第三話「半潜水実験都市『アトラス』」
宮城県沖100km程の海上を全長100メートル、幅20メートルくらいで細長いホームベース型の平たい船が静かに疾走していた。
船の左右の大部分は透明な窓となっており、海上の風景が見渡せるカフェテリアのような構造になっている。
船の下には複数の細い柱が水面へと伸び、水中の翼が海水をかき分けて生み出す浮力で船を浮かせる、水中翼船である。
その船の客席、丸いテーブルを囲み、マキとカムイがドリンクを片手に凄まじい速度で流れる海の景色を眺めていた。
(マキ、聞こえてるかい?)
「はい、聞こえます」
(どうだい? 船の旅は。まぁ、あと40分ほどで着いちゃうけどね)
「見渡す限りの海の景色、本物を見るのは初めてです。
世界は広いですね」
(そうだよね!
僕が初めて海を見た時、衝撃を受けたもんだよ。
冷凍睡眠のカプセルからでて6か月後にしてまた失神しそうになったほどさ。
ははは。
昼の海もいいけど、夜の海もまたいいんだ。
そうそう、その船は完全に無人化されてAIが運転し、乗っている職員は一人だけ。
呑気にVR映画を鑑賞中だ。
君達に危険が及ぶことは無いだろう。
それよりこの先の目的地について話さなければならない。
傍にいるカムイさんにもこの音声を同期して欲しいんだ)
「カムイさん、インフォメーショングラスを付けて下さい」
「ん? こうか?」
「レジスタンスのキットさんからの通信を同期します……チャンネル同期中……完了です」
(カムイさん、聞こえます? そして見えます?)
「ああ、何か都市の立体図か……、これはこの船の向かう先『アトラス』かな?」
(正解。
今乗っている船はあと……36分で日本海溝の真上にある直径2キロの四角いドーナツ型のメガフロート都市の港へ到着する。
そして今日の15時ちょうど、つまりあと1時間ほどでメガフロート中央の四角い穴部分に、半潜水実験都市『アトラス』が浮上する)
「ビルの立ち並ぶ都市そのものを潜水艦のように海底5キロまで潜水させ、そこで人が居住をする実験施設。
補給の為に一か月に一度のみ海上へと浮上。
それ以外は完全に外界から隔離された都市で、完全に天声会の傘下の企業や大学のみで作られている。
海底5キロという環境故に情報もほとんど隔絶された、知る人の限られた都市で、海に沈んだ伝説の大陸、アトランティスにちなんで名付けられた」
(さすがカムイさん。
事前にある程度調べてきてるんだね。
ティアラさんに提供された情報によると、そこは警察の権力も、司法の力も及ばない場所となっている。
本土で消息を絶った人間が連れ込まれているという噂、というよりほぼ確実にそういう事例があったらしい。
そこがアルコロジー・オオヤマツミから攫われた人間を隠すことが可能な、候補の一つだそうだ。
どう?
カムイさん、そこに居そうな……気がします?)
「実際に見てみないと何とも言えないな。
まぁこうして変装しているとはいえ、最重要指名手配のマキちゃんが潜り込めているんだから、可能は可能だろうね」
(そうだね、実際に見てみないとね。
でも気を付けてね。半潜水都市『アトラス』は情報ネットワークからも完全に物理的に隔離されている。
ネットワーク上からどこを探っても『アトラス』の中へ潜り込めない、ルートが無いんだよ。
つまり、僕が二人を見守り、サポート出来るのは『アトラス』に入るまで。
そこから先は君たち二人に掛かっている。
カムイさんの潜入の経験と勘、そしてマキの物理戦闘能力だ。
じゃぁ、おさらいするよ。
カムイさんは天法大学の客員教授『水野 芳樹』。
臨床心理学の専門で、外界から隔絶された半潜水実験都市の人々の心理や行動の調査とカウンセリングが目的。
滞在期間は三日間で、都市の潜水に合わせて中に入るが、帰って来る時は小型潜水艇だ)
「よくそんなデタラメが通せたもんだな。本当に大丈夫か?
