第五話「メガリニア内のバー『Dream Beach』」
田辺は走ってマキに追いつくと横に並び、背広の内ポケットからゴールドカードを人差し指と中指で挟んで取り出し、チラつかせる。
「ごめんごめん、お詫びに俺に奢らせてくれよ。君のような可愛い女性に大損させたままじゃ、こっちもこのままでは夢見が悪いからさ」
「あら、都合の良いお誘いですね」
(二階のバー、Dream Beachだ。そこが一番都合がいい)
「怒ってる? 本当ごめんよ。全て俺が払うからさ、レディのどんなご要望にも……」
「二階に確かバーがあったと思います。……たしかDream……」
「Dream Beach! オーケー、特等席にご案内しましょう」
田辺はマキの前へ先行してしばらく歩くと、突き当りにあったエレベーターの昇りボタンを押した。
エレベーターの扉は静かに両側へと開き、田辺は片手を後ろに回してボタンを押したままマキへと向き直り、うやうやしくお辞儀をするとエレベーターの入り口のほうへ手を差し出してマキを招く。
マキはエレベーターに乗り、続きて田辺も乗り、音声認識システムへ指示する。
「二階へ頼む」
「承知いたしました。二階は外周が飲食店エリア、内周がアミューズメントエリアとなっております。出店している店舗は……」
自動音声による案内が殆ど進まない間に二階へと到着し、二人揃ってエレベーターから出る。
そして内部の通路をしばらく歩き、『Dream Beach』のネオン看板のある店舗の入り口へと到着した。
扉の両脇にはバニーガール姿のコンパニオンが立っており、その前にはガタイのいい黒服の男が二人立っている。
二人が入店しようとすると黒服の男達が立ちはだかった。
「悪いな。今日はここは貸し切り、部外者の入店お断りだ。別の店へ行ってくれ」
「お前等まだ新入りだな?」
田辺はバニーガールのコンパニオンに尋ねる。
「本当に貸し切りなのか?」
「い、いぇ……その……」
田辺は腕時計のように装着していたデバイスを黒服の男にかざすと、認証情報ホログラムを見せた。
黒服たちはそれを見て慌てて左右に飛びのいて道を開ける。
「失礼しました! 五十嵐様の直属の方とはつゆ知らず……」
「五十嵐様はメガリニアのVIPフロアに居るはず。この中に居るのは誰だ?」
「安田様でございます」
「あいつか……。どうせショーエリア張り付きだろう?」
「…………」
「行こう……。そうだ、まだ名前を聞いてなかったね。俺は田辺、身分は薄々気付いちゃったかも知れないね。君は?」
「鶴見舞子です」
「舞子ちゃん、行こうか」
田辺はマキの手を取って店の中に入ると、出てきた店員に黙って上を指さして見せた。
店員が壁に駆け寄ってキーデバイスをかざすと、ロックされていた扉が開き、上へと登る螺旋階段が現れる。
田辺は先行して階段を登りながら語る。
「安田という男は、俺の同僚みたいな奴だが……ちょっと柄が悪くてね。
危ない仕事を受け持っている。
正直俺はあいつは嫌いだ。
舞子ちゃんもあいつには絶対に近づくんじゃないよ?」
(安田 隆、五十嵐の直属の部下で全国にある電脳遊戯館、いわゆる違法スレスレのギャンブルチェーン店の役員で全国の複数のマフィアと通じている。
高額納税者リストのAランクに常に名前が挙がる。
もちろん裏の金を計測に入れずにだ。
暗殺、誘拐、人身売買、そして娯楽殺人とあらゆる犯罪に手を染めている。
五十嵐の懐刀といった男だ。
だが田辺も同じ穴の狢、気を許すなよ)
二人が螺旋階段を登り切ると、即座にタキシード姿の男が現れてお辞儀をした。
「ようこそいらっしゃいました。田辺様。どうぞこちらへ」
足元までガラス張りの窓と、テーブルに挟まれたバーカウンターへ案内され、二人で並んで座る。
ほかに客は誰も居ない。
この二階は一般客は通されないVIPルームなのである。
「飲み物は何にする?」
「えぇ――と、どうしようかな?」
マキは若干焦っていた。
ドリンクと言っても実験室で見たコーヒーや紅茶、たまにディバと外に出てレストランで見たドリンクバーくらいしか知らない。
「こ、紅茶……」
「マスター、彼女にロング・アイランド・アイスティーを。俺はマティーニで」
「畏まりました」
(君はアルコールは大丈夫なのか? ロング・アイランド・アイスティーはアイスティーという名が付いているがウォッカも入ってて、レディーキラーカクテルと呼ばれている)
(食事などで摂取した成分は体を循環して表皮や髪の毛といった生体組織を代謝させますが、私の人工筋肉や頭脳とは繋がりはありません)
(そうか、ロボットだとバレない様にするんだよ?)
