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2115年、アンドロイドの救世主  作者: レブナント
ACT11 カルト宗教結社、天声会
93/151

第八話「カムイのセンサーの警告」

「お疲れさまでした」


 長峰はマキの頭半分を覆うVRデバイスを取り外しながら言った。


「どうです? 素晴らしい体験だったでしょう?」

「はい……とても衝撃的な体験でした」


「そうでしょう。そうでしょう。

 いえっ、内容に関してはおっしゃらないでも良いです。

 個人個人で違う事がありますしね。

 さぁ、これで大丈夫。

 立てますか?」

「はい」


 マキはイニシエーションルームの椅子から立ち上がる。

 長峰はカムイの方を向いて手で椅子へ招く。


「さぁ、次は貴方の番です」


 マキに代わってカムイが椅子に座った。


「ではこれを」


 長峰はマキに飲ませた物と同じ、『アムブロシアー』で満たされた銀色のグラスをカムイに手渡した。


「さぁ、一気に飲んで下さい」


【内臓システム:抗体ナノマシンHB0500A、生産総数3500。Ready】

【内臓システム:抗体ナノマシンHB0500B、生産総数3500。Ready】

【内臓システム:抗体ナノマシンHB0302C、生産総数1000。Ready】

【内臓システム:製造したナノマシンを人工血液循環システムを利用し、右手中指へ移動】

【ナノアーマー:右手中指内側に小型ブレードを形成、固化完了】


「頂きます」


 カムイはグラスを受け取り、それを口元へと運ぶ。

 マキはそれとなく、椅子の手すりに摑まるカムイの左手に手を伸ばした。


「!」


 マキの右手中指に生成した小さなブレードでカムイの表皮に触れようとした瞬間、カムイはマキの手を払い、押しのけた。


「水野さん……」


(カムイさん! 一体何を考えているのですか!?

 まともにアムブロシアーを飲めば、洗脳を受けてしまいます!)


