第七話「トラップ、トラップ、トラップ」
アイアン・エンジェルが逃げ込んだ飲食店フロアは廊下のような通路がいくつも並んで交差する構造になっていた。
もちろん生きた人間など一人も居ない。
「ウフフフフフ! ウフフフフフ!」
アイアン・エンジェルは陸軍兵士達が密集して部隊単位で壊滅した場所で幾つものサーマルガンを拾い集めると、飲食店フロア内の各所を歩いて地面にサーマルガンを置いて回っていた。
勿論自分が拾って使う為ではない。
最後の一個のサーマルガンの銃口にアイアン・エンジェルは細工をして地面へと置いた。
人類が魚を釣る際の古典的な技術の一つ、撒き餌である。
だがそれは知識有る人間だからこそ見破ることが出来る。
どんなに聡明な人間であろうと初めて見る罠をそう簡単に見破れるものではない。
飲食店フロアへと侵入したマキは地面からサーマルガンを拾って全体のチェックを行っていた。
【サーマルガン、ステータスチェック:異常なし】
マキはサーマルガンを拾い、タブキーから発する生体電気でセーフティロックを外すと構えながら角から顔を出して様子を探る。
アイアン・エンジェルとマキはしばらくは足音を消した探りあいを続けていた。
だが遂にマキがアイアン・エンジェルの背後を捉えた。
マキはスパイドローンを操作し、アイアン・エンジェルのいる場所の反対側、自分と挟み撃ちに出来る位置に移動させた。
そしてわざとスパイドローンを壁に当てて音を立ててから飛び出させる。
同時にマキも銃を構えて飛び出した。
通路の中央でポータブルロケットランチャーを構えて左右をキョロキョロと見回していたアイアン・エンジェルはスパイドローンが立てた音に振り向き、顔をそちらに向けたまま手からは反対側にロケット弾を発射した。
飛び出したマキは全身のスラスターを最大稼働させて慌ててバックステップで戻り、ギリギリ回避する。
瞬間的にマキの浅知恵など見切られていたのだ。
二発目のロケット弾をスパイドローンの至近距離の壁で炸裂させてドローンを撃墜したアイアン・エンジェルは弾倉が空になったロケットランチャーを捨ててサーマルガンを持ち直し、撤退を始めた。
マキはサーマルガンを乱射しながら追撃する。
アイアン・エンジェルはレーダーでサーマルガンの弾丸を捉え、幾つかを防護プレートで受けながらも横へ向かう通路に身を隠す。
そして威嚇射撃を繰り返しながら通路を撤退し続け、右へ左へと逃亡を続ける。
時折撤退後の曲がり角に吸着地雷が仕掛けてあったがマキは吸着地雷を壁へ装着するかすかな音を聞き逃すことはなかった。
グレネードを投げて誘爆させながらも追撃を繰り返す。
そしてちょうど弾が無くなる頃に何故か地面に新たなサーマルガンが落ちており、マキはその度に持ち替えた。
アイアン・エンジェルを遂に袋小路に追い詰め、銃を構えて前進するマキだったが通路半ばで緊急でオーバークロックモードをActiveにした。
倒れていたパワードスーツからもぎ取ったガトリングガンを乱射しながらアイアン・エンジェルが突撃してきたのである。
「アハハハハハ!」
噴水のように飛び出す無数の弾丸をマキは全身のスラスターを最大パワーで逆噴射させて撤退しつつ回避し、サーマルガンで受けて防護する。
逆にL字型の袋小路に追い詰められたマキはアイアン・エンジェルが細工したサーマルガンを拾い、壁から顔をだして射撃した。
今までは尽く問題が無かった事、一刻の猶予も無かった事からステータスチェックを怠り、サーマルガンは射撃と同時にマキの手で炸裂した。
【人工筋肉損傷、ナノマシンで修復中、状態60%】
アイアン・エンジェルは詰めに入った。
ガトリングガンを乱射しっぱなしで袋小路を進めば確実にマキを葬れる。
今まで自分を不利にしながら撒いてきた撒き餌は、今この瞬間のためのものだったのだ。
マキとアイアン・エンジェルでは経験と知識の差が果てしなく大きく、マキはこんな状況まで想像すら出来なかったのである。
マキは首にかけた馬蹄形の通信デバイスに指を当て、軍事通信無線へ割り込んだ。
(陸軍兵士コード:3B1128、屋本 タケル上等兵、聞こえますか?
貴方が生存していることは知っています。
今からアイアン・エンジェルの位置情報を貴方に同期します。
サーマルガンの弾丸をフレシェット弾に交換し、バースト狙撃してから回避行動を取って下さい)
マキ達の居るフロアの2階上のフロアで多くの死体に混じり、死んだ振りをしていた陸軍兵士がむっくりと起き上がった。
屋本タケル上等兵である。
タケルはサーマルガンのカットリッジを慌ててフレシェット弾のものに交換すると、サーマルガン備え付けの液晶ディスプレイを開いてマキからの同期情報を映しだした。
慎重に床に向けて構えると、透過映像のように2階下のアイアン・エンジェルの映像が映る。
タケルはアイアン・エンジェルに向けて狙撃した。
フレシェット弾は床を貫通し、2階下のアイアン・エンジェルの側頭部に着弾した。
アイアン・エンジェルは即座に武器をサーマルガンに持ち替え、カウンター射撃を行った。
タケルは2階上の廊下で慌てて転げるように飛んでカウンター狙撃を回避し、頭を抱えて震えていた。
マキはその隙を逃さない。
自分の背に装着していたマキ専用の兵装、デュアルホーミングハンドガンを取り外すとアイアンエンジェルを狙撃した。
両手のハンドガンから射出された弾丸は空中で軌道を変えて揺れ動きながら、正確にアイアン・エンジェルの目の部分、センサーに命中、破壊した。
「グアァ! パパ! 酷いよ!」
アイアン・エンジェルはガトリングのめくら撃ちで威嚇をしながら急いでその場から撤退した。
センサーが破壊されてもアイアン・エンジェルは自分の通った地形程度は完全に記憶している。
マキの追撃を再びアイアン・エンジェルは威嚇を繰り返しながら逃れ続け、倉庫エリアへと走りこんだ。