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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第一章  戦死者の宮殿
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第九話    ラグナロクの記憶

雪と霧がかわるがわる渦を巻き、咆哮する大気の激流が吹き荒れていた。重成達がかつて経験したことのない、魂までもが凍り付くような凄まじい寒気だった。

暗黒の天には月の姿は無く、星々は光を失って次々と落ちていった。まるで宇宙そのものの熱が失われ、命が消えゆこうとしているかのようだった。


突如、大気を切り裂くような雄々しい角笛の音が響き渡った。光の神ヘイムダルが魔の軍勢の襲来を告げる為、ギャラルホルンを吹き鳴らしたのである。

やがて虹の橋ビフレストを渡って、異形の軍団が姿を現した。豪胆な重成達五人のエインフェリアでさえ、思わず恐怖の声を上げそうになる程、その軍団は巨大であり、禍々しかった。

先頭にいるのは、天狼フェンリルである。その瞳は邪悪な知恵の光を放ち、鼻から炎を吹き出している。

口を開けば上あごは天に達する程であり、既に太陽と月を飲み込んでいたこの狼は、次はアース神族を飲み込もうという飽くことのない貪婪さをその獣面に浮かべていた。

続くのは、巨蛇ヨルムンガンド。今まで海中にいたのか、全身が水浸しである。かつて雷神トールの必殺の槌ミョルニルの一撃を受けても死ななかったこの蛇の鱗はあらゆる金属よりも固いと同時にしなやかであり、神々をも死に追いやる毒の臭気を放っていた。

このアース神族に災いをもたらすために生まれた怪物両巨頭に続いて、彼らの父であるロキが魔犬ガルムの群れを率いて悠然と姿を現した。

と同時に、暗黒の天から空飛ぶ船が次々と飛来してきた。驚くべきことにその船は人骨によって出来ており、おぞましい瘴気を纏っていた。霜の巨人と死者の軍勢を乗せた船ナグルファルである。その船の数はゆうに二百を数えるだろう。


ロキ達に続いて、炎の巨人ムスペルの軍勢が姿を現した。魔軍の主力である彼らはいずれも炎を纏った剣を持ち、その肌は焼ける石のようであり、髪は燃え盛る炎そのものである。その体長は三メートルはあるだろう。

その中心にムスペルの王スルトがいた。その巨大さは桁違いであり、フェンリルやヨルムンガンドに匹敵する程である。全身が炎に包まれ、紅玉のような瞳は全くの無機質で、知性や意思のようなものは一切感じられない。ただ原始的な破壊と殺戮の衝動のみがあるかのようであった。その手に持つ剣は太陽そのもののように光り輝いており、重成達を戦慄させる強大な力が感じられた。


彼らを迎え撃つため、ヴィーグリーズの野にアース神族とエインフェリアの軍勢が集結しつつあった。

数多くの旌旗が翻り、甲冑と剣槍の輝きが野を覆う。

先頭に立つのはアース神族最強の戦士である雷神トールである。その手には今まで数多の巨人を屠った柄の短い槌ミョルニルを持ち、戦いが楽しみで仕方ないと言わんばかりに満面の笑みを浮かべていた。

その後ろに控えるのは、ギャラルホルンを吹いた光の神ヘイムダル。そして隻腕のテュールである。

軍の中央に八本足の馬スレイプニルにまたがるアース神族の王オーディンがいた。つばの広い帽子をかぶり、長い髭をたくわえた老賢者と言った風貌で、息子のトールとは違って戦いが厭わしいという思いをその独眼に浮かべていた。

その隣には豊穣を司るフレイがいる。神々の中で最も美しいとされるその顔貌は、やはり戦いを好まぬらしく、憂いに沈んでいた。


やがて両軍は激突した。強大な光の波動と闇の瘴気のせめぎあいは、宇宙全体をも震撼させるかと思われた。

雷神トールは巨蛇ヨルムンガンドに挑みかかった。かつてトールはミョルニルの一撃をヨルムンガンドに喰らわせながら、逃してしまっている。その雪辱を晴らさんと、体を巨大化させた。

