第八話「デッドエンド」
ティアラ達は建設中の環状商業地区の建物の支柱の中、らせん階段を駆け下り、もうすぐ地上へと到達しようとしていた。
「はぁっ、はぁっ、ちょ、ちょっと待ってよ……」
「待てないな。10秒待てばその間にハンニバルズの隊員は50メートル移動して私達の進路を阻む。
道が塞がれるんだ。
ゲロを吐いても走れ!」
「おっ、鬼軍曹……」
「軍曹言うなっ!
それよりティアラ、ハーバーエリアにあるお前のプライベートボート、ちゃんと動くんだろうな?」
「こういう緊急時に備えたものよ。メンテナンスは万全……のはずよ」
「誰がメンテナンスしてるんだ?」
「技術者ロボよ。」
「間違いは無いな? 今はそれに私たちの命運を賭けるぞ。
そろそろ出口が近い。
私のすぐ後を送れずについて来い」
マサコはポケットから小さなカプセルを取り出して先端のカバーを開き、首に刺して注入する。
「はぁっ……はぁっ……、今打ったのはグリム・ブースター? 何するつもりよ?」
「走るのに集中しろ」
グリム・ブースター。
薬物強化兵が使用する薬物の一種、神経伝達反応速度を異常に向上させる。
マサコは走りながら両手に拳銃を持ち、両方のカーリッジを新品に交換する。
そして伸ばした腕を左右に少し開いて銃口を前方に向けた。
素早く曲がり角を曲がる。
その先には銃を構えた二人のハンニバルズ隊員が居た。
「接敵!」
「撃て……」
ガガンッ!
隊員の叫びが終わる頃には、二人の脳天に風穴が開いていた。
マサコは今だ熱を帯びる拳銃二丁を前方に構えたまま崩れ落ちる二人の隊員の間を走り続ける。
「ひえっ」
「ティアラさん、置いてかないで下さいよぉぉ」
半ば腰が抜けた状態の育子の腕を肩に担いだちぃが声を上げる。
ティアラは走り寄って反対側の腕を担ぎ、マサコの後を追う。
マサコはその間も突き進み、扉を蹴り開けて広い部屋へと入る。
そして素早く周囲を見回しながら部屋の中に飛び出ると反転し、自分の出てきた扉の上、中二階でショットガンを構えていたヘビーアーマーの隊員に向けて二丁の銃を乱射した。
ガガガガガガガンッ!
素早い撃ち込みで徹甲弾をボディプレートの隙間にいくつも撃ち込まれ、中二階の隊員は成す術無く倒れる。
マサコは再び前方を振り返り、最初隠れていた遮蔽物から上半身を乗り出して自分に向けて小銃を打ち始めた隊員の脳天を冷静に打ち抜いた。
遅れてついてきたティアラ達は驚愕しながらさらに先へ向かうマサコを追う。
「なっ、何で拳銃で不意打ちやマシンガンに勝てるのよ、あんたほんとおかしいんじゃないの?」
「少し前にお前のグラスで室内の構造を見た。
銃を持って潜む場所なんて決まっているんだよ。
それに当てられないマシンガンなど、命中する拳銃よりはるかに格下の武器だ。
それより、到着だ。
ティアラ、お前のプライベート・ボートはどれだ!?」
マサコは部屋の扉を少し開ける。
その先には入り江、ハーバーエリアが広がっていた。
海に対して斜めに平坦なコンクリートの斜面があり、いくつものレール状の溝がある。
それはボートレールと呼ばれている。
ボートレールの内、いくつかには地上部分でボートが設置されていた。
ボートはそのレールに沿って海面に滑り降りるようになっているのである。
それぞれのボートレールには所有者、所有権があり、こんな大都会のハーバーエリアのものを所有しているのは大富豪や大企業くらいである。
扉から外を覗いたティアラは中央のブルーのボートを指さした。
「あれよっ!」
「いくぞっ、到着したら10秒以内に発進しろっ!」
マサコが先導し、ティアラ達はハーバーエリアに向かって駆け出した。
「一応聞くが防弾だな?」
「狙撃銃の弾も通さないって言ってたわ」
「よし」
マサコ達は全力でボートに走る。
幸いこの間の十数秒、空の視界内にハンニバルズのホバーヘリの姿はなかった。
ボートにたどり着いたティアラは急いでボートサイドの認証パネルに手をかざして静脈認証、顔をかざして網膜認証を行う。
【認証完了:ようこそミリオンダラー様】
ボートの側面からラダーが下がり、ティアラは手すりを持って駆け上がる。
ちぃと育子、マサコも続く。
「ミリオンダラー?」
「秘密のボートに実名やクラブの源氏名で登録する訳ないでしょ?」
「ティアラさん! 技術者ロボってこれですか? 壊れてますよ?」
ボート内の小部屋、ちぃが指さした先には床に倒れて微妙にもがくロボットの残骸があった。
手足の関節から強引にケーブルが引き出され、刃物で切断されている。
頭部はひどく損傷して外殻の一部が外れて中身がむき出しになっている。
マサコはロボットの損傷を軽く見た後、叫んだ。
「全員伏せろっ!」
叫ぶと同時にマサコは近くの洗面台に移動し、拳銃の握りの部分を鏡に叩きつけて鏡を割る。
そして破片を拾い、窓の近くに移動する。
さらに拳銃を片手で構え、外の景色を慎重に鏡の破片に映して見回した。
鏡を通して窓の外には、ハーバーエリアを取り囲む位置に、何人ものハンニバルズの隊員の影がうごめくのが見える。
「ティアラ……」
「船が動かないわっ、コントロールパネルの表示がバグってる」
「伏せろっ!」
マサコはコントロール装置を弄っていたティアラの背中の服を掴んで引き戻し、強引に伏せさせる。
直後に銃弾が窓を貫通し、室内の壁に賭けられていた絵画に命中、破壊した。
「囲まれてるぞ……」
「なんとかっ、なんとかならないの? マサコッ!」
「…………」
「ここから脱出して別の船を探すとか……」
「…………嵌められたな……」
「マサコッ!?」
「追い詰められた。デッドエンドだ。
脱出は出来ない。
……この孤立したトーチカ、地形、敵の配置。
ここで十数分立てこもって抵抗したとしても、必ず私達が最後には死ぬ。詰みだ」
「分からないでしょそんな先のこと、何とかなるかも知れないじゃない!?」
「何とか……か、援軍が居るならな。
通信は……」
「妨害されてるわっ」
「…………だろうな」




