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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第六章  ムスペルライダーズ
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第百三話  不安

「イズガ、お前・・・・」


明らかに様子が変わった孫、息子を見て長とグラールが喜びと困惑が入れ混じった表情を浮かべた。


「あの空から降って来た火の玉は何だと聞いているのだ!答えろ、小さき者よ!」


口調は激しく、怒気を含んでいたが、その大きな茶色い瞳のからは明らかに殺気と狂気の暗い光が消え失せている。そのことを確認した重成は口を開いた。


「奴らは炎の巨人族、ムスペル。形あるもの全てを焼き尽くすという宿業を負って生まれた凶悪無比な一族だ。貴殿が持つ指輪を奪い、この美しいヨトゥンヘイムを焦土に変える為にやって来たのだろう」


「何たることだ・・・・」


イズガが歯噛みをし、遠く離れた場所に生じた炎の海を見つめる。彼に率いられた若き巨人達も同様であった。

その顔貌に浮かぶのは愛する郷土、山々と緑に恵まれた美しきヨトゥンヘイムの大地が禍々しい深紅の炎によって失われていく悲しみ、そしてその焔を持ち込んだ忌まわしき侵略者に対する深甚な怒りであった。


(郷土への深い純粋な愛と、ムスペルへの怒りが、一時的とは言え、指輪の呪縛を跳ね除けたと言う事か・・・・?)


重成はイズガの左親指にはめられている指輪を凝視した。橙色がかった深い黄色の光でいわゆる黄玉、トパーズと呼ばれる宝石だろうか。見る者の心をかき乱す禍々しい漆黒のオーラを発しているが、その呪いを跳ね返されたことに激しいいら立ちを覚えているように重成には見えた。

そして再び巨人の若者を呪縛しようと光を強めるが、山の巨人族本来の特性である郷土に対する深い愛と執着、そして他種族に対する強烈な警戒心、排他性に完全に目覚めた若者の強靭な意志には最早通じなかった。


「爺様、父様、それに皆!一時休戦だ」


イズガは己についた若者達、そして先程まで敵対していた壮年の巨人達を見ながら宣言するように言った。


「あの炎を持ち込み、このヨトゥンヘイムの大地を汚した者共を叩き出し、火を消し止めるぞ。全てはその後だ」


「おおー!!」


イズガに付き従っていた若者達、そして彼らを止めるべく長とグラールに指示に従っていた壮年の巨人達が心を一つにし、猛々しい咆哮を上げる。

だがその顔貌にも野太い声にも呪いと狂気に突き動かされている陰湿な暗い翳は無い。

まさに大地の怒りと称すべき純粋にして何者にも犯すことが出来ない高貴な光が灯っていた。

彼はその武具を掲げ、勇ましく鳴らしながら大地を荒々しく踏み、怒涛の勢いで炎の海が生じた場へ走った。

炎を纏うという異形の侵略者達にヨトゥンヘイムの大地を汚した罰を与える為に。そして己こそが最強の巨人族であることを証明する為に。


「・・・・」


突然の事態の急変に面食らっていたエインフェリアとワルキューレであったが、気を取り直した。


「何やら妙なことになったな。全く・・・・」


又兵衛は苦笑しながら槍に付いた巨人の血を拭った。


「まさかムスペルとも戦うことになるとはな。想定外だな。山の巨人と戦うよりはましなのだろうか」


未だ直接ムスペルと遭遇していないヘンリク二世が首を傾げながら呟いた。


「そうとも言えないでしょうね。単純な膂力という点ではムスペルは山の巨人に比べると劣るかも知れませんが、奴らは炎を操る力がありますから」


ヘンリク二世に答えながら重成は長とグラールに視線を向けた。彼ら親子は重成、顕家、又兵衛に傷付けられた巨人の手当をしている。

全力を込めて急所に太刀を振るったにも関わらず、仕留められなかったことに無念と悔しさを感じていたが、結果的には幸いだったのかも知れない。


「息子は正気に戻ったと考えていいのだろうか」


巨人の若者の傷口に応急手当を施しながらグラールが問うた。


「あくまで一時的にではあるまいか」


姜維が答えた。


「ムスペルへの怒りが指輪の呪いを跳ね除けているようだが、彼らを追い払えば、恐らく再び支配されると考えていいだろう」


「ええ、恐らく・・・・」


重成は姜維の推測に同意した。あの指輪が放つ禍々しいオーラを直接見たからには、甘い期待は捨てねばならない。

全ての者を破滅させるという確固たる悪意、呪いが息づいているのをはっきりと重成は感じた。

あのイズガという若者が完全に指輪の呪縛から解放され、自らの意志でその指から外す時は決してやって来ないだろうと思わざるを得ない。


「今の内に指輪を外せと説得しても、やはり孫は聞き入れまい。それはわしにも分かる」


長が諦念の表情で言った。


「やはり、どうあっても孫は救われぬのだな・・・・」


「・・・・」


「早く、我らも炎の巨人族とやらの元に行きましょう」


重成に喉を斬られた巨人の若者が勇ましく吠えるように言った。残りの二名も同意する。


「そうだな。まずは我らの大地を傷つけた者共を殲滅してからだな。全てはその後だ」


グラールが顔面を朱に染め上げながら静かに、だが猛々しく言った。一際温厚で思慮深いと思われていたが、やはり山の巨人の一族である。

ヨトゥンヘイムへの侵略者、破壊者への排外本能、攻撃衝動はマグマのようにふつふつと煮えたぎり、抑えることが出来ないのだろう。


「こうなったら、ヴァルハラから援軍を呼んだ方がいいんじゃないか」


フロックが提案したが、


「それは許さぬ」


長が断固とした口調で言った。


「これ以上、よそ者が我らが神聖な地に足を踏み入れることは断じて許さぬ」


「・・・・」


「安心せよ。例え一時だけだとしても、全ての山の巨人が心を合わせ、侵略者達に立ち向かうのだ。何者が相手であろうと決して敗れることは無い。わしらだけで充分じゃ」


長が凛とした表情で言った。強がりなどではなく、心の底からそう信じ、確信しているのだろう。

確かに山の巨人の膂力、破壊力は明らかにムスペルを上回っている。

ヴァナヘイムを滅ぼした時と違い、ムスペルは万を超える軍勢ではなく、数百程度しか来ていないようだから、山の巨人族だけで充分殲滅は可能なはずである。


(だが、何故だろう・・・・)


山の巨人族の比類ない強剛を実際目の当たりにしておきながら、彼らが勝利する姿がどうしても想像できなかった。不安が胸中に暗雲のように立ち込める。

その時突如重成の脳裏に、このヨトゥンヘイムの雄大な大地、山々が業火に飲みつくされ焦土と化し、剛力無双の山の巨人族達が生きながら炎に焼かれて激痛にのたうつ姿が鮮明に描きだされた。

これは不安が生んだ幻想などではない。数刻の後に出現する未来の光景である。

そう確信した重成は長とグラールを止めようとしたが、山の巨人達は最早小さき種族など歯牙にもかけず、獲物を視界にとらえた巨獣の如き勢いで力強く走り出していた。





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