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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第六章  ムスペルライダーズ
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第百十九話  義憤

猿飛佐助は腹を抱えながらゲラゲラと下品極まりない笑い声を上げているが、実はその眼は全く笑っておらず、無機質なまでに冷ややかな光を湛えている。

そしてなお哄笑しながらも冷徹な観察者の眼で木村重成の様子を窺っていた。


(なんてな。木村重成よ、お前はこういうのが一番腹が立つんだろう?)


佐助はかつて大坂城内で聞いた木村重成の逸話を思い出していた。

重成は類まれな美貌を持ち、女たちに騒がれていた為、妬み、反感を持つ者が少なくなかった。それに若く未だ戦に出ていない為、いざという時にこのような優男がものの役に立つのかと疑われていた。


「所詮は木村長門は顔が良いだけが取り柄で、他に何の能も無いつまらん男だろう」


だが重成は常に物腰柔らかで、面と向かって侮辱されても決して怒気を発することは無かった。

そしてある日、特に重成を妬み、侮って方々に悪口を言って回っていた茶坊主の男が遂には直接重成を罵倒した。


「お前は秀頼様に尻を差し出して気に入られたのだろう?いざ徳川と戦が始まれば、とっとと尻尾を巻いて逃げ出すんじゃないのか」


まさに限度を超えた暴言であった。果たして重成の切れ長の眼は細められ、明らかにその秀麗な顔貌が殺意の暗い翳を帯びた。

茶坊主は己が調子に乗りすぎて遂に虎の尾を踏んだことを悟り、無礼打ちされることを覚悟しただろう。

だが重成の表情から殺気と憤激はわずか数瞬で消え去っていた。そして静かに言った。


「ここまで侮辱されたのだから、本来ならばお前を斬り捨てるべきなのだろうな。だがそうすれば私も腹を切らねばならない。死は恐れるところではないが、私の命は私のものではない。秀頼様の為に使う命だ。今お前如きの為に死ぬわけにはいかないんだよ」


そう言って重成は微笑し、去って行った。以後、その茶坊主は重成を敬うようになり、大坂城内の者で重成を侮る者はいなくなったということである。


(全く見上げた心意気だな。己自身はいかに侮辱され、罵倒されてもぐっと怒りをこらえるか)


佐助は押し黙ったまま、静かに震える重成を猛毒のような悪意を込めながら見た。


(だがそういうお前は、他人の為にこそ本気で怒る。善人が無残に踏みにじられることには何としても耐えられないのだろう?お前はそう言う男だ。そしてそれこそがお前の最大の弱点だ。違うか、木村重成)


果たして、重成はかつて感じたことの無い憤激に身を任せ、怒号した。


「猿飛ー!!」


そして完全に怒りに我を忘れたまま道芝露を大上段に構えて佐助の元に殺到した。


「ははっ!」


佐助は子供の様な歓喜の声を上げ、右手に手甲鉤、左手に苦無を握って迎え撃つ。

重成の憤怒のまま繰り出される斬撃が無数の閃光を描いて飛来するが、佐助は二つの武器を巧みに操って完璧にこれを防いだ。


(やはり怒りで筋肉が強張り、脱力が効いておらぬわ)


鬼神をも八つ裂きにするのではないかと思わせる重成の猛烈な斬撃を佐助は余裕の表情を浮かべながら捌いていた。


「それではこの佐助を斬ることは出来ぬ!」


佐助は叫び、完全なる脱力を用い忍びとしての体術の奥義を駆使し、舞った。その動きはまさに神速にして豪快、天界で傍若無人に大暴れした斉天大聖孫悟空をも凌駕するのではないかと思われた。

重成の五体はたちまちのうち手甲鉤と苦無で切り刻まれた。

全身が苦痛と流血で満たされ、敗北と死を予感した重成は一瞬で怒りから冷め、脱力を効かして納刀し、居合術の構えを取った。

そして佐助の首を刎ねるべく間合いを詰める。だが佐助の腹部が瞬時にして蛙のように膨れ上がった。


「かあっ!!」


佐助の裂ぱくの気合と共にその口から無形の砲弾が発射され、まともに喰らった重成は全身の骨が砕け肉が斬れ裂かれるような激痛を受けながら吹き飛び、スキーズブラズニルの廊下を無様に転げ回った。


「・・・・こ、これは清海入道の・・・・」


「清海の奴に「獅子吼の術」を授けたのは、この佐助よ。単純な威力では奴の方が上回っておるだろうが、術の発動の速さと言う点では断然、俺の方が上だな」


余裕の薄ら笑いを浮かべた佐助は苦無と手甲鉤を懐にしまい込みながら言った。


「では、木村重成よ。我が同士共にも見せたことの無いとっておきの秘術を今からお前に見せてやろう」


そして自由になった両手を駆使し、九つの印を組みながら素早く呪文を唱えた。


「臨兵闘者皆陣裂在前!」


これまで佐助は省略した形の早九字を切っていたが、今初めてより呪力を倍増させる為に正式な作法で印を組んだ。

九つの印にはそれぞれ毘沙門天、十一面観音、如意輪観音、不動明王、愛染明王、聖観音、阿弥陀如来、弥勒菩薩、文殊菩薩が配当している。

本来は生きとし生きる者を救うためにあるはずの諸仏の力を猿飛佐助は己の欲望を遂げる為の力として取り込んだのである。

佐助の暗黒の瘴気が無数の細い糸となって周囲に飛んだ。






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