第十二話「脳だけの男」
看護師は患者の情報を画面に映し、軽く眺めながら興味無さそうに言った。
「彼は人工生成肉の製造、DNA調合士をやっていますね」
「なるほど、人工生成肉、現代の一般的な食品材料ですね。
そういう方はこのアトラスには多いんですか?」
「グリーンアース有限公司、貴方も聞いたことがあるんじゃないですか?
中国のかなり有名な合成食糧を扱う会社です。
アトラスでもこの会社が大型農業プレーンを5つ、工業区画も3階層持ってて……オフィスも当然いくつもありますね。
全部で多分一万人くらいはそこの社員か関連会社の方がいるはずですよ」
この時代、多くの人々が口にする食糧は肉も野菜も合成物や遺伝子改造されたものが9割を超える。
牛や豚、鶏を屠殺して肉を得るのではなく、工場に並んだガラス管内で各種肉質の細胞が培養され、まるでキャベツ畑でキャベツでも育つかのように、貝柱状の肉が育つ。
もちろん、肉には脂肪や筋肉などがあり、脂肪だけでは只の油の塊になってしまう為、電気を断続的に流して筋肉の収縮運動を継続させて育てることになる。
豚肉風味、牛肉風味から鮭風味、イカ風味など、様々な商品が作られるが、それらは所詮着色料や調味料と僅かなDNA変異を与えただけの似通ったものである。
グリーンアース有限公司は安さを武器に日本で大きく勢力を伸ばしてきた合成食糧会社であり、環状商業地区のスーパーに並ぶ肉は今ではほとんどがこの会社から卸したものである。
「これはこれは、たしか水野さんと池上さんですよね。来ておられましたか」
患者の診察を終えたヨハン先生が観察室に現れ、カムイ達に近寄る。
「どうも、水野です。お世話になります」
「池上です」
「ヨハンです。お二人共さっきの患者さんとの事、見ておられたので?
……あぁ……。
ちょっと驚かれたかも知れませんがね。
このアトラスは年中水の中で太陽の光に当たる事が無いですから、人々はちょっとばかし神経質というか、気が滅入っちゃうんですよねぇ。
アッハッハッハ」
「あの患者さんはグリーンアース有限公司に勤める方だそうで、やっぱり立ち並ぶ肉って見た目があまり気持ちのいいものでは無いですし、心を病む人が多いんです?」
「多いと言っても、あそこは従業員数も多いですからねぇ。
他にもアンドロイド製造会社も多いかなぁ。これまた中国企業なんですけどね」
カムイはヨハン先生とアトラスの精神疾患の傾向や患者の話、どういった業務の人間に多いかなどを尋ね、ヨハン先生は時々ジョークを交えながらも答える。
(動体センサー:不自然な動作を探知)
マキは部屋の片隅に積まれたバラバラのアンドロイドの体と思われる物の方を凝視した。
大型の金属製のゴミ箱であり、千切れて配線類の飛び出た金属製のロボット手足、ロボットの頭部が無造作に積まれている。
マキはカムイとヨハン先生の会話を遮るように尋ねた。
「ヨハン先生、あれは何ですか?」
「ん? あぁ、困った話なんですけどね。
アンドロイドがカウンセリングを受けに来たんですよ」
「ロボットがですか? 確かに最近のAIは高度で人間の情緒を組み込んでいるのを売りにするところも見かけますが」
「いえいえ、いまだに人工知能なんて人間の情緒に遠く及びませんよ。
私から言わせて貰えば、只の物真似。
ちょっと見たら一目瞭然です。
でもいっぱしの人間のように、自分が人間だと思い込んでカウンセリングに着た挙句、あそこのは暴れはじめましてね。
本当に大変でしたよ。
ガードロボ呼んだりね。
製造元でこのアトラスに工場を持つ先行公司にはちょっと後で抗議するつもりです」
マキはバラバラのガラクタの山になったロボットの方へと歩み寄り、その頭部を見る。
まだ完全に機能停止したわけではなく、コキッ、コキッと首が動いている。
カムイがヨハン先生と再び話し始めた隙を見て、ツインテールに忍ばせた情報通信ケーブルをその頭部に接続した。
(接続対象機器の検出……情報回路はBRNーTYPE3の形式と一致。
内部接続を試みます……失敗。
プロトコル、UNX203でリトライ……失敗。
プロトコル、LNX503でリトライ……失敗。
プロトコル……)
(助けてくれ!)
