第十二話「ティアラの海底セーフハウス『コバルト・ムーン』」
レジスタンスメンバーを載せた潜航艇は水深600メートル程の海の底を這うように進んでいた。
指令室の戦略分析用ホロデスクには立体化された海図と潜航艇がホログラムで映し出され、その周囲をワンと一部のレジスタンスメンバー、マキとティアラとマサコが囲んで見ている。
同じ部屋の前方の操縦席ではソナーやレーダー、レーザーによる海底地形分析情報がディスプレイに表示され、レジスタンスのメンバーが二人掛かりで慎重に操作を行っていた。
その内一人がサイドに表示された地図を確認した後、ワンに振り返る。
「ワンさん、目標地点まで500メートルに接近しました。
今のところそれらしいものは何も検知できません。
ひたすら続く砂と岩礁、サンゴや海藻があるのみです」
「ご苦労。スピードを10ノットまで落としてくれ」
「ラジャー」
ワンはホログラムの海底地形を見つめていたティアラに尋ねる。
「貴方のセーフハウスの位置は本当にこの先で間違いないのか?」
「ええ……。少しだけ右側に進路を変えて下さる? ゆっくり」
「クラーク、ゆっくりと右へ舵を切ってくれ。少しずつだ」
「ラジャー」
「…………ストップ! そのまままっすぐでいいわ。
速度を落としてね…………オーケー。
……はいストップ」
「潜航艇を停止させました」
「周囲の映像をホロデスクへ映してくれ」
クラークがいくつかのパネルを操作した後、ホロデスクに潜航艇の前方映像が大きな三角柱の側面に映し出され、ゆっくりと回転する。
映像では潜航艇の強い照明に照らし出された、まるで倒木に群生して生えるキノコのような岩礁が映っていた。
時折魚の群れが前を横切り、銀色の体を光らせる。
「何もないように見える」
「いえ、あれが私のセーフハウスよ。見た目ですぐに分かるようでは意味が無いでしょう?」
操作ディスプレイをいくつか確認していたクラークが言った。
「前方にある岩礁ですが……不自然です。
光学センサーでは明らかに凸凹の激しい岩なのですが、音響センサーが捉えた画像を見ると表面かツルツルのまっ平、明らかに人工物です」
ティアラが答える。
「壁や窓全て、普段はホログラムで偽装してるのよ。
でもメンテナンス用のエビ型ロボが常に表面を掃除しているの。
フジツボや海藻だらけになっては汚いでしょ?」
「どうやって入ればいいのか教えて頂きたい」
「こんな大きな潜航艇では入れないわ。4人乗りの小型潜航艇が格納庫にあるって言っておられましたよね?」
「そうか、すぐに準備させる。整備班! 小型潜航艇を出す準備をしてくれ。何往復かすることになる」
「あと、そこの窓をセーフハウスの正面に向けて頂けません?」
「クラーク!」
「了解、旋回さえます」
潜航艇はゆっくりと回転し、外が見える強化透明アルミ製の3メートル四方ほどの窓部分で、ティアラの言うセーフハウスを正面に捉えた。
ティアラはその窓の正面に肩幅に足を開いて立ち、胸の下で両手を組んだ後、オペラ歌手のように歌い始めた。
歌う内容はモーツアルトのオペラ『魔笛』の『夜の女王のアリア』である。
潜航艇内のメンバーは旋律を聞いたことがある物は居たが、それが何か特定出来るほどの知識を持つ物は居ない。
マイクを使わずともティアラの歌は潜航艇中に響き渡り、クラークは傍らに置いたドリンク用のカップが歌で微振動を起こしているのに気付いて驚愕する。
指令室の近くにいたレジスタンスのメンバー達は歌声を聞き、何事かと群がって指令室に押しかけ、音を立てないように慎重に部屋の壁を這うようにティアラ達を遠巻きに半分取り囲んで聞き入った。
1分30秒ほどティアラが歌い続けた後、目の前の岩礁に変化が現れた。
凸凹のグレイの岩肌が徐々に透けて消えていき、碁石型でガラスの窓が外周を縁取ったような構造物が、十数個重なり合ったような姿が現れる。
そして建物のあちこちに電飾が灯り始め、部屋にも明かりが点灯していく。
最後に右側の円筒を横倒しにしたような構造物のトップに緑の電飾が灯るのを確認し、ティアラは歌を止めた。
セーフハウスを見ていたワンは感動しながらティアラを振り向く。
「素晴らしい歌声だ。そしてその歌がキーになっているという事か」
「ええ、例え裸になって全てを奪われても、私にしか使えないキーよ」
マサコが笑いながら割り込む。
「私も歌のトレーニングは受けているが、ティアラの前では子供のお遊び……凹むよ。はははは」
「私が先導するわ。
セーフハウスに入りましょう。
中には食料備蓄も、そしてあらゆる場所へと繋がる専用のインフォメーションライン、さらに私専用の情報ルームがあるわ。
そして五十嵐と黒沢へ……10倍返しをする時よ」
***
「そう、ゆっくりその中へ入って。壁にぶつけないでよね」
レジスタンスのエンジニアが小型潜航艇を操作し、助手席に座るティアラが自分のセーフハウスの格納庫へと誘導する。
後ろの席ではマキとワンが座っている。
小型潜航艇はゆっくりと筒状の格納庫へと入った。
船体が全て入り、停止するとティアラはコントロールパネルから、隣のエンジニアに見えるようにゆっくりオペレーションコードを入力する。
それと同時に共通規格の無線信号が発信され、格納庫の扉が閉まる。
そしてゆっくりと排水、減圧処理が進む。
減圧処理が終わると、小型潜航艇は格納庫内の半分くらいまで溜まった海水に浮上し、左右から搭乗用のラダーが伸びて固定した。
ティアラは振り返り、座席に持たれかかりながら身を乗り出すようにしてほほ笑む。
「ようこそ私のセーフハウス『コバルト・ムーン』へ。
中でゆっくりくつろいで下さいね。
ワンさん、マキちゃん、貴方達とレジスタンスの方々のお陰で助かりました。
貴方達が居なければ私もマサコもちぃも育子も、あのまま殺されていたでしょう。
この借りは……私の友達を利用して命まで踏みにじろうとした卑劣な連中への私の怒りを上乗せして……利子付きで返させて頂きます。