田辺はマティーニの注がれたグラスを手に取ると、椅子を半回転させて窓の方を向いた。
それを見てマキもグラスを両手で持って窓の方を見る。
窓は下のフロアを見下ろすように斜めになっており、下のフロアには中央にショーエリアがあり、ポールダンスを一人の女性が踊っている。
そこに張り付くようにして白スーツの男が椅子を移動させ、ショーエリアの床にグラスを置いて、頬杖を突きながらダンサーを凝視していた。
田辺はその男を指さす。
「あいつが安田だ。絶対に関わっちゃいけない。君のような美人は奴の視界にも入らない方がいいね」
(下のフロアに居るメンバーを覚えておけ、五十嵐の懐刀の安田と私設警備部隊、背後で腕を背中で組んで直立しているのが薬物強化兵による特殊部隊、KUTUWAの隊長、山神だ。
安田は信頼する護衛しか身近におかず、メンバーは変わらない。
つまり彼らの誰かを見かければ、そこに安田が居るということだ)
「田辺さんはどんなお仕事をしておられるのですか?」
「俺? 色々とセキュリティ的な決まり事があってね……あんまり教えられないんだ」
(食いつけ)
「そう……。せっかく二人の距離が縮まり掛けていたと思ったのに、ここまでなんですね?」
「おいおい、仕方がないんだよ、勘弁してくれよ」
「や――だ。勘弁しない」
「仕方がないなぁ。俺は政治家の五十嵐 聖二に雇われ、身辺警護のためのマネージメントを任されている」
「五十嵐ってあの……民青党幹事長の!?」
田辺は黙って頷いた。
「すご――い!」
(警備状況の探りを入れろ)
「私メガリニアの搭乗ゲートで大勢の兵隊さんがここに入るために並んでいるのを見ました。
ひょっとして田辺さんはそのリーダーなのですか?」
「……そう……」
「一番偉いんだ……」
「……そう……」
「すご――い!」
「あんまり大きな声出さないで……」
「兵隊さんって全部で何人くらい居るんですか?」
「兵隊と言ってもいろいろ居るんだよ。いかついパワードスーツを着て重武装をした重装歩兵とか、銃だけ持った私服警備員とかね」
「私が見たのは機械式の中世の鎧のようなものを着て大きな荷物を両手に持った……」
「それは重装歩兵だね。80人居るよ。五十嵐さんや俺にとっては休憩時間でも、彼らにとっては今この瞬間が勤務時間、五十嵐さんの居るVIPフロアの2階層下で警備しているよ」
「じゃぁ私服警備員も一杯いるんですか?」
「あまり物々しい警備を演出したくないからね、見た目は私服だけど皆武装して拳銃や小銃を持って居る。もちろん軍事訓練を受けた戦闘のエキスパート達さ」
「拳銃ならともかく、小銃ってライフルですよね? こうやって撃つ」
マキは意図的に間違った構えを田辺に見せた。
「はっはっは、その持ち方じゃロケット砲だよ。もちろん小銃を持った人間が一般人の居る場所をウロウロしてると目立つからね、いつでも出動できるように待機しているんだよ」
「それ……何人くらいいるんですか?」
「……それはちょっと言えないなぁ」
「いいじゃないですか!? 減るもんじゃ無し」
「50人の4チーム、あとは拳銃を持った見回りが30人くらいかな」
「田辺さんって300人くらいの人達のトップなんですね? すご――い!」
(予想より多いな)
(信頼出来るか不明ですし、あからさま過ぎて有用な情報を引き出せる自信がありません)
(ハニートラップなんてのはそんなものだよ、いつかピースにはまるキーとなる情報が得られたらラッキー程度さ。……仕方がないこっちでも何か探りを……)
突如、田辺の首に掛けられていた馬蹄形の特殊通信デバイスがコール音を発した。
田辺はバイザーを付けて通信相手を確認する。
「ごめんね、ちょっと仕事の電話だ」
マキに断ると、特殊通信デバイスを操作してミュートモードにする。
特殊な逆波長の音波で音声が打ち消され、マキには田辺がパクパク口を動かす姿だけが見えた。
だがマキのセンサーは田辺の喉元の振動と口の動き、耳の細かな振動を分析し、田辺と通信相手の音声を再現する。
「田辺さん、豊国議員が逃走を試みました」
「馬鹿野郎! 何故体の自由を与えたんだ! 今は大丈夫か?」
「申し訳ございません。問題ないだろうと思い、口の自由だけ許していたのですが、見張りがトイレに席を外した隙にメガリニア内のサービスロボットに『あれを取ってくれ』『こうしてくれ』などの口頭での指示を行い、自分のロックを解除したようです。
エレベーターで一般エリアへ逃れる寸前に停止させて確保しました。
今は全身を再び制御下に戻してフロアV2のS33号室に軟禁しています」
「マリオネット・インプラントのコントロール装置を同じ部屋に置くな! 私服警備員のDチームの待機している倉庫があるだろ」
「一階下の第三貨物倉庫ですね?」
「コントロール装置はそこで保管させろ」
「了解しました」
(……グッドだ……)




