第四話「移動中ホバーヘリ内でのミッションブリーフィング」
「さぁ。早く乗りたまえ」
八菱重工軍事研究施設の地上40階の駐車スペースには多数のホバーカーに混じり、兵員輸送用のホバーヘリが離陸の準備に入っていた。
兵員の乗るスペースは向かい合うように座席が壁にそって長椅子のように作られている。
中央に天井から下がる作戦立案用の透過式液晶パネルが下げられている。
黒沢とその秘書は既に並んで座り、桃音博士と女性助手のディバに手招きをしていた。
桃音博士、ディバ、そして基本装備で武装したマキは3人並んで黒沢の向かいの席に座る。
「よし、発進しろ」
「ロジャー。 ハッチを閉めます。お気をつけ下さい」
ホバーヘリは後部のハッチを閉じると低い音を立ててゆっくりと浮遊を始めた。
駐車スペースの一角の壁が開き、ホバーヘリは40階の高さから外へと飛び立つ。
横に二つ並ぶ席に座ったパイロット二人は、座席の全周を覆う透過映像に映し出される航路ガイドを見ながら進路を決めて進む。
黒沢が話し始めた。
「今朝ネオ東京のH39地区で大規模停電が合ったのはご存知かな?」
「ええ、ニュースになっていましたからね。
この時代にこんな大規模な停電が起こるなんて珍しいですからね」
「私はいつも通勤時その地区を通るんですが、停電の影響か迂回させられました。大きな事故でもあったんですかね?」
「その地区は今も閉鎖してある。事故では無いんだよ。
もっともSランクの情報操作が行われているから上級市民の君達ですら知らないのは仕方が無いことだがね」
黒沢はタッチパネルに手を伸ばし操作する。
兵員スペースのブリーフィング用透過液晶パネルにはアイアン・エンジェルが零式熱小銃を乱射しながら大勢の兵士を殺戮する映像が映った。
最後にカメラに向けて射撃を行い、映像が終わる
「何て事、こんな事が直ぐ近くで起こっていたなんて!
桃音博士、どうしたんですか?
さっきから顔色が良くないですよ?」
「研究所の古株の桃音博士ならばご存知ですな?」
押し黙っていた桃音博士はつばを飲み込み呼吸を整えて口を開く。
「少し部品が無骨で荒い作りに見えるが……
あれは間違いなくアイアン・エンジェル、プロトタイプ。
何故こんな所に……。
何という事だ……」
「その通り、君の研究所で8年前に暴走し、多くの研究者を殺害した制圧用のヒューマノイドロボットだよ。
マキちゃん。君の先輩にあたるロボットだ」
「そんな事が有ったんですか?! 私は初めて聞きましたよ?」
「隠蔽したのだよ。私の力でね」
「あのプロジェクトは中止され、資料も部品も全て破棄された。
開発主任だったレブナント博士は解雇され……、
まさか……レブナント博士が……」
「我々もそう考え、彼の居所を探ったのだ。
レブナント博士はH39地区の古いアパートに今まで10年以上住み続けていた。
現在、特殊作戦部隊が彼のアパートに突入している頃だ」
「レブナント博士は……天才だった……。
だが心が歪んでいた。
人事部の精神鑑定プログラムが危険人物と判断したのも解雇の要因だったんだよ。
社会を恨んでの凶行か……」
「彼がロボットに命令を行っているのであれば止めさせる可能性は無くはない。
だが軍のどんな機器もロボットが外部と行う通信を検知出来ていない。
希望は薄いということだ。
突入の結果とは別に現地に着いたら即座にそこのマキちゃんにはアイアン・エンジェルの破壊へ向かってもらう」
「桃音博士、アイアン・エンジェルのスペックは……」
「全身主要箇所がオリハルコンアーマーと同じ素材、ちょっとやそっとの銃撃は通用しない。
戦闘AIはデスナイト13α……8年前の最後のスペックはね」
「それならばマキの方が上ですね。
マキ……頑張るのよ」
「……デスナイト13αは……あんな動きをしない……。
8年間で相当な改良が加えられていると見るべきだ」
「そんな……」
ディバはマキの手を固く握った。
突如秘書が黒沢に向き直って言う。
「これからレブナント博士のアパートに突入するそうです。
ライブ映像を映しますか?」
「映せ」
秘書がタッチパネルを操作して携帯機器からケーブルを繋ぐと、透過スクリーンに突入兵士のライブ映像が映された。
「こちらアルファチーム。
アパートのドアは既に破壊されている。
ブラボチーム!
