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灰色の街  作者: 阿部千代
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金色の髪、ぼくはライオン

 散髪をすると、少し人目が気になります。ついさっきまでは長毛種の野良猫みたいだったのに、いまや当代風のヘアースタイルに変わってしまった自分を行き交う人が注目しているのではないかと思ってしまうのです。あらあら、お洒落に変身してしまって。なんて言って、うふふ、と笑っているのではないでしょうか。そうだとしたら、なんだか恥ずかしいのですが、ぼくが散髪屋さんから出てきたばかりだなんて誰も知らないはずなので、ぼくが笑います。笑いながら、お店のショウウインドウ、カーブミラー、停まっている車、自分が映っているありとあらゆるものをついつい見てしまうぼくは、まるでスターではないですか。少しばかり足は短いけれど、それでもなかなかいいのではないですか? 君? 

 少し前に、髪を金色にしたのです。そのころ、週に一度は行っていた中華料理屋の店長が、ぼくをじいっと見ていました。何度目を逸らしたって、我慢できないといった感じで繰り返し繰り返しぼくを見ていました。とにかく、ぼくを見ていました。ぼくはおかしくてたまらなくて、見過ぎですよ、と言いかけましたが、それほどの仲でもあるまい、と思い直しやめました。結局、金色だったのは二週間ほどでしたが、ぼくはいつでも金色がいいのです。髪を金色にすると、気分がいい。髪以外の金色はあまり好きではありません。下品だと思います。髪の金色は、素敵だと思います。

 いまも金色ではありません。金色は許されないのです。何故でしょう。かっこいいのに。かっこいいから、駄目なのでしょうか。イレズミだってかっこいいのに、許されないのです。ぼくの耳たぶにある小さいイレズミは誰かにとっての脅威なのでしょうか。素敵なイレズミなのに。もう少しだけイレズミを入れようかと考えることもあります。ぼくは、蛸を、この身に纏いたい。とても大きな蛸を。ガレオン船に絡み付く、とても大きな蛸を……。


 もし、ぼくの顔が今よりもかっこ悪かったら、ぼくは生きていたくはなくなるでしょう。ぼくは、ぼくの顔が好きなのです。


 灰色の街で、また人死にが出ました。

 病気でした。

 仕方ありません。人さらいだって笑う街です。中華料理屋の店長だって笑うのです。ぼくも笑う時だってあります。楽しくない時でも、です。

「さあさあ、いらっしゃいませ、お買い得ですよ」

 そう言って、笑います。ときどき、声が大きすぎると怒られます。うちは格調高いのですよ? そうですか。それはよかったですね。でも、ぼくは格調高くはありませんよ? でも、もしかしたら、ぼくの方がずっと格調高いかもしれませんよ?

 道ばたに、花。

 湖に身を投げたあの人は、やられちまったのです。巻き込まれちまったのです。抗って抗って、どうしようもなくなっちまったのです。あの人のために流された涙は、どこに行ったのです? 理不尽に震わせた固い拳はどこに行ってしまったのです? ここには、もうありません。もう、見えやしません。


 ナガミヒナゲシの花が目立つ季節です。半袖で出掛けたっていいような気のする季節です。突然、冷たい風が吹く季節です。最後の咆哮でしょうか。冬は、死にました。

 静かに雨が降っています。灰色の街で雨が降ると、ネオンがにじんで綺麗です。タクシーのイメージです。酩酊して、外に出ると、雨。

「こらは、おえねえなあ。もう、電車なんて乗ってらんねえっぺなあ」

 酔うと、故郷の言葉で話します。話したくなるのです。決して自然に出ているわけではないのです。忘れてないですよ、忘れてないですよ。そう、言っているのです。あのままですよ、あのままですよ。必死で、そう、訴えているのです。誰に?

 財布から出したお金を、こんなものいらない、そう言わんばかりに渡します。灰色の街では、よくある風景です。耳を澄ましても、故郷の海の波の音は聴こえやしません。あの侘しい海。くさい海。汚れた海。海は一つです。

 鯨の屍骸が打ち上げられた時の強烈な臭い。ぼくは自転車に乗って、鯨の屍骸が分解されてゆく様を見続けました。半分、骨になっていた次の日にはもう何もありませんでした。きれいさっぱり撤去されてしまっていて、砂の上のかすかに黒い染みだけが、昨日までの証拠でした。カラスやカモメが、ガードレールに列になって、遠い目をしていました。ぼくも自転車を停めて、同じ方向を見ていました。ぼくはあの頃、辛くてたまらなかった。抜け出したかった。この波の音が聴こえない所まで。連れて行ってください。ぼくを連れて行ってください。ぼくをさらって行ってください。

 何年後か、ぼくは故郷を抜け出しました。

 旅立ちの日、古着のベースボールシャツ、赤いTシャツ、膝の破れたリーバイス、アディダススーパースター。ぼくのなかでのとびきりお洒落でした。髪の色はほんのり赤でした。赤が好きでした。攻撃的で、挑発的で、ぼくにぴったりの色だと思っていました。真っ赤な嘘。なるほど、と思います。


 神を信じたいと思っています。ぼく一人では、自分を正しく導くことが出来そうにありません。退廃するわけにはいかないのです。あいつとは違う生き方をしてみたいのです。ぼくの神はどこにいますか? この灰色の街で、どう生きていけばいいのか教えて欲しく思います。どう生きれば、美しく在れるのか。

 怒り、哀しみ、笑え。

 祈り、働き、笑え。

 食べて、寝て、笑え。

 嗤うな。嘆くな。羨むな。


 さらば、青春よ。ぼくはもう一人です。足取りはしっかりしています。君はもう心配することはありません。君が欲しかったもの、もう持っています。君は笑いますか。君は笑いますね?

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