聞きなれた野太い声がした。又兵衛のいかつい髭面がすぐ側にあった。


「私は生きているのですか・・・?」


そんなはずはなかった。確かに、顕家の刃が己の心臓を切り裂いたのである。完全に致命傷であり、手当で助かるような一撃ではなかったはずだ。


「貴方は北畠顕家と相打ちになり、死にました。ですが、蘇ったのです」


ブリュンヒルデが言った。甲冑を脱ぎ、金糸と銀糸の刺繍が施された純白のドレスを纏っている。それまでの凛々しい武装姿とは違った意味で神々しい程美しかったが、今の重成には感嘆の念を抱く余裕は無い。


「どういうことだ・・・・?」


「それもまた、貴方達エインフェリアに与えられた力の一つなのです」


そう語るブリュンヒルデの側にはローランとエドワードと姜維の姿もあった。


「このヴァルハラ内においてはエインフェリア同士の戦いに限り、貴方達は例え死しても、日が沈むと共に蘇るのです。ですから、貴方達は互いに手加減することなく練武に励むことが出来ます。そうやって幾度も戦いと死を繰り返すことによって己の神格を高めて行き、魔の軍勢と戦う力を得るのです」


「何と・・・・」


重成も、他の四人のエインフェリア達も最早言葉も無いといった様子である。神々の大いなる力と、そして自分たちもまた神々の一員に加わったのであるという現実に未だ彼らの意識は追いつけていないのだ。


「と言うことは、顕家卿も蘇ったのだな?」


「無論」


短く答えるブリュンヒルデの声を聴きながら、重成は複雑な思いを抱いた。

最も憧憬の念を抱いた史上の英雄に出会うという奇蹟を得ながら、向けられたのは蔑みと嫌悪のみであったのは、深い悲しみである。だが、それ以上に顕家の武勇に衝撃を受けた。

成程北畠顕家はかの足利尊氏が最も恐れた南朝における最大の名将であり、用兵の天才である。兵を率いた戦ならば当然己などは足元にも及ばないだろう。

だが、剣の技ならば、己の方が上だと確信していたのである。

幼いころから剣術の師範より教えを受け、武の天稟がある、と太鼓判を押されたものだった。

控えめな気性故、決して口には出さなかったが、剣の腕ならば豊臣方において並ぶものはないと秘かに自負していたのである。事実そうだっただろう。又兵衛も、ここにはいない真田幸村も馬上での槍合わせならばともかく剣技では到底重成には及ばない。彼らは師について正統な剣術を学んでいないからである。

北畠顕家も同様のはずである。いわゆる剣術三大源流と呼ばれる最も古い流派である陰流、念流、そして神道流のいずれも顕家の死後に誕生している。

従って顕家は正統な剣術を学んでいるはずがないのである。にも拘わらずあの精妙にして華麗な剣捌きはどうだろう。史書には残されていないだけで、あの時代にも剣術の流派はあったのだろうか。


「それにしても凄いんだなあ。サムライの剣術というのは」


重成の心中を知ってか知らずか、エドワードが言った。


「確かにな・・・・。あれ程の素早い技は騎士には無いものだ。我らでは捉えることが出来んやも知れん」


常は倨傲なローランらしからぬ物言いである。それ程重成と顕家の戦いが鮮烈で衝撃的だったのだろう。


「いえ、ですがローラン殿の一撃を受けることは私にも、他の誰にもできないでしょう」


重成が言ったのは慰めでもお世辞でもない。ローランに秘められた恐るべき剛力を見抜いた故の本音である。


「是非、僕にも剣術を教えていただきたい」


エドワードの言葉に微笑しながらうなずきつつ、強くならねば、と重成は思った。

エインフェリアの潜在的な力は無限に等しい、とブリュンヒルデは言った。ならば、己は鍛錬次第でかつて誰も達したことのない究極にして神秘的な「武」の境地にたどり着けるやもしれない。

そこまで達せれば、あるいは己を、武士の存在自体をも蔑む顕家の認識を改めさせることが出来るのではないだろうか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