マキが内部接続失敗を繰り返している時、ロボットの頭の方から通信がマキへと届いた。
(どうしたのですか?)
(私はロボットじゃない、人間だ。
体が、体中が痛い、苦しい、助けてくれ)
(落ち着いて……その前にまず、私の指を目で追ってください)
マキはロボットの眼前に人差し指を突き出し、左右に振る。
この時代、見た目ではロボットにしか見えないサイボーグ人間と、純粋なロボットを見分ける為の方法として、エンジニアの中でメジャーな方法がある。
目線での目標追跡の精密さ。
機械は寸分のたがいも無く追跡し、人間の脳を持つ場合は例え目玉が機械製で機敏に動けるパフォーマンスが有っても、肉の脳が付いていけない。
必然的に癖のある遅れが発生する。
ロボットの視線はマキの指を遅れて追跡した。
そして不自然で無意味な上下の挙動を時折繰り返す。
これは人間の挙動である。
それも激しく耐えがたい苦痛でのたうち回る人間の動きである。
(今の私はこんなに、発狂しそうなくらい苦しいのに涙も流せず、声もだせません)
(どういう事ですか? 貴方は一体何者で、どうしてここにいるのですか?)
(私の名前はヤン・ジールイ、アトラスの資材運搬員として、潜水艇の運転手として二か月前に雇われた)
(一体何があったのですか?)
(偶然ここで行われている、悪魔の所業を知り、その情報を持ちだそうとして捕らえられた。
お嬢さん、貴方はここがどれほど恐ろしい場所か知らない。
可能な限りここから早く出て、関わらない事だ)
(捕らえられて脳髄だけロボットに移植されたということですか?
なぜわざわざそんな事を、そしてどこで行っているのですか?)
(私は恐らく海中での潜水艇の事故で死んだ事にされているだろう。
そうなれば私の体は用済み、奴らは私の体をモルモットにして実験をしたのだ。
そこには大勢の人々が居た。
男も、女も、子供も、老人も。
顔つきで分かった。
彼らは良い階級の人間、良い生活をしてきた人間達だ。
全員が私同様に筋弛緩剤をうたれて抵抗力を失い、意識を保ったまま全裸で天井から等間隔で吊るされていた。
あの恐怖と絶望の表情は忘れられない)
(何人くらいいたのですか? 貴方が見たというのは一体何ですか?)
(数えきれない、遥か遠くまで並んでいた。
もし私自身がその一部でなければ、只のクローン人間だと思っていただろう。
生の人間がそんな大勢居るなんてあり得ない事だ)
(ヨハン先生にもそれを訴えたのですか?)
(私が馬鹿だった。良い先生だと思い、命を懸けてここに駆け込んだのに……。
彼は全てを知っている。
把握した上で、私の口を封じようとしたのだ!
そうだ、カジノエリアにチャイナエリアに白龍楼というバーがある。
そこへ私を連れて行ってくれ。
そこのオーナーはフー・テイシュウと言う名前だ。
彼は私に恩がある。
彼は義に厚い男だ、必ず助けになってくれる。
お願いだ!)
マキは周囲を見回す。
ヨハン先生はカムイと会話に夢中になっており、看護師はデスクワークに夢中。
だが部屋から持ち出すにしても、受付の前を通らざるを得ず、おそらく外では長峰も待ち構えているだろう。
(視野関知モード:オン)
マキの視界の全ての人間の視野範囲がAR表示された。
そしてロボットの頭部を掴むと、マキはしゃがんで机に隠れながら部屋の反対側へと移動する。
(どうするつもりだ?)
(今は貴方を連れ出す事が出来ませんが、この部屋から繋がるエアダクトは一般人の通行エリアの廊下ともつながっています。
その近くまで貴方を運びます。
貴方はそこで夕方まで待ってください。
必ず私とカムイさんが回収に向かいます)