 マキは声にならない心の声を、必死で目と態度で訴えようと試みる。

 だがカムイはそれを認識しながらも、マキの抗体ナノマシンを拒絶したままグラスをあおった。


「飲んだ。さぁ、続けてくれ」

「ではリラックスして心を落ち着けてぇ……。

 いきますよ」


 ***


 カムイはマキ同様にイニシエーションプログラムからの尋問により、自分の最も愛する人物、カノンの情報を引き出されていた。


「大したものだな。たったあれだけの抽象的な質問で個人を特定するなんて、相当な量の個人情報が蓄積されているのか?」

「それは貴方が関知すべき事ではありません。

 貴方が今まで持っていた『愛』という感情は、人という動物が持つ原始的な性衝動に他ならないのです。

 そしてその強い情動は、貴方が見るべき本当の世界、真実の世界から貴方の目を覆い隠し続けているのです。

 貴方は更なる高み、次のステージへとステップアップをする為、この世の真実を見なければなりません」


「真実?」

「さぁ、自分の目を覆い隠す情動を、自分の手で切り裂いて取り除くのです。

 これが貴方が越えるべき試練です」


 カムイの目の前、VR空間に全裸で直立して浮遊するカノンの姿が現れた。

 数年間、交際を続けた男女の仲でもある。

 その裸体が、本物と同じ緻密なデータであることをカムイは察した。


「凄いな。医療データまで持っているのか。

 で、俺にどうしろというんだ?」

「言葉通り、切り裂いて取り除きなさい」


 VR空間のカムイの手元に刃物が現れた。


「出来るわけないだろう」

「恐れてはなりません。

 ……戦いなさい。

 ……戦いなさい。

 ……戦いなさい。

 ……戦いなさい。

 ……戦いなさい。

 ……戦いなさい。」


 カムイはVR空間の中で刃物を構え、カノンの腹部に添える。


「次のステージへと昇る為、全能神エバの与えた試練、乗り越えるべき試練です。

 貴方の原始情動を打ち壊し、真の世界を見るための試練です。

 さぁ、刃物を動かし切り裂きなさい」


 カムイが少し刃物を動かし、カノンの腹部の表皮を傷つける。

 突如、VR空間の中のカノンは目を見開いて叫んだ。


「いたぁぁっ!」

「……出来ないよ」


「恐れてはなりません。

 ……戦いなさい。

 ……戦いなさい。

 ……戦いなさい。

 ……戦いなさい。

 ……戦いなさい。

 ……戦いなさい。」


 カムイの脳内のセロトニン、ドーパミンがアムブロシアーの影響で極端に減少し始める。

 そしてカムイの世界を絶望感、無力感、苦痛が覆いつくしていく。


「貴方は先ほどの女性と違い、素直な方のようですね。

 良いでしょう。

 全能神エバが力の一部をお貸し下さるそうです」


 突如、VR空間の中で空に強烈な閃光が走った。

 燃え上がるような熱と共に、激しい微振動を起こしながら空からイニシエーションプログラムとは違う、中性的で力強い別の声が響いた。


「唱えよ! 『我はエバの戦士、穢れの子(イルバ)を滅ぼす者』」

「我はエバの戦士……」


「唱えよ! 『我はエバの戦士、穢れの子(イルバ)を滅ぼす者』」

「我はエバの戦士、穢れの子(イルバ)を滅ぼす者」


 カムイの脳内に変化が起こる。

 大量の興奮物質、快楽物質が充満し、VR空間内で刃物を持つ手の震えが止まった。


「唱えよ! 『我はエバの戦士、穢れの子(イルバ)を滅ぼす者』」

「我はエバの戦士、穢れの子(イルバ)を滅ぼす者」


 カムイはVR空間の中で、泣きわめくカノンの体を切り裂いた。

 恐怖や戸惑い、罪悪感は完全に消え去り、万能感、幸福感、喜びが体を支配する。

 カノンの体はズタズタに切り裂かれ、骨と内臓があちこちに飛び散る。

 だがカムイは今までにない程の充足感そして、頭の冴えまで感じていた。

 天から響いていた辺りを振動させるような力強い声は収まり、再びイニシエーションプログラムの声が響く。


「おめでとうございます。

 貴方は深淵のイニシエーションの中で試練に打ち勝ち、次のステージへと上がる事に成功しました」


 ***


 カムイはVRデバイスを自分で外した。

 すぐに長峰が尋ねる。


「どうです? 感想は」

「私は……神に出会いました!」


 長峰は嬉しそうに、ホォォと声を上げかけ、マキを気にして音を出さずに顔で驚きを示した。


「それは良かった。ここに連れてきたかいがあったという物ですよ」


 カムイは長峰から見えない側の手でマキに掌を向けて人差し指で『抗体ナノマシンをうて』と合図する。

 マキはすぐさまカムイの手を握った。

 そして右手中指の小型ブレードでカムイの表皮を少し切り、その隙間から抗体ナノマシンを注入する。


「それにしてもどっと疲れたよ。

 ちょっと部屋に戻って休みたいな。

 池上さんもそうでしょ?」

「はい」

「そうですね、分かりますよ。

 イニシエーションでは集中力と気力と体力を使いますしね。

 お部屋への戻り方は分かりますか?」


「何か特殊なエレベーター操作があるんでしょうか?」

「この階層から出るときは普通の操作で大丈夫ですよ」


「居住リング第二層で降りて、907号室、908号室でしたね」

「その通り。

 ここの後片付けは私がしておきますのでどうぞ先にお戻り下さい。

 そうですね……室内の案内ホログラムに聞いて頂ければフロントや私へ直通のコールをかける事も出来るので、そこから呼んでくださいね」

「分かりました。有難うございました」


 ***


 マキとカムイは第二層でエレベーターを降り、居住リングへと続く連絡通路を歩いていた。

 周囲に人影がないのを確認してマキが抗議する。


「カムイさん、何故あんな無謀な事をやったんですか?

 抗体ナノマシンでアムブロシアーを除去しても、一度大量分泌された脳内物質の影響を消すことは出来ません。

 脳に損傷を受けたかもしれないんですよ!?」

「言っただろう?

 俺は自分自身を犯罪者や殺人者シリアルキラーの精神に同調させて、その視点で対象ターゲットを見つけ出すバウンティハンターだって」


「アムブロシアーは大量の脳内化学物質の吸収や分泌、さらには麻薬成分の生産を行っていました。

 これは人間の行動原理を決め、生命の目的を定めてしまう物。

 カムイさん、貴方が壊れてしまう危険なものです」

「そうだな。

 そうなる人間も居るだろう。

 だが、天声会を探るには天声会を知らなければならない。

 成果は有ったよ」


「成果? それは一体何ですか?」

「このアトラスに居る人間、ここに来て、ここに来るまでに出会った人間全て。

 最初は違和感としか感じなかったが、深淵のイニシエーションを受けた今なら、俺のセンサーが捉えたもののパズルのピースが全てはまる」


「具体的におっしゃって下さい」

「このアトラスに居る人間は全員、殺人をしている。

 そして多くの人の凄惨な死か、それ以上の惨劇を目撃している」


「……全員……」

「ああ、全員だ」

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