客員教授が居るかどうかなんてすぐにバレるんじゃないの?」
(『アトラス』の人々は情報に疎い、情報セクションの特定エリアからは僕が完全にすり替えてるからバレないさ。
……多分ね。
あとはカムイさんの演技次第だよ。
そしてマキ、君はカムイさんの助手で『池上 量子』。
同じく臨床心理学の専門)
「私は軍事的な知識はありますが、人の心理の知識は有りません。
正直言って不安です」
(大丈夫。世の中なんて……したり顔で専門家を気取ってるハッタリ野郎ばかりさ。
多少ボロが出ても誰も気にしないよ。
それじゃぁ、内部の施設……ティアラさんに貰った情報を伝えるよ。
えっと、これには注釈があった。
外部に提出している情報がこれだけど、これが『真実』である保証は無いし、限りなく疑わしい……だそうだ。
それじゃぁ……)
***
マキとカムイはキットから情報のおさらいをして貰った後、数十分の航海を経て、海上にあるメガフロート都市へと到着していた。
無人の送迎船のタラップを渡り、二人は皆とへと降りる。
空を見上げればかまぼこ状の透明な天板越しに雲の漂う空が見えた。
「船から結構大勢降りてきますね。恐らく百数十人は居ます」
「一か月に一回の補給だからね。それにしても周囲全員が天声会の信者か……気が滅入るな」
「水野さん?」
「ほら、あそこに今到着したコンテナ船、あれが多分物資輸送船だろうね」
「水野さん!?」
(呼ばれてるよ)
「あっ、これはどうも。私、水野 芳樹です、今回『アトラス』を見させて頂くことになった……」
「ということは、隣は助手の池上さんですね?」
「はい、そうです」
「お待ちしておりました。
私は『アトラス』の警備主任の長峰と申します。
お二方に内部のご案内をさせていただきます。
『アトラス』へ来られるのは確か初めてでしたよね?」
「そうなんですよ、いや、楽しみだなぁ」
「それじゃぁいいところへご案内いたしますよ。
お二人ともはぐれないように付いてきてください」
長峰と名乗る男はスタスタと歩き始める。
そして近くの大きなビルのフロントの自動ドアをくぐり、内部の大きなホールの両サイドにあったエスカレーターに乗って3階へと進む。
「『アトラス』はね。浮上してくる様子が圧巻なんですよ。
そりゃぁもう、見たらびっくりしますよ」
「おぉぉ、楽しみですね」
「もう少し上、折り返して昇っていきますね」
3階のバルコニーへたどり着くと今度は反対側に折り返すように、さらに上へ向かうエスカレーターに乗り換える。
3人はビルの6階へと到着した。
そして長峰に連れられ、ビルから膨らむように張り出した巨大な展望エリアへと進む。
目の前にはメガフロートの中央の四角い穴、1キロ四方はある四角い深さ20メートルほどの絶壁に囲まれて黒い海面が覗いていた。
長峰はインフォメーショングラスを片目に一瞬押し当てて時間を確認する。
「もうすぐです……ほら、見えてきた」
四角い海面の下に、徐々に沢山の四角い影が現れた。
それは徐々に上へ、上へと上昇し、ついには多数のビル群のようなものが海水を滴らせながら海面の上へと浮上する。
中央にはひときわ大きなビルがあり、中ほどが大きく膨らんだ球状になって、四方の隣り合うビルとの連絡通路が繋がっている。
長峰はその球状の部分を指さして言った。
「あの中には大きなホールがありましてね、名所の一つになってます。
中央に大きな空想の動物の像、ペリュトン像が飾られてるんです。
ご存知です? ペリュトン」
「いや、聞いたことないなぁ」
「私も知らないです」
「まぁ実物を見ながらお教えしましょう。
完全に浮上して、点検が終わって行き来できるまであと早くても20分くらいは掛かるかな。
滅多に見れるものでもない、伝説のアトランティスの浮上風景をここでゆっくりお楽しみください。
ソフトドリンクや軽食はあそこのバーでセルフサービスになってます。
完全無料ですので……一緒にいきます?」
「じゃぁ行こうかな」
「私も」