他の場所は確保済みか?」
「ブラボチーム、非常階段は既に確保済み。
何時でも突入出来る」
「チャーリーチーム、既に狙撃の準備は完了している」
「それでは開始する。
ファイアインザホール」
閃光手榴弾がアパートの奥へ投げ込まれ、爆発音と同時にライブカメラ映像が突入する隊員に追従する。
隊員達がアパートの大広間に入り込むとその片隅にロボットのメンテナンスがされていたであろう機材が散乱していた。
ポールダンサーが踊るような小さな台座が置かれ、その上には無数のケーブルが垂れ下がっている。
幾つかのケーブルは引き千切られたような跡があった。
カメラは机にうつ伏せの人影を捉えた。
「手を上げろ! 手を上げろおぉぉぉ!」
カメラが近づくと机にうつ伏せ状態の人影は既に白骨死体であった。
近くには茶碗と箸が転がっている。
隊員は携帯デバイスを取り出して死体を分析に掛ける。
「ターゲットを確認した。
これはレブナント博士だ。
死後8年間ほど経過している。
衣服には目立った外傷無し。
食事中の突然死だと思われます」
「孤独死か?
だが家賃や生活費は払われていたんだろう?」
「自動引き落としです。
レブナント博士は隣人と交流が無かったそうですから誰も気付かないでしょう。
ここ8年間については交流のしようが無いですけどね」
しばらく近くの今も動き続けるコンピューターと機材を触っていた情報担当の情報隊員が声を上げる。
「見てください! この履歴。
アイアン・エンジェルはシミュレータの中で8年間ずっと戦闘訓練を絶え間なく続けていたようです。」
情報隊員がケーブルを接続するとレブナント博士の大広間の巨大スクリーン、そしてホバーヘリ内、桃音博士達の眼の前のスクリーンに映像が流れた。
アイアン・エンジェルが燃え盛る炎の中、兵士と、戦車と、戦闘ヘリやパワードスーツと延々と戦いを繰り返す記録映像である。
ウィンドウが次々と開かれ、戦闘映像で埋め尽くされる。
「シミュレーターのAIもアイアン・エンジェルのAIと同様に成長型のAIのようです。
年月が経つにつれて、敵の数も強さも、戦略の狡猾さも加速度的に進歩を遂げたと思われます。
……今日の停電でコンピューターが強制的に再起動したようです。
その影響でアイアン・エンジェルは永久に閉じ込められるはずの監獄、シミュレーターから自分の体へと戻ったみたいです。
シミュレーターのスコアを見つけました。
陸軍兵士10000人、特殊部隊員3000人、パワードスーツ500体、戦車2000両、ホバーヘリ242機、戦闘サイボーグ580体……、
相手に単独で戦い、撃破して生き残っていたようです。
アンビリーバボー……まさに百戦錬磨、陸軍壊滅に納得です……」
黒沢がマイクを取って現場の隊員に言った。
「軍事シミュレーションなど今の時代常識だ。
君達だって数は多少違っても繰り返し戦っただろう?
何をそんなに驚いているんだね?」
「黒沢さん……、これは本日のスコアです……」
ディバは息を呑み、無言でマキに覆いかぶさるように抱きしめる。
マキは無機質な目で映像を凝視していた。
 




