第十話「炎の猛追」
ディバはマーシャを抱きかかえたまま地下鉄駅へ通路を戻り、階段を5段飛ばしで駆け降りる。
後を追うキャシー・パイロは凄まじい勢いで距離を詰め、階段を下り切ったディバに向けて足を止めて片手を向けた。
そして猛烈な勢いで火炎放射が手首のパイプから放たれる。
炎はディバの足元をかすめたが、間一髪ディバは右へと進路変更し、キャシーの視界から消えた。
「ちっ、”下向きは”厳しいか……」
キャシーは10段飛ばしで階段を駆け下りる。
【緑蝉:右足で一時的に摂氏300度以上の熱を感知しました。ハザードレベル、クリティカル。スーツを絶対に脱がないで下さい】
「マーシャ! 怪我は無い? 熱くなかった!?」
「大丈夫だよ。ねぇ、何故戻るの? お家はどうだったの?」
「マーシャ! お願い! 今は目を閉じてしっかり掴まってるのよ!」
「誰かが追いかけて来る足音が聞こえるよ?」
ディバは鍵の掛けられたドアを見つけ、ドアノブを握る。
そして生体型バイオハザードスーツの筋力アシストを使って強引にねじ切るように鍵を破壊して開けた。
中には上層へと向かうスチール製の登り階段がジグザグに往復するように上へと伸びている。
ディバは全速力でそれを駆け上がる。
だが3往復ほど、高さ4メートルほど登ったころ、下の壊れた扉からキャシーが顔を出し、上を見上げた。
(不味い!)
ディバはさらに上へと登るつもりだったが諦め、1階層上のフロアへと続く扉を強引に開けて駆け込む。
キャシーは一歩引いて入り口から姿を消すと、両手を階段のある部屋を向け、猛烈な炎を噴射した。
炎は気流を作って階段エリアの空間を焼き尽くしながら50メートル以上の高さまでを高温に包む。
炎の性質、煙突効果により上向きの炎は勢いを増し、キャシーの周囲に一時的に階段フロアの入り口に流れ込む猛烈な風が吹いて髪の毛をたなびかせる。
ディバは間一髪階段フロアから飛び出して旧地下鉄の別路線乗り継ぎフロアを走っていた。
背後の入り口からは猛烈な熱と光が照らしだす。
【緑蝉:20メートル背後で摂氏800度の熱源を検知しました。極めて危険なエリアと推測されます。即座に安全な場所へ退避することを推奨します。】
ディバは一瞬立ち止まり周囲を確認した。
本来長々と続いていたであろう通路は土砂崩れで埋まっており、通路の左右へ枝分かれした道が一本ずつある。
猛烈な炎を噴出し続ける影響でまだキャシーが追いついていないのを確認し、ディバは右の通路へと駆け込んだ。
キャシーは炎の噴出を止め、階段のある空間に入り込んで上を見上げる。
3階分くらいのスチールの階段は赤熱して猛烈な放射熱を放っている。
だがディバ達の姿は無く、壊された上階の扉を確認した。
「うふふふふ。興奮させてくれる獲物は大好きよ?」
キャシーは赤熱する階段を3段飛ばしで駆け上がって登り、ディバが逃げ込んだフロアへと入る。
そして左右に枝分かれした通路で両方の道をキョロキョロと確認する。
右の通路にはマーシャーが履いていた靴の片側が落ちていた。
「あらあら、ダーリンの狩場と被ってしまうかも知れないわね。でもチェックメイトよ」
キャシーは左の通路の床に3つ、円盤型の小型の吸着地雷を投げて配置すると右の通路へ駆け込んでいく。
吸着地雷は床に安定するとフィルターが開いてカメラがむき出しになり、センサー機動音が3連続で小さく鳴った。
「マーシャ! 地下鉄駅の上の階を今走ってるわ! 右の道に駆け込んだのよ! どこに続いているか分かる?」
「一本道で一周回った後に同じ場所の左の入り口から出て来るの。でも途中の分かれ道でお友達のサシャちゃんの家へ行ける道があるの」
「その道はどのくらい行ったところにあるの?」
「歩いて10分くらい? 本当は左から行った方が近いのよ?」
数十秒間の間にキャシーはディバの背中を50メートルほど前に捉えていた。
ディバにはパワーアシストがあるとはいえ、元来の機動力が大きく違うのである。
キャシーは再び腰の耐熱カバーを開き、デリンジャーくらいの大きさの銃を取り出すとディバを狙って走りながら5発ほど射撃する。
3発がディバの右太もも、左ふくらはぎ、右足首に着弾し、バイオハザードスーツに突き立つ。
【緑蝉:破損情報。高速で飛来した破片で足の装甲の一部が破損しました。
修復を試みます。
化学薬品を検知しました。
化学式C14H22N2O・HCl。
塩酸リドカイン。
麻酔薬です】
「スーツの機能は大丈夫なの!?」
【緑蝉:破片は内部カルシウム装甲を貫通していません。
人体への影響はありません。
スーツ内流動体に浸透していますが浄化可能です。
人工筋肉への影響はありません】
ディバはマーシャの体がキャシーに見えないように注意して抱えなおし、走り続ける。
「お姉ちゃん!」
「マーシャ! 目を閉じてなさいと言ったでしょう!」
「お姉ちゃん! サシャちゃんのお家へいく道を通り過ぎちゃったよ?」
「!」
キャシーは既に距離を詰め、30メートルほどに接近している。




