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灰色の街  作者: 阿部千代
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唇は夢色に染まり、少しだけ映る霧の幻

「なぜ、裏切るのでしょうか」

 ヤビトの煙にやられて充血した目をじっと見つめます。血管がいくつもいくつも枝別れしています。細い、細い、血管です。ぼくにもあんなに血管があるのでしょうか? この世界に血管はいくつあるのでしょうか? なぜ、裏切りがあるのでしょうか?

 この部屋はなんだかいつも寒いのです。ぼくの部屋はもう少し暖かくしています。体温の差なのでしょうか。ぼくとヤビトは感じていることが違うのでしょうか。ぼくとヤビトは違うものなのでしょうか。

「なぜって。それはそっちの方がいいと思うからでしょう。自分がよくなるのか、自分以外がよくなるのか、それぞれなのでしょうが」

「自分がよくなるのは、裏切りなのでしょうか。自分の気持ちに正直になっただけなのかもしれません」

「しかし。裏切られた方からすれば裏切りです。ただ、」ただ、そう言って、ヤビトはむっつりとしながら、こめかみをこねはじめます。「お喋りだけをするのは性に合いません。楽しみながらおしゃべりしましょう」ヤビトとぼくの間にゲーム板が置かれます。ヤビトは駒を進めます。それならぼくはこうです。ヤビトが駒をいじっています。「ただ、裏切った方からしたら、それまでが裏切りだったのかもしれません。つまり、裏切り続けていたのを止めただけなのかもしれません」

「だったら、ぼくたちは裏切らなければ生きていけないではないですか!」

 ぼくはヤビトの言っていることが、とても救いのないものだと思うのです。どこをどう逃げたって、どんなに手を尽くしたって、裏切りからは手を切れないものだと思ったのです。ぼくはヤビトの言っていることを否定したいけれど、ヤビトは頭のいいやつですから、ぼくは声を大きくすることしかできません。ぼくは怒ってしまいました。すぐに後悔したのですが、もう怒りは伝わってしまいました。もう、取り消すことなんてできません。なぜ、ぼくは怒るのです? 誰のために? ぼくのために? それは違うのですが……違うと思うのですが……ぼくは、もしかして、裏切りましたか……?

「どうしたのです? 声を荒げて。レオらしくありません。ちゃんと話しましょう。落ち着きましょうよ」

 ヤビトの兵士がぼくの兵士を倒します。なし崩し的に隣の兵士まで倒されてしまいました。

「ごめんなさい、ヤビト。ぼくは怖くなったのです。ぼくも知らず知らずのうちに裏切っていたのかもしれないと思うと……ぼくが怖くなったのです」

「今はまだ、可能性の話です。どうすることもできません。ただ、気を付けましょうね、と言う話です。レオ、髪を切りましたね」

「ええ、いつもの店で切ってもらいました」

「ずいぶんとさっぱりしました。素敵ですよ」

「そう言ってもらえると、気分がよくなります。切ってよかったと思えます。行く前は面倒でたまらなかったのですが、こうなって見ると、もう前には戻りたくない気持ちです。……これも、裏切りでしょうか。髪を切る前のぼくへの裏切りでしょうか……?」

 ぼくは情けない顔をしていたのだと思います。ヤビトはため息を、ふう、とひとつついて、頬杖をついて下を見つめ始めてしまいました。ヤビトを困らせてしまったのです。ぼくは弱虫すぎましたか。壁掛け時計がかっちこっちと、終わらずに、かっちこっちと、まるでずいぶん大きな音です! 永遠に続いているのでしょうか。この時間は終わらないのでしょうか。ヤビトはもう笑わないのかもしれません。頬杖をついてヤビトは下を見ています。何かを必死に考えています。きっと、ぼくのために……。

「申し訳ない、レオ。君には刺激が強すぎる話だったようです。裏切りのことは忘れなさい。安心しなさい。君は誰も裏切っていません。君自身を裏切ったりもしません。もう、ゲームは止めて、寝ましょう。どれ、別れのハモニカを吹きましょうか」

 ヤビトのハモニカは銀色で、宇宙的な柄が彫ってある特別製です。夜を歩いている時以外は滅多に吹かないのに、今日はどうしたのでしょうか。

 ハモニカの伴奏に合わせて、ぼくは歌詞を作りそれを歌います。


 丸いガラス

 目に入れてるけど

 痛くないの

 ぼくはできない

 泣いちゃうから

 ぼくは泣かない

 ライオンだから


 ぼくとヤビトはぺこりとお互いに礼をします。

「おやすみなさい、ヤビト」

「ああ、おやすみなさい、レオ。気を付けて帰ってください」

 鍵が閉まる音はなんだか刺さります。突然、無関係になってしまったようで、もう二度と入ってはいけないようで、ちくっとします。外はびっくりするくらい冷たくなっていました。星は出ていますか。見えます。ぽつ、ぽつ、ぽつと。もうオリオン座やおうし座は見えません。やや! おおぐま座! 星座を最初に言いはじめたのは誰でしょう? げらげら笑いながら作っていたのでしょうか。いやに真面目な顔して低い声で作っていたのでしょうか。恋人同士でささやき合いながら作っていたのでしょうか。大勢でまとまるものもまとまらないと言った感じで作っていたのでしょうか。いずれにしたって、ちょっぴり馬鹿らしいですね。かわいらしいですね。ぼくはすこし笑います。君もきっと笑いますね?

 まだ煙でじんじんしています。夕ご飯は食べたけど、スパゲティでも作って食べましょうか。昔の友だちがなにか失敗すると「オーマイ、スパゲティ!」と頭を抱えて呟いていたのですが、神よりもスパゲティを信じているなんてすごく面白い人だなと思っていたのですが、ある日、スーパーマーケットでわかりました。ぼくの最初に思ったすごく面白いとは全然違った意味でしたが、ぼくは今でも時々、最初の意味で言ったりします。「オーマイ、スパゲティ!」すごく面白い言葉だと思うのです。ぼくは他にもそんな言葉がたくさんあるのです。最初聞いた時はすごく面白いと思ったのですが、意味を聞くとうーんつまらないと思うことが多いのです。ぼくは、人より言葉を大事にしていると思うのです。とても大事にしています。つまらない言葉がつまらない気持ちで作られると、とても悲しくなります。面白い言葉はなんでもないところから生まれてきます。作られた言葉は多くの場合、嫌な感じですね? 

 ここ、この道路の、ここが好きなのです! このカーヴ、とてもアメリカっぽい! まるでここではないみたいです! ぼくはここではないところにゆきたいのです! 一緒に来ますか? 来ないですか? 

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