第二話「信頼を買う為の戦い」
ディバ達と藍式神社の祭りの観光をした翌日。
マキはアンダーワールドの僻地のメンテナンス用通路を歩いていた。
普段はアンダーワールドの住人ですらこの一帯を通ることは無い。
人間が居住するのに必要なライフラインが通っていない為である。
マキは通路の突き当りにあったドアを開く。
ロックは解除されており、すんなりと開いた。
そこは5メートル四方ほどの小部屋であり、中央に椅子があり、下半身が6輪の車輪付きのスカートのようになった、古びたヘアスタイリスト・ロボットが居るだけである。
マキが部屋の中に入ると、背後でビープ音が鳴りドアがロックされる。
そして部屋の天井に設置されたスピーカーからBGMではなく合成音声が響く。
「ようこそ、マキ。約束通り来てくれて感謝する」
「貴方がレジスタンスのメンバーの方ですか?」
「そうだが、今は詳細を話せない。君をレジスタンスに受け入れるには信頼が足りない。
分かってくれるね?」
「信頼……」
「君の隠された本質が、重要な時にどういう選択をするのか? 我々はそれを見極めたい」
「分かりました。私にできる事であれば……一体何をすればいいのですか?」
「君が出来る事をやってくれればいい。周りの人達には……」
「手紙に書いてあった通り、二日間の休暇を貰い、アンダーワールドを一人で見て回ると言ってます」
「よろしい。先ずは君に一時的にだが髪の色を変えて、髪型を変えて貰う。そして特殊なナノマシンを顔に付けて、顔も変えて貰う。ヘアスタイリスト・ロボットに身を任せてくれたらいい。
そこの椅子に座ってくれ」
マキは中央に置かれた椅子に座った。
ヘアスタイリスト・ロボットが動き始め、マキの髪を櫛で弄り始める。
「君にやって貰いたいのは地上での人物の救出だ。
十年以上前から野党に転落した自由国民党の国会議員、豊国勝彦」
マキの目の前にホログラムの映像が映され、豊国議員の姿が回転を始める。
「今日の10時平和島発のメガ・リニアに乗って四国の香川県へと向かう。中華人民共和国から訪問する議員団の歓迎式典に参加する為だ」
「さっき、救出とおっしゃりましたが、メガ・リニアでそこへ向かう豊国議員は偽物で、本物を救出するという事ですか?」
「いや、救出するのは君が見ているまんま、民青党幹事長の五十嵐の隣に立って歩いている豊国議員だ。
彼は間違いなく豊国勝彦、本人だ。声紋、虹彩、体の特徴全てが一致する。
ただし、マリオネット・インプラントを施されていて、自分の意志通りに動けていない。
五十嵐の操り人形になっているんだよ。
ここ一年、ずっと五十嵐にべったりつきっきりで動かされているのもその為だ。自由にすると困るんだよ。
五十嵐がね」
「私はどうすればいいのですか?」
「コールガールの一人としてメガ・リニアに潜入して貰うう。
この任務の間、君の名は鶴見舞子、職業は高級コールガール。
五十嵐が集めた50人のコールガールの内の一人だ。
メガ・リニアにはVIP用に大規模ホテルやリゾート施設に匹敵する設備が内臓してある。
今回、五十嵐が空路でも地下のHPTシステムも使わずに、わざわざメガ・リニアで移動するのはその為、完全に五十嵐の趣味の為だ」
「一時間くらいおとなしくしてればいいのに……」
「まったく同感だ……。五十嵐ほどの人間になると、常時国費を用いて地域のブロック単位で厳戒態勢が敷かれる。
そんな中から豊国議員を救出するのは無理だ。
だが、今回急遽決められたメガ・リニアでの移動中は五十嵐の私兵しか居ない」
「どのくらいの規模ですか?」
「軽量級パワードスーツ8体、中規模パワードスーツ2体、重装歩兵50人、私服警備員100人、ボディガードとしては五十嵐直属の女性型のアーマード・バトルアンドロイドの3人衆と、薬物強化兵が居る。だがこれでも平時よりははるかにマシだ」
「……応援はあるのですか?」
「豊国議員との接触まではただのコールガールとしての日常行動をしてくれればいい。危険も戦闘も無いはずだ。ただし人目に触れずに豊国議員のマリオネット・インプラントの解除をする必要がある。これに5分かかる。
そしてそこから豊国議員を連れて脱出する際に、戦闘になる可能性が高い。
そこからは我々が何らかの形で応援を送る。
ただし現時点では詳細は伝えられない。だが道中のナビゲーションは常に行う」
「正直に言って日を改めて、作戦の見直しをする事をお勧めします……」
「先日、豊国議員の秘書の小林が飛び降り自殺した。
もちろん自殺ではなく殺されたのだ。検死記録や目撃証言の改ざんの痕跡を確認した。
小林は度重なる拷問を受け、脳が完全に委縮していたそうだ。
根拠をここで語ることは出来ないが、このままでは豊国議員が暗殺される危険性が極めて高いと我々は見ている。
これが最後のチャンスだ」
「……」
「どうかね? 受けてくれるかね? 無茶を言っているようだが、我々に加わるというのはそういう事なのだ。それとも我々の思う正義に賛同出来ないかね?」
「今の私には情報が不足しているので真実は分かりません。しかし、状況判断プログラムはレジスタンスに合理ありと判断しています。
そして……」
マキは自分の胸に手を当てた。
「カイさんの衝動が私にこの話に乗るべきだと……要求しています。私はカイさんを信頼します」
「……そうか……」
「装備は何でしょうか?」
「君には身一つで潜入してもらう。ただし、目の前のトレイにある錠剤を呑んでくれ。
あらゆる武器のプロテクトを解除するタブキー、うちのメンバーの特製だ。
そして受けてくれて感謝する。
拒否されれば君を二日間、ここに拘束し続けねばならなかった……」




