出会う
「お久しぶりです」
真冬の雪が降る日。喧騒に包まれる商店街を抜けて入った路地裏に声が響いた。
若い女の声。治安の悪い地域では即座にカモにされてしまうだろうが、ここは治安が良い。
声の主はダイヤのように煌く銀髪にすらりとした長身、切れ目の奥には透き通るサファイアのような瞳が真っ直ぐに誰かを見つめていた。
視線の先にいる男は全身を黒の学生服で包み、上を見上げて佇む男。首元に巻かれている黄色と黒のマフラーと学生服からでる童顔だけが黒以外の色としてあった。
男は振り返り女性を見て目を細めた。
しばらく沈黙が流れた。
「人違いっす。俺、あなたのこと知らないんで」
それだけ言うと、男は向けていた顔を元に戻して歩き始めた。
足音が女から離れていく。
「そうね、はじめましてだもの」
冬にしては寒い格好、ほとんどが男物で所々解れているところもある。そのまま男を見つめ続けていた。
足音が止む。
「あの……」一瞬何かを悩み「ナンパですか」
「そう見えるだろうけど」クスリと笑い「そうじゃないよ」
足音がまた響く。今度は近づいていく。
手を伸ばしあってもぎりぎり届かない距離まで二人の間は縮まった。
「俺のこと知ってるんすか」
ぶっきらぼうに言った。女は男の年上のように見えるが、それでも女はその不躾な物言いを気にするような素振りは見せなかった。
ただ男を見つめ続ける。それだけだった。
「あの」
「高原天道君」はるか遠くを見るように言い「私が言えるのはこれくらいかな」
「なんではじめて会うのに名前知ってるんすか」
「知ってたからかな」人差指を口の前でたて「あとは秘密だよ」
結ばれた口が弧になる。高原はマフラーに顔をうずめ、目をそらした。
「あ、それは照れたときの表情だね」
女は少し体を折り曲げ、男の視線に自分を入れるように下から覗きこんだ。
「名前」顔を戻し、女が体を起こしたのを見てから「俺だけ知らないのは不公平っす」
「そうだね、じゃあシロで」それから口を手で覆い「犬みたいな名前だね」
手の奥から時々白い煙が出てきては消えていく。
「なんで、自分で言って自分で笑ってるんすか。それにホントの名前じゃないでしょソレ」
「まぁそうなんだけどね」シロと名乗る女性はまた遠くに目をむけ「ずっと昔に大切な人がくれた呼び名だから、あなたにもそう呼んでほしいな」
「シロ……さん」
「はい」
顔を少し赤らめながら言うと、シロは真っ直ぐな目を向けたまま返事をした。
そのときばかりは近くの喧騒が遠のき、雪の振る音が聞こえてくるようだった。
しばらくどちらも何も言わなかった。高原は何を言えばいいかわからず、シロは黙ってそんな高原を見つめている。
「あの」静寂を破り少し溜めて「やっぱりどこかで会ったことないっすか」
一歩分の足音が響く。その分だけ高原がシロに近づいた。
一瞬だけ目を伏せたシロは、しかしまた高原を見つめた。
「いいえ」今度は少しだけ目を伏せ「私は今日はじめてあなたと会ったよ」
沈黙がまた戻ってきた。
「俺、もう帰ります」
そう言って背を向ける。シロはその姿をただ見るだけ。
商店街裏は光が少ない。すぐにシロからは高原が見えなくなることだろう。
僅かな光でマフラーの黄色だけがわかるくらい二人の距離はあいた。
「置き勉」聞こえるか聞こえないかくらいの声「たまには持って帰りなよ」
白い煙は、またすぐに消えていく。