第四話「『アトラス』の浮上完了」
マキとカムイ、そして半潜水実験都市アトラスの案内人を務める警備主任の長峰は、展望フロア窓に面するカウンターで軽食を取っていた。
そしてメガフロートの中央の穴からせり上がって来る『アトラス』を眺めながらドリンクを飲む。
多数のビル群は海水を滝のように滴らせながら、目の前でゆっくりと浮上している。
マキ達の居るビルの真正面にも巨大なビルがせり上がり、あっという間にその屋上ははるか上へと昇っていく。
「これは凄いな……。いや、知識としては知ってたけど実物は馬鹿でかいというか」
「ついさっきまで見下ろしてたビルが、あっという間に見上げる高さですね」
「真正面にあるのは西中継タワー、浮上したアトラスの一番下のプレート、我々はゼロプレートと呼んでいますが、ゼロプレートからの高さは、一般的なビルでいう30階くらいに相当します。
アトラスは中央にある展望台のあるセントラルタワーから東西南北に4つ、この中継タワーがあり、ゼロプレートの上では連絡通路が20階と40階の位置に2本。
そしてゼロプレートの下に運搬用のエレクトリック・カーゴ、まぁ貨物列車みたいなものですが、それが通る通路が1本の3ルートで繋がっています。
浮上し始めた時ご覧になったと思いますがこの4つの中継タワー、アトラスの四方の一番端にあったでしょう?
そしてメガフロート側から中継タワーに隣接するビルは、私たちのいるビルもそうですが、アトラスの浮上完了後、地下と5階、15階、25階が連結されて一か月間の潜水に必要な物資が運び込まれるんです。
私達もその中継タワーを通ってアトラスに入る事になります」
「中に入る手続きのようなものはあるんですか?」
「手続き……、そうそう、これをお渡ししておかないと」
長峰はポケットからタバコサイズの2枚のプレートを取り出して、カムイとマキに手渡した。
プレートには天声会のシンボル、大きな丸を切り裂くようなクロスが左寄りにデザインされており、『Visitor』と記載されている。
「アトラスに入るための入館証です。
胸ポケット辺りに添えて裏側、ここにあるボタンを押してください。
ナノマシンがしみだして衣服に接着されます。
もちろん服の繊維を傷つけたり汚したりせず、再度ボタンを押せば綺麗に剥がれますからご心配なく」
マキとカムイは受け取ったプレートを胸の辺りに接着させた。
「これでもうアトラス内を自由に行き来出来るという事ですか?」
「完全に自由というわけでは無いです。
お二人が行けるのは宿泊施設エリア、研究施設や工場施設、農場施設のゲストエリア、そしてレジャーエリアですね。
入ってはいけない場所はカードチェックで扉が開かなくて物理的に入れませんし、うっかり人の後について入ってしまってもガードロボやセキュリティアンドロイドに止められます。
まぁこれだけ広い都市、下手な場所に入ってしまったら迷子になって危険な場所へ迷い込んでしまいかねませんし、お二人の為ですよ」
「レジャー施設もあるんでしたね、私もあまり娯楽の無い場所にずっといると精神が参ってしまいそうだし、興味あるなぁ。
どんな感じですかね?
いっ、いやっ、あくまでも臨床心理学的な意味で興味があるんで、見ておかないとなぁ」
「水野先生が遊びまわりたいそうです」
「はっはっは。
それはごもっともな意見で、長期間海面下5キロで暮らす私達にとっては重要な問題です。
アトラスでは娯楽も重要視しています。
浮上してくるとき、巨大で透明な窓に覆われた球形の建物が見えたでしょ?」
「有りましたね。確か右の手前側だったかな」
「あれが遊興ハイブと呼ばれる施設です。
直径100メートル近くあり、中は15のプレートが階層構造を作っています。
スポーツを出来るグラウンド、人工照明で自然を楽しめる階層、飲食店やカジノ、映画館まであります。
外は大部分が特殊な強化透明金属でできており、ライトアップした海の景色を見る事も可能です。
まるでハチの巣みたいな構造でしょう?
だからハイブです」
「凄いなぁ。今日は宿泊施設にチェックインしたら即、遊興ハイブに行ってみようか」
「水野先生、観光に来たんじゃないんですよ?」
「ははははは」
二人が長峰からアトラスに関して話を聞いている間に、ついにアトラスの浮上は完了した。
四方にある中継タワーがメガフロートのタワーと結合される。
そして館内アナウンスが流れた。
(アトラスの固定と連結が完了致しました。
資材搬入、搬出は安全規定を守り、速やかに行いましょう。
資材用ゲートは18時00分にクローズ、18時20分よりチェック開始、18時40分に封印工程に入ります。
職員用の入場ゲートは東西南北の各中継タワーの5階、15階が使用可能です。
職員用の入場ゲートは18時30分にクローズ、18時45分よりチェック開始、19時00分に封印工程に入ります。
アトラスは19時20分をもって固定と連結を解除し、潜水を開始します。
時間を超えてのアトラスとの行き来は、アトラスが完全に潜水して固着する21時30分以降の小型潜水艇のみとなりますので、遅れる事の無いよう気を付けて下さい。
それではただいまより、各ゲートをオープン致します)
長峰が椅子から降りて手荷物をもって立ち、マキとカムイに言った。
「それでは今からアトラスへ入場です。
お忘れ物が無いようにお気をつけて下さい。
このビルの5階、1階下からいきます」
通信できるのが残りわずかとなり、キットから最後の通信がマキとカムイにだけ聞こえるように届いた。
(二人とも目的は、アルコロジー・オオヤマツミの失踪した9726人の住民の捜索。
国にも警察にも頼れず孤独に蹂躙に怯えて過ごしているかも知れない人々を見つけ出す事、忘れないようにね。
アトラスは凄く観光地としては楽しそうに見えるけれども、そこに眠る闇はスラムのマフィアに匹敵する。
気を抜いちゃ駄目だからね)
(了解です)
マキとカムイは手荷物を持ち直し、長峰の跡に続いてエスカレーターを降りる。
長峰はエスカレーターで時折振り返りながら説明を続ける。
「アトラスに入ると、まず中継タワーから連絡通路を通ってセントラルタワーへ向かいます。
その連絡通路から町の風景が良く見えるので、そこでもまた説明致します」
「楽しみにしてます」
「長峰さん、セントラルタワーの展望台に着いたら、少しゆっくりと町全体を眺めて休みたいんですが、可能かな?」
「大丈夫ですよ? あそこにもカフェがありますし、宿泊用リングへのチェックインの予定も17時なので余裕がありますし、私もブラブラと案内をさせていただこうと思っていたので」




