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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第六章  ムスペルライダーズ
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第百五話  甚八と佐助

「おおー!すげえ、炎の巨人の騎兵隊かよ。壮観だなあ、まさに世を焼き尽くす地獄の悪鬼の軍隊じゃねえか。こんな奴ら相手に勝てるのかよ」


佐助と才蔵に追いついた由利鎌乃介が感嘆の声を上げた。だがその声の響きに恐怖の念はない。

この宇宙に比肩する存在などないであろう、純粋なる破壊の権化とも言うべき存在に狂わんばかりの喜びと興奮を覚えているようである。


「炎を噴き出す一角獣・・・・。馬というよりも伝説の麒麟を思わせる姿だな。あの毛皮は色々使い道がありそうだわい」


望月六郎の視線はムスペルよりも彼らが乗る一角獣に注がれているようである。


「流石は猟師の生まれだの。あの獣を獲ったら肉を喰わせてくれい」


清海が応じた。僧形でありながら無類の大食漢である彼は冗談で言っているのではなく、本気なのだろう。


「おい、貴様ら。さっきも言ったが、奴らとは・・・・」


海野六郎が闘争心と好奇心を抑えることが出来ずに今にも飛び出しそうな彼らを抑えようと声を上げたが、途中で遮られた。


「おお、奴らめ動き出すようだぞ。山の巨人族がこちらに向かって来るのを察知したか?」


根津甚八が期待と興奮を露わにしたが、ムスペルの騎兵が一斉にその醜悪な顔を向けた先は、イズガ達がいる方向とは真逆である。


「奴ら、どこに向かう気だ・・・・?」


「そうか、山の巨人の集落に進軍するつもりでは?」


才蔵が言った。


「年頃の男たちが留守の、女子供と老人しかいない集落へ・・・・。そのことをはっきりと認識しているのかどうかは分かりませんが」


「いや、そこまで正確に察知はしておらんだろうな」


佐助が重瞳を不気味に輝かせながらムスペルを凝視して言った。


「奴らは移動している巨人よりも、拠点に固まって動かない巨人を先に殲滅すべきと単純に考えているのだろう。そこには戦に適しない足弱しかいないとまでは気づいておらんはずだ」


炎を噴き出す一角獣が一斉に嘶き、ムスペル達がそれに応えて咆哮を上げる。地獄の業火の化身とも言うべき騎兵隊は巻き起こす熱風で紅葉を焼き散らし、その灼熱を帯びた蹄で大地を穿ちながら疾走を始めた。

その顔貌には殺意と破壊の衝動で満ち溢れており、弱者への情けや哀れみなどと言う感情は一欠けらも存在しないのは明らかであった。

例え女子供が相手だとしても、彼らは寸毫も手心を加えることなく、その焔の刃を全力で振り下ろすだろう。


「むう・・・・」


根津甚八が表情を曇らせる。闇の亡者となっても未だに義侠心、弱者への憐憫の情を濃厚に持つ彼は非戦闘員への虐殺など到底許すことは出来ないのだろう。


「こりゃ見ものだな。山の巨人の足弱共は破壊の化身にどのような健気な抵抗をするか。そしてムスペル共は彼らをいかに虐殺するか。是非近くで見届なければ」


佐助が根津甚八を嘲るように喜色満面で言った。


「貴様と言う奴は・・・・」


甚八が憤怒の形相を浮かべ、拳を握る。今すぐにでもその下劣な表情を浮かべる憎たらしい童顔を叩き潰したいと言わんばかりであった。


「甚八・・・・」


才蔵がそっとその拳を抑える。


「おお、怖い怖い。相変わらず甚八殿は義侠心に富んでおられるな。女子供が殺されて行く様は見たくないというのなら、そこでじっとしているがいい。代わりに俺が見届けて、後で詳細に貴殿に報告して進ぜよう。ではな」


佐助は小気味よさげに言い捨てて、音も無く姿を消した。甚八を除く他の者も続く。

例え魔道に堕ちたとは言え、かつては僧であった清海、伊三の清海兄弟、儒教の学問に造詣が深い海野六郎、それに機械の様に冷徹に見えて実は心の奥には弱者への優しさを確かに持っていたはずの筧十蔵などは虐殺を見過ごすことに反対してくれるのではないかと甚八は期待していたのだが、見事に裏切られた。

やはり彼らは亡者の女王ヘルの兵となって、完全に人の心を失ってしまったのだろうか。


(それもあるかも知れんが・・・・。佐助の奴に逆らいたくないのだろうな)


猿飛佐助は生前から何も変わっていない。特にあのようなおどけた態度をとっている時が実は最も獰猛で殺気だっており、危険であった。

かつて一度甚八はおどけていた佐助に怒りを爆発させ、本気で殴りかかったことがある。だが佐助はおどけた笑みを絶やさぬまま、甚八が血反吐を吐き、絶命する寸前まで痛みつけた。

幸村が割って入らなかったら、甚八の命は無かっただろう。その時他の十勇士の面々は思い知らされたのである。

激高した佐助の本当の実力を。同士ですら容赦しない獰猛で残忍な気性を。そして女性を蹂躙し、殺戮に心躍らせる佐助を止めることなど不可能であることを。


「俺の楽しみを邪魔する者は、誰だろうと許さん・・・・」


そう呟いた時の佐助の顔。甚八は今思い出しても全身に震えが走る。あの時の佐助は紛うことなく人間だったはずである。

だがあのにやけたままの顔貌に浮かんだ出た妖気、鬼気はとても人間のものとは思えなかった。

人間の皮を被った魔界の妖魔が遂にその本性を現したのではないかという迷信的な恐怖を覚えた。

甚八はそれまで実力的には互角だと思っていた佐助に死の寸前まで痛みつけられた屈辱と恐怖をを晴らす為、血を吐くような鍛錬を積んだ。

今では実力差が埋まったはずと思っていたが、やはりその考えは甘いようである。


「・・・・」


暗澹たる思いに打ちのめされた甚八の脳裏に、木村重成の姿が鮮明に蘇った。彼と堂々と戦い、敗れたが不思議なことに少しも屈辱や無念を感じなかった。

それどころかあの若武者の眩しいまでの光を帯びた清らかな魂の波動を感じ取り、この闇の亡者と化したはずの己が心地良さと羨望を感じ取ったのである。


「木村殿、貴殿とはもう一度、必ず・・・・!」


亡者とエインフェリア、光と闇の相反する存在、そんなことはどうでもよい。男として、もののふとして全てをさらけ出し、ぶつけ合いたい。

死者の軍勢の兵として暗黒神に絶対の忠誠を捧げることも、かつてのように十勇士の同志たちと志を一つにすることも出来そうにない甚八にとって残された唯一の望みはただそれだけであった。




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