オーディンもまた、戦いは好まぬものの、王としての責務から、最凶の敵たるフェンリルを討つべく巨大化し、神槍グングニルを振るった。

ヘイムダルはロキに、フレイはスルトに斬りかかり、それぞれ一対一の戦いが始まった。

テュールは魔犬ガルムの群れを一人で始末するべく隻腕で剣を振るう。


エインフェリア達もまた、巨人と死者の軍勢相手に戦っていた。ヴィーグリーズの野は炎の巨人が発する炎熱と霜の巨人が起こす吹雪が代わるがわる吹き荒れ、また死者達が放つすさまじい悪臭と瘴気に満たされたが、エインフェリア達は怯まなかった。

彼らは元は人間であるはずだが、いかなる鍛錬を積んだのだろう。その神聖な気を帯びた武勇は決して神々にも劣らなかった。

その生前に身に着けた出身の国独特の武技を振るって巨人と死者の軍勢を相手に対等に渡りあっていた。


重成達は息をのみ、まばたきも惜しみながら神々と魔の戦いを見守っていた。

かつて彼らが戦い、命を失った最後の戦とも比較するのも愚かしい程、眼前に繰り広げられる戦は強大であり、言語を絶する程の凄まじさであった。


どれ程の時間が経過したのだろうか。両軍とも一歩も退こうとはせず、やがて共倒れの気配が濃厚となっていた。

エインフェリア達は巨人の圧倒的な膂力から繰り出される斬撃を受けて吹き飛び、手足を失っても動く死者達に纏いつかれ、肉体を喰われ、引きちぎられたが、潰走をこらえ必死に抵抗し、剣槍を振るう。

やがてヴィーグリーズの野は死者の軍勢の切り離された肉片と巨人とエインフェリアの屍に満たされ、地面が見えぬ有様となっていた。

アース神族もまた斃れようとしていた。豊穣神フレイは、ムスペルの王スルトの炎の剣の斬撃を受けて一刀両断にされてしまった。比類ないその美貌は見るも無残に引き裂かれ、炎熱で焼きただれてついには炎に包まれ灰となってしまった。

ヘイムダルはロキと相打ちとなり、隻腕のテュールはガルムの群れに生きながら貪り食われる凄惨な最期を遂げた。

トールは雷を纏うミョルニルを幾度もヨルムンガンドに叩きつけた。無双の剛力で振るわれる重い打撃と同時に強力な電撃を浴び、さしもの無限ともいえる生命力を持つこの巨蛇もついに動かなくなった。

トールは勝利を確信し、宇宙に鳴り響けとばかりに雄たけびを上げようとした。無敵の戦神に油断が生じたのである。

ヨルムンガンドは最後に残された生命力を猛毒に変え、トールに浴びせかけた。

トールは力を振り絞って毒に抵抗しようとしたが果たせず、九歩退いて倒れた。

天狼フェンリルはグングニルの刺突を幾度も喰らってその銀色の体毛を紅に染め上げていたが、ついにはオーディンを飲み込み、その巨大な胃袋に収めてしまった。

そこにオーディンの子、ヴィーザルが現れた。父譲りの叡智と神気、それに女巨人の母譲りの膂力を兼ね備えるこの神は剣を構え、身を流星と化して父の仇に突進した。

オーディンを飲み込み恍惚としていたこの狼は身をかわすことを怠り、ヴィーザルの剣で心臓を貫かれた。


ヴィーザルはわずかに残されたアース神族とエインフェリアの陣容を整え、唯一残った大敵であるムスペルの王スルトを討とうとした。

だがスルトの意思は軍勢を率いて戦をすることにあるのではなく、全ての被造物を焼き尽くすことにあった。

その意思を全うするべく彼は手にもつ炎の剣、レーヴァテインの全ての力を解放した。刀身が砕け散り、炎が溢れ出る。それはヴィーグリーズの野に太陽が出現したかのような凄まじい熱量であった。

アース神族とエインフェリア達、それに魔軍までもが炎で焼かれ一瞬で塵と化した。

炎はさらに膨れ上がり、ヴィーグリーズの野はおろかアースガルド全体を余さず焼き尽くし、周囲の星々まで及んだ。

まさにこの世の終わりそのものの光景であった。紛れもなく、かつてこのアースガルドは一度滅んだのである。


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