第一話「天声会の成り立ち」
五十嵐達との取引が終了した後、育子はティアラにすがり付いて泣いた。
鳴き声と嗚咽が響くのみで、何一つ言葉にはなっていなかったが、ティアラは笑顔でずっと頷いていた。
しばらくその状態が続いた後、ちぃが育子をなだめながら部屋から出る。
メイドロボが机を囲むメンバーの前に、紅茶とデザートを配置していく。
白い底の深めの陶器の皿にブドウや梨やバナナをカットしたものが入れられ、それを紫と赤の半透明のジェル状のスープで固めてある。
メイドロボは全員の前に配膳が終わると、空になったトレイを持った両手を体の前で腰あたりで揃え、全員に向き直る。
「スープ フリュィ ナチュレル…………自然のフルーツのスープでございます。
現在市場に出回るほとんどのフルーツは遺伝子操作で合成した大量生産品。
ブドウ一つとっても工場内に無数にめぐらした金属製の合成樹液循環パイプにびっしりと実らせた果実がほとんどです。
しかしこのデザートに使用されたフルーツは全て、二十一世紀に人の手が無くても育つ、一つの種族として存在してたナチュラルな生命体。
それを静岡県にあるミツルギ農業アルコロジーの最上階で、自然光を使って栽培し、収穫したものです。
自然の香り、自然の食感、自然の味わいをご堪能下さい」
メイドロボはお辞儀して立ち去った。
ワンとキットは揃ってスプーンを手に取り、ジェルに封じられたフルーツを救い上げ、口に運ぶ。
そして二人そろって沈黙した。
ティアラが二人に尋ねる。
「お口に合わなかったかしら?」
キットがまず答える。
「……初めて食べたよ。小さなころは点滴だけで生きて、現実世界に出てからはアンダーワールドだけで生きてきた僕には衝撃だ。
……未知の世界だ」
スプーンを置き、しばらく目を閉じてうつむいて眉間に皺をよせていたワンが顔を上げる。
「大変に美味だ。
久しく忘れていた感覚だ……果物の命を頂き、その大地のと植物の人生が私に流入していく……そう感じさせる。
当たり前に食べていた頃はここまで深く感じる事すらしなかった……。
そして……この原始的な味は……私の故郷をも思い出させる……」
豊国議員も答える。
「こんな高級品を食べる事は私も滅多に無い。美味しいよ」
マサコもカットされた梨を口へ運びながら言った。
「多分これ……クラブで出したら2万NYくらいするぞ」
ティアラは一同を眺めた後、豊国議員の方を向いて言った。
「豊国さん、申し訳ございませんが、今回の取引で貴方は地上の世界では犯罪者となり、見つかれば即後ろに手が回る状況になりました」
「……あぁ……そうだな……」
豊国議員は少し顔をしかめて目を閉じた後、思い出させないでくれといった様子で、現実逃避するようにさらにスプーンでフルーツを口に運ぶ。
「しかし、それと引き換えにこれ以上五十嵐達が貴方を脅迫する理由もなくなりました。
立て続けの貴方の身内や関係者への蛮行は、一旦は収まるはずです」
「それは助かる……貴方には感謝しているよ」
「では…………さっきまでは育子ちゃんを救うための行動。
そして今度は私達が……貴方達レジスタンスに命を救われた……その恩を返す番です。
ヴェーダ!」
AIホログラム、ヴェーダが姿を現し、ティアラに言った。
「アルコロジー・オオヤマツミの甲26ブロックの全住人の失踪に関する情報ならば、可能な限りの集積が完了しています」
豊国議員はアルコロジーの名前を聞き、慌ててスプーンを置いてティアラに向き直る。
「……分かるのか!? 私は彼らに対して……責任がある……」
少し視線をやって豊国議員の反応を確認したティアラは手元のコントロールデバイスに手をかざし、ハンドシグナルをいくつか形作りながら操作した。
コの字型の机の真ん中の空間に3Dで作られた紋章のようなものがホログラム表示され、回転し始める。
四角い枠の中央に円形があり、さらにそれを十文字に切り裂くように大きなクロスが結合されたデザインである。
「これは……たしか天声会のシンボル」
「その通り、小川天法が教祖として2097年に作り上げ、勢力を拡大し続けて政党を持つに至った、信者総数2億3千万人の巨大宗教結社、天声会よ」
「彼らがアルコロジー・オオヤマツミの住民失踪事件に関与していると……。
いや、そもそも失踪した人々は無事なのか?
