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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第七章  再び極寒の世界へ
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第百二十五話   舞

時と共に寒気が激しくなり、空気が凍り付いて結晶となって降り注ぐ。さらに遠くから激しい雷鳴のような音が鳴り響く。雪崩が起きているのだろう。

だがそのようなことはまるで六人の男女の心を動かさなかった。


「これは、明らかに他の霜の巨人とは違っておるな・・・・」


義元が瞑目しながら呟いた。ゲンドゥルの魔術によって、彼女が千里眼の術で見ている光景がエインフェリア達の脳裏にも鮮明に写し出されていたのである。


「霜の巨人の王といったところか。こんな存在がいたのだな」


「いえ、それは少し違うと思いますわ」


信繁の言葉をゲンドゥルは修正しようとした。


「先程言ったように、現在では霜の巨人を統率する存在はいなかったはず。しかしあの巨人が偶然ニーベルングの指輪を拾ってその指にはめたことで、強大かつ特殊な力を得て変化を遂げたのでしょう。そして王と崇められている。そう言う事なのだと思います」


「成程・・・・」


五人の武人が戦乙女の推測に納得し頷いた、その時である。糸の切れた人形のように不動であった霜の巨人達に変化が起きた。

相変わらずその醜い顔貌は呆然としたままなのだが、ゆっくりとその手足を動かし始めたのである。


「何だ、あれは・・・・?ひょっとして、舞いか?舞っているのか、霜の巨人達が・・・・」


確かに、その動きは舞としか言い表せない代物だった。荒れ狂う氷雪の音に合わせるように、霜の巨人達はその場で足踏みをし、手を動かしている。三万に達する数の異形の巨人達が同時に一糸乱れぬ動作で踊っているのである。

それはこの世のものとは思えない程奇妙で滑稽で、それでいて神秘的な光景だった。この氷雪しかない茫漠たる死の荒野でありながら不思議と原初の混沌とした生命力に満ちており、エインフェリアとワルキューレの心を奪った。


「何かが、現れようとしている・・・・」


ゲンドゥルがその青と黒の双眸に熱っぽい光を湛えながら呟いた。


「新しい生命を生み出そうとしている・・・・?いえ、それとも過去に失われた何者かを再び呼び出そうとしているのか・・・・」


その生まれ出ようとしている存在は何なのか。ゲンドゥルはいよいよその神気を双眸に集中して探ろうとした。

だが突如天空より飛来する存在によって彼女の念の集中は乱された。


「あれは・・・・、ナグルファル!」


ゲンドゥルの驚愕と怒りに満ちた声に鞭うたれ、五人の武人は霜の巨人達が舞う雪原からいつの間にか、オーロラで埋め尽くされたニブルヘイムの空に視線を移した。

暗黒の瘴気を放つ人骨で建造された船。腐敗臭と死臭をまき散らしてニブルヘイムの澄んだ大気を、身を裂くような冷気をかき消しながら飛行する醜悪にして無惨極まりない悪夢の如き飛行物体の群れ。

それは孫堅が初めて眼にする存在だが、信繁と勘助、夏侯淵はヴァルハラで、そして義元はヴァナヘイムで目撃したものに相違なかった。


「ナグルファル・・・・。ヴァルハラにやって来た時は霜の巨人共を乗せていたが、そ奴らは今地上で蠢いておる。あれには別の存在が乗っておる訳ですな?」


「うむ。かつてヴァナヘイムで感じた時と同じ気配よ。死者の軍勢に間違いない」


勘助に義元は答えた。


「やはり霜の巨人はロキの支配から逃れたようだな。指輪を差し出す気は無いのだろう。だからロキは死者の軍勢を使って力づくで奪う気らしい」


「はっは、面白く成って来たじゃねえか」


孫堅は愉快げに笑った。


「霜の巨人と死者共が潰し合うのを、俺らはここで高みの見物と行こうじゃねえか。そして隙を見てあの角の生えた偉そうにしてる奴から、指輪を奪うって寸法よ」


「潰し合うか・・・・。果たしてそう上手く行きますかな・・・・」


勘助が首を傾げた。一度直接戦ったから霜の巨人の実力は知っている。彼らは確かに死等微塵も恐れることなくひたすら向かってくる飢えた野獣の如き獰猛さを持っている。が、それだけである。

何と言っても知能が極めて低く、攻撃方法も極めて単純である。確かにこのニブルヘイムの地は彼らの領域であり、その意味では地の利を得て有利なのだろうが、彼らはその有利さを生かすだけの知能すらも無いのではないか。


(お館様の敵ではあるまい・・・・)


何と言っても死者の軍勢を率いるのは我が主君、武田信玄その人なのである。

後に武田家を滅ぼしたという織田信長も信玄の存命中はその精強な軍勢を縦横に操る重厚にして精緻な軍略を心の底から恐れ、決して正面から戦おうとはしなかった。

また木村重成や後藤又兵衛の敵であり、戦国乱世を平らげたという徳川家康も三方ヶ原の合戦にて完膚なきまでに討ち破っている。

衆目の一致するところ、戦国時代最高の戦上手にして智勇を完璧に兼備した名将の中の名将に違いない。

そのような我が主君が、下等な霜の巨人如きに後れを取るはずがない。


(それがしはお館様が圧倒的に勝利することを望んでおるのか・・・・?)


勘助は己自身に問いかけた。


(既にお館様は邪神の下僕と化してしまったというのに、まだ未練を断ちきれぬのか。お館様率いる死者の軍勢が霜の巨人の軍団と共倒れになるのが理想の展開だというのに、策を弄してそうなるように仕向けねばならぬというのに・・・・)


勘助はそっと信玄の弟であり今の己の主君である信繁の顔に視線を向けた。信繁の表情は悲壮そのものだった。


(無理もあるまい。信繁様は兄君を心から敬愛しており、兄君の為に生き、そして盾となって死んだ程の御方なのだ。いくら心を鬼にしても、兄君に刃を向けることは叶うまい。それが信繁様という御方だ。それがしにははっきりと分かる。だからこそ、それがしがやらねばならぬのだ。それがしの全てを尽くして、お館様を討たねばならぬ・・・・)


勘助は己を叱咤し、このニブルヘイムで取るべき策を立てようと頭脳を働かせた。しかしニブルヘイムの空を埋め尽くすナグルファルの姿を見て、やはり心が挫けそうになる己にどうしようもない苛立ちを覚えるのである。


(それがしは、お館様とならば戦えるだろう。むしろそれこそを望んでおるのやも知れぬ。お館様と全てを尽くして智勇を決したいという気持ちが確かにあるのだ。だが、もしあの御方が、若様が死者として蘇り、あの船に乗っているとすれば、どうする。いや、分かっておる。それがしには無理だ。戦えぬ・・・・)


勘助はその浅黒い異相に苦悩の色を浮かべた。







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