第六話「イニシエーションの誘い」
(水野 芳樹様、池上 量子様、承認手続きが完了致しましたのでカウンターへお戻りください)
「ん?」
「終わったようですね。カウンターへ戻りましょう」
3人がカウンターへ戻ると受付嬢は手元の端末を操作する。
マキの胸に取り付けられたVisitorカードが2回赤く点滅、続いてカムイのVisitorカードも2回赤く点滅した。
「これでカードの承認が完了致しました。
あとは長峰さんの指示に従って下さい。
お疲れさまでした」
「それじゃぁお二方、居住リングへ向かいましょう」
長峰は3人が下りてきたエレベーターへと歩き始め、マキとカムイもその後に続いた。
「居住リングはこのセントラルタワーのエレベーターから下へ直結しています。
外周で迷ってもとりあえずこのセントラルタワーを目指して戻れば帰れますからね」
3人はエレベーターに乗り、長峰がボタンを押すと上部にディスプレイされた階層を示す数字がぐんぐんと小さくなっていく。
この時代のエレベーターはアトラスに限らず、20世紀のワイヤー吊り下げ式ではなく、円筒形のパイプに巡らせたらせん状のレールを外部の車輪が回転してカーゴを上昇、下降させるレール式がメインになっている。
ワイワーの制限がないので上下だけではなく水平移動も可能、そして一つのエレベーターシャフトに複数台のカーゴを移動させることが可能だからである。
3人が乗ったカーゴは一旦長距離用のシャフトに水平移動して高速降下を続けており、途中階での人の乗り降りは無い。
しばらくの無言の空気に気まずさを感じたのか、長峰がカムイに尋ねた。
「水野さんは外の風景を楽しんでおられましたが、ああいったものを見るのがお好きなんですか?」
「えぇ、巨大建造物マニアでしてね」
「あぁ……居ますね。
そういう方はよくおられます。
巨大アルコロジーとか大好きでしょう?」
「分かりますか。
意識が遠のきそうな不思議な感覚、まるで遥か昔の鳥類が巨大な岸壁に巣を作って生活していた、それと同じ動物の本能的な何かを刺激するのかも知れませんね」
「人類や哺乳類の祖先はネズミだと言いますし、広大な洞窟や見上げるような巨木、巨体の恐竜のようなものに囲まれて生きていたのかも知れませんね」
「あとは目に映る全ての建物の中に人々が生活して人生を送っている。
その無限にも感じられる広大な外部世界を自分の中に取り込んで、自分の世界を広げている感じですかね」
「ははは、変わったお人だ。
でもそういう幻想的で非日常な感覚、想像力を持つ方は我々天声会のメンバーには多いですね。
そうだ、お二人とも既にイニシエーションは体験しました?」
「え、えぇとまだかな」
「まだですね」
「それならラッキーだ。
ここアトラスでしか受けれない『深淵のイニシエーション』を受講することが可能です。
かなりの徳を積むことが可能です、ぜひ受ける事をお勧めしますよ。
いや、むしろ絶対受けるべき、これは全能神エバのお導きです、行きましょう!」
「い、いや、ちょっとやることが」
「そうですね本来の仕事がありますし」
「そうですね、まずはお荷物を部屋に置いて頂いて……その後すぐ案内しますね」
「いや……」
「えっと……」
「……受けなさい」
「……」
「……」
興奮気味の長峰は視線をエレベーターの階層ディスプレイに向けながら、マキとカムイの言葉を流し、そして絶対に拒否させないという意思を漂わせていた。
再び沈黙の時間が流れる。
エレベーターが居住リング第二層に到着し、停止してドアが開いた。
「着きましたね。
……えぇっと……こちらですね」
長峰は廊下をずんずん進む。
そして再び動く歩道に乗り、上半分に海中が見える連絡通路を進む。
通路はエレベーターのある構造物を取り囲む、巨大なドーナツ型の居住リングに連結されており、三人はそこへぐんぐんと進んでいく。
カムイは興味深そうに周囲を眺める。
「ここがアトラスの裏側かぁ……」
「えぇ、ゼロプレートの下側になります。
海面下5キロで静止しているときは、あの辺り、遊興ハイブの下の港から潜水艇が幾つも出入りするのが見えます。
今はアトラス自体が潜水降下中なんで出入り出来ませんがね」
「本当に閉鎖空間なんですね……まぁ分かってたんですけど」
「それは池上さん、貴方がどう捉えるか次第ですよ。
もともと人間の行動範囲なんてたかが知れている。
そこに壁があると思えばありますし、無いと思えば無いんですよ。
……そろそろ到着です。
お二人の907号室、908号室は突き当りを右に曲がってすぐです」
3人は居住リングに到着し、廊下を右に曲がる。
目の前には左右にいくつものドアが並んだ廊下がはるか先まで続いていた。
廊下は居住リングのカーブに沿って右に曲がり、数百メートル先からは見えなくなっている。
「さぁ、お二人とも急いで!
案内ホログラムは後でも見れますので荷物だけ置きましょう。
早くっ!」
マキとカムイはキーをかざしてドアロックを開け、中に入る。
そして荷物を置いてせかされるように再び廊下に出た。
「行きましょう!
『深淵のイニシエーション』を受けに。
私達が下りてきた中央エレベーターでさらに下に行った所に天声会の修行エリアがあります。
素晴らしく最高の体験をすることが出来ますよ!?」
「そんなに凄いのですか?」
「長峰さん、興奮し過ぎでは?」
「間違いなくこの世で最高の体験です!
そしてさらに二人をその体験へ誘う事が出来る事に最高の喜びを今感じています!」
興奮気味の長峰は動く歩道を通り、中央エレベーターのほうへ足早に戻っていく。
「さぁ! お二人とも早く!」
マキとカムイはしぶしぶ後に続く。
マキは小声でカムイに小声で話しかけた。
「(恐らく薬物か、何らかのナノマシンを注入される危険性があります)」
「(だろうな。素晴らしい体験、最高の体験を引き起こし、彼のような中毒者を作り出す。
薬物中毒患者は何度も見てきたが、あれほど瞬間的に、目的に忠実に豹変しない。
恐らくは脳内物質を制御するナノマシンのはずだ)」
「(何とかして回避しますか?)」
「(……彼らの心を知らなければ、彼らの行動を見る事が出来ない。
何とかして見てみたい。
……拉致された人々を見つけ出す為にな)」
「(大丈夫ですか? カムイさんが取り込まれてしまう危険性が高いです。
天声会の洗脳は極めて強固だそうですし……)」
「(それが俺のやり方なんだよ。
マフィアや異常犯罪者を捜査するには、彼らが見るスナッフビデオであっても、彼らの感じる快感を理解するまで見て『潜る』。
そして彼らを理解し探り当てる)」
「(……分かりました。イニシエーションは私が先に受けます。
ナノマシンの体内への流入を検知すれば即座に捕獲して分析し、『抗体ナノマシン』を生成します。
そしてカムイさんが受ける前に、カムイさんに注入します)」
「(あぁ……頼む)」