一体どこにいるか、情報屋ティアラ、貴方は知っているのか?」
「いいえ……私の情報網を駆使しても、依然その行方は不明です。
ですがその前にまずは状況をしっかり認識することが重要です。
アルコロジーの1区画、9726人に及ぶ住人が、貴方が捕らえられた日を境に姿を消し、公文書上からも消滅しました。
何故それほどの人数を巻き添えにする必要があったか……分かりますか?」
豊国議員は沈黙し、キットが答えた。
「……目撃者を消す為?」
「そう……ただしその次元が違います。
五十嵐が現勢力を維持するには、そういう危険なスキャンダルが邪魔になります。
五十嵐は過去何度もそれを消してきたのです。
自分の行い、その痕跡を消す。
つまり目撃者の存在を消し、目撃者を知り、関わる人々の存在を消す。
この日本から関係するすべての情報を抹消する為、政府によって仕切られた情報区画の住民全てを消したのです」
あまりに現実感の無い話に、キットが半ば放心しながら呟くように言った。
「……情報区画?」
ティアラは両肘を机に付けて両手の指を組み、顎を組んだ指の上に置いくようにしてほほ笑んだ。
「えぇ。
ニュース、教育内容、流行のファッションから、流行りの音楽、話題の番組、テレビチャンネルのバリエーション……それらを共有する区画です。
地上の人々はその区画を超えた外の世界の……真実は何も知らないのよ?」
「何……何だ……知らない。私も知らないぞ!」
「豊国議員、貴方とご親族は日本の中層の出身。真の日本の姿を知ることが許されないカテゴリC117に分類されています。
真実を知ることが許されるのはカテゴリB以上、日本の総人口の上位0.7%の血族のみに限られます」
「……それで……消えた人々と天声会に一体どんな繋がりが……」
「ありとあらゆる箇所が監視カメラやセンサーで覆われている地上世界で、私の情報網すらをもすり抜けて、一万人もの人を消すには多数の協力者が必要になります。
どんな非合法活動にも関わり、あらゆる社会階層に浸透し、決して犯罪を口外せずに協力できる者。
それが無ければどれほど巧妙な手段を考えても、無数のセンサー網、監視網をすり抜けるのは不可能。
そして地上のアルコロジーにおいてそれが可能な集団は天声会しかありえません」
「そういえば……白鳥さん一家を殺害した犯人も……。
だがっ!
1万人の人間を拉致して、関わった人が何百人もいて……誰一人、それを罪に思い、警察か世間へ訴える人が……一人も居ないなど……信じられん!
天声会に入っている人間は何人も知っているが、頭の狂った殺人者や犯罪者ばかりじゃない!
あり得ない!」
「貴方がたもそう思いますか?」
ティアラはレジスタンス一同の顔を見回す。
「私は……豊国さんと同意見だ。大体同じ感想を持った」
「僕もそう思う。一人くらい跳ねっ返りみたいなのがいるはずだよ」
「人間はアンドロイドと違い、多様性があります。完全に口を封じるのは不可能と思います」
ティアラは手元の端末を操作する。
すると天声会のシンボルのホログラムが消え、代わりにいくつもの四角い枠に移った映像が出現し、渦巻き始めた。
映像には道路でボロボロの服を着て寝転ぶ浮浪者の姿、小学生高学年ほどの女児の首つり遺体、動画配信サイトの生放送で実況しながら自分の頭を打ち抜いた……DNA障害でひどく欠けた顔の女性。
この世の悲劇を映した映像がいくつも現れて浮遊する。
「幸運にも私は分かりませんし……そして貴方達の顔、表情、会話を見た限り、貴方達にも分からない物があります。
それはこの近代化社会で蔓延する病巣。
無力感、無価値感、真の絶望です。
多くの人々は自分の存在に意味があると……無意識に信じて生きています。
例え苦しい思いをしても、これは神が与えた乗り越えるべき試練だと思い、先にある希望を信じて生きています。
この世の……ありとあらゆる情報区画の人間、その中のクリエーター達、音楽、映像、小説、芸能、あらゆる創造に携わる人々は、決して流行でもなく、影響された訳でもないのに、自分たちの創作物にある物を必ず作ります。
さて、何でしょう?」
「…………」
「分からない」
「自分の名前を刻むのです。
映画のエンドロール、小説の表紙、音楽の説明書類。
それは自分たちの想像した芸術作品、それがこの世界に対し、何か意味のあることを成し遂げた。
そして自分はその誇りある行動を成し遂げた、そのことを見てもらいたいから。
見てもらいたい相手は当然人です。
ですが本質は違うと私は思います。
彼らは……人よりももっと高位の存在、神に見てもらいたい、自分の人生を犠牲にして成し遂げた偉業を見てもらいたい、自分は神に必要とされ、その使命を果たしたと思っている……私はそう考えます」
「…………」
「人は……大多数の人は生まれた瞬間から必要とされています。
分かりますか?
