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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第六章  ムスペルライダーズ
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第百七話  虐殺

「ほら、皆の者、急ぐぞ」


佐助が才蔵と追いついた他の十勇士たちを急き立てる。佐助の童顔は下卑た薄笑いを浮かべているが、同時に峻厳にして濃厚な殺意がはっきりと表れていた。

もし己の言に背き、虐殺の場に赴くことを拒否すれば、即座にその首を刎ねることを無言で告げている。

そして佐助の意志に呼ばれたかのように、亡者の女王ヘルが確実に監視していることを十勇士達は感じていた。

こうなっては、佐助に従うくらいならば再び土に帰った方がましだと考えている根津甚八と言えど、従うしかなかった。

無念と憤怒を抱きながら、甚八は佐助の顔を睨み付けた。


(奴め・・・・。女王ヘルの干渉を受けておらぬのか・・・・?)


甚八はふと気づいた。他の十勇士、そして己自身にも、亡者の女王ヘルのオーラが常に付きまとっているのだが、何故か佐助にはその影が見当たらない。

ヘルの力によって蘇った死者は漏れなく女王に束縛され、干渉されるのだと思っていたのが、例外があるのだろうか。

確かに佐助は生前から邪悪であり、その所業、生き様は人間離れしており妖怪変化の類ではないかと思わせるものがあった。

故にヘルはこの者を監視することも、闇の軍勢の一員として精神を変容させることも必要ないと判断したのだろうか。

あるいは、佐助の何者からの束縛を嫌う強靭な独立不羈の魂がヘルの干渉を跳ね除けているのだろうか。


(ならば俺も、さらに意志を強くすれば、忌々しいヘルの干渉を逃れることが出来るのか?)


そこまで考えて、慌てて甚八は思考を停止させた。このような考えをもしヘルに読まれたら、ヘルは束縛を強め、意志を奪われて完全なる傀儡に変えられるだろう。

今現在はヘルと、そしてこの世で最も憎むべき佐助に従うしかない。


(だがいずれは・・・・)


もたげ始めた自由を求める感情を甚八は意志を振るってねじ伏せた。そしてこれから見なければならない凄惨な光景にも、予想される佐助の挑発にも心を動かさないようにしなければと思った。


そんな甚八の決心を揺るがすような断末魔の声が十勇士の耳朶を打ち、肉が焼ける異臭が鼻を突いた。

ムスペルが炎の剣を振り下ろして巨人の若い娘の頭蓋を叩き割り、逃げる老人の背に炎の矢を飛ばす。

そして泣き叫ぶ幼子や赤子の髪を掴み、火中に投じる。

ムスペルの醜悪な顔には無論、罪の意識に苦しむ様子やためらう気配は微塵も無い。いや、それどころか戦場の狂気に支配されている様子すらなかった。

己の果たすべき使命を全うしているという誇りと、種族としての持って生まれた本能を充足している純粋な喜びに満ちているようであった。

山の巨人族の女性として鍛錬を欠かしていない者、そして老いたとはいえ左程衰えていない老人が戦斧や戦槌を振り上げ必死の抗戦をしている。

その膂力は例えば霜の巨人であれば一掃できただろうし、あるいはムスペルの下位種であれば互角に近い戦いを繰り広げられたのかも知れない。

だがここにいるムスペルは全て上位種である。強壮な炎の一角獣を見事に操り、その剣技、膂力は傑出しており、更には炎を自在に操ることが出来るのである。

ムスペルの騎兵は炎の剣と矢で一方的な殺戮を繰り広げ、山の巨人族の女戦士、老戦士が生きながら炎の塊と化した。

壮麗な造りにして繊細で見事な技術が施された山の巨人族の集落が業火の中で灰燼へと帰し、炎の巨人の騎兵が荒れ狂う姿はまさに地獄の光景そのものであった。


「・・・・」


この世のものとは思われないまさに神話的なまでの凄惨な光景を前にして、十勇士の表情はそれぞれであった。

持って生まれた残忍な本性をむき出しにし、喜悦の表情を浮かべる猿飛佐助と望月六郎。

かつては仏の道を歩んだ者として弱者への慈悲と悪鬼への憤怒を抑えることが出来ない清海、伊三の三好兄弟。

どのような思いを抱いているのか、全くうかがい知れない仮面のように無表情を保つ霧隠才蔵と筧十蔵。

健気にも必死の抗戦を行う山の巨人族の女と老人に敬意を抱き、そして彼らを無慈悲に蹂躙する炎の巨人の騎兵に闘争心を燃え上がらせるのは由利鎌乃介と穴山小介。

この状況を前にして己の使命を全うする為にはどのように動くのが最善であるかあくまで冷静に合理的に思案しようと努める海野六郎。

そして今この時は己を抑えようと誓ったにも関わらず、やはり義侠の精神を捨てられず煩悶する根津甚八。


(ええい、駄目だ。やはりこの光景を見て見ぬふりなど出来ぬ。もうどうなろうと知った事か。ムスペル共に目にもの見せてくれる)


甚八が懐から二丁のサイを取り出し、握る。甚八の闘志に気づいた佐助が薄ら笑いを消し去り、殺意が込められた氷のような目で彼を睨んだ。

その時、南の方角から凄まじい衝撃が伝わって来た。大地を震わす憤怒と慟哭。超重量の鋼に身を包んだ巨人の戦士達が鉄血をたぎらせ、熱い涙を流しながら怒涛の勢いで今まさにここにやって来るのを十勇士とムスペルは察知した。


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