それは親の愛情です。
親は無条件に子を愛し、必要とする。
これは動物の本能ですし、子はその愛を受け、自分は必要とされているんだと感じます。
しかし、この病んだ社会、そうでない子供もいます。
もしも子供が……生まれた瞬間から愛されず、祝福されず、必要とされなかったら?
それでも何かの才能に秀でた人間であれば、まだ救いがあります。
スポーツで一番を取ったなら、『自分は神に愛されている。このスポーツの力に意味があるはずだ。自分は何かを成すべき特別な存在だ』と考えます。
学業でも。
そしてただの殴り合いの喧嘩で強いとかそういった場合でもそうです。
言い換えればプライドのようなものです。
ではもし、誰からも愛されず、何も人並に出来ず、何の能力も無い人間が居たら?」
「…………」
「マキちゃん。
貴方は最新鋭の軍用アンドロイド、貴方にかなう者など現在の科学力では日本に居ないでしょう。
もしあなたが何の能力も無ければ?
只のメイドロボの仕事をする能力も無く、ディバさんからも愛されていなければ?」
「…………、私がこの世に存在する意味は無い……そう考えてしまうかもしれません……。
生きたいと思わないかも……しれません」
「……人間も同じよ。そこが人間の心の中枢の弱点であり、年間何百万人も自殺者を出す原因です。
人の肉体的、精神的、知識や思考力的な成長の研究が進み、人々の間の能力差、経済力の差は21世紀とは比べ物にならないほど拡大しました。
同時に社会は大勢の『真に絶望した人々』を生み出してしまったのです。
そして天声会はその人間の弱さに巧妙に付け込みました。
常に町中のセンサーとAIを使用し、信者の候補となる者を見つけ出し、アプローチをかけます。
そして貴方が必要だ、貴方が求められていると引き入れ、脳内物質の入出力を制御するナノマシンを注入し、強制的に高揚感、幸福感を持たせながら洗脳を繰り返すのです。
そして、最後には彼らの信仰する『神』の求めるままに、自分たちが求められるまま、『自分の使命を果たす』のです」
「つまり、天声会を調べれば人々の行方が分かると……」
「信者への指示は、常に彼らの神『エバ』が行います。彼らの行動の全貌を知るのは天声会の上層部、そして『エバ』だけです」
「神? え? 神?」
「人々を畏怖させ、崇拝され、信仰されることを目的に作り上げられたAIです。
その構造、所在、全てが謎に包まれています」
「地上で天声会を探る必要があるという事か」
「そうです。そしてそれはつまり、天声会に刃を向けるという事でもあります。
もしも失敗して敵対されれば、『エバ』の予言に従い、全信者が全力の攻撃を仕掛けてくることになるでしょう。
豊国議員、貴方に探りを入れるツテは有りますか?
私はさすがに御免です」
「…………ならば……」
「貴方が懇意にしていた興信所TSRは天声会の配下です」
「…………」
ワンが尋ねる。
「救われない人々を救うのがその『エバ』を信仰する天声会だとして、人を殺し、拉致し、不幸に叩き落すような指示をされ、信者はそれを受け入れるのか?」
「天声会の信者は厳選された『愛されず、救われない人々』です。
彼らの多くは……見た目は普通の人でも『一線』を超えてしまっている人々、他者に対する認識が私達とは違うのです。
そして、宗教が人を殺すか……という質問であれば、答えずとも皆さんお分かりのはずです」
「ならば私はその『神』と戦う事になるだろう」
「私も……そんな気がします……」
ワンの言葉の後の、マキの意外な言葉に一同は一瞬驚いて注目する。
「それが……私の使命だと……思います。
地上での調査に関しては……もし了解して貰えるなら……頼みたい人もいます」




