第九話「炎の肉食獣」
下水溝を歩いていたディバはメンテナンス用通路へ登る梯子を見つけると、その金属プレートの通路を歩く、クマの人形を抱えた少女に言った。
「そこで待ってなさい! いいわね?」
少女は手すりにつかまってディバの様子を黙って観察している。
ディバは梯子を上って少女に駆け寄ると腰をかがめて少女を見つめながら尋ねた。
「私はディバ、あなたお名前は?」
「マーシャ。おねぇちゃん……臭い……」
少女は片手で自分の鼻を摘まむ。
ディバはその場に直立すると片手を空中に挙げてサインを形作り、生体バイオハザードスーツのホロコンソールを呼び出して操作した。
【生体型バイオハザードスーツ緑蝉:外部循環器系を活性化しクリーニングを行います。1分間お待ちください】
「お姉ちゃん、それ宇宙服なの?」
「えぇ、似たような物よ」
少女は興味深そうにディバの背後に回り込んでしげしげと観察する。
【生体型バイオハザードスーツ緑蝉:クリーニング完了しました。有害物質をカルシウム膜で包んでカプセル化して排出します。】
ディバの背中側、おしり辺りから白い缶ジュースくらいの大きさのカプセルが排出され、金属プレートの床にコトリと落ちる。
「! お姉ちゃん! 卵産んだよ!」
「それ触っちゃだめよ!」
ディバはカプセルを掴んで下水溝に投げ捨てる。
「マーシャちゃん、どうしてこんなところに一人で居るの? 迷子なの?
ここはとっても危ない所なのよ?」
「お友達の所に遊びに行くの」
「駄目よこんなところに来ちゃ。お家に送ってあげるわ。道は分かる?」
「うん。こっちよ!」
マーシャは背を向けるとメンテナンス通路を駆け出した。
あわててディバも後を追う。
二人はいくつもの曲がり角を曲がり、梯子を上り下りしながら5分間ほど移動していた。
5メートルほどもある梯子を下りてから壁際にある扉を抜けて廊下を進み、再び扉を開ける。
そこは使い捨てられた地下鉄駅の廃墟があった。
そしてそこには5、6体の黒焦げの死体が焚き木のように炎を上げて散らばっていた。
マーシャは目を見開いて息をのみ、ディバは慌ててマーシャの目を隠して状況を確認する。
【緑蝉:負傷者を発見しました。状況をスキャンします。】
(身体の80%が炭化しています。死亡確認。蘇生の見込みなし)
(身体の76%が炭化しています。死亡確認。蘇生の見込みなし)
(身体の90%が炭化しています。死亡確認。蘇生の見込みなし)
(身体の83%が炭化しています。死亡確認。蘇生の見込みなし)
(身体の85%が炭化しています。死亡確認。蘇生の見込みなし)
(身体の79%が炭化しています。死亡確認。蘇生の見込みなし)
生体型バイオハザードスーツは化学兵器で汚染されたエリアでの医療活動も想定して作られており、即座に負傷者の分析が行われてヘルメットのディスプレイにAR表示が並んだ。
(一体何が起こっているの? この人たちは何?)
ディバの頭には疑問が渦巻いていた。
しかし今は自分の手元にいる少女を助けなければならない。
喉元から出そうになる声を必死で飲み込む。
そして皮肉にも、ディバが何日間も彷徨った地下迷宮、アンダーワールドの道を知るのは彼女が守るべき少女である。
「マーシャ、私が抱っこしてあげるからしっかり目を閉じているのよ?」
ディバはマーシャを抱き上げる。
少女は言葉に従い、しっかりと目を閉じてディバに抱き着く。
「マーシャ、目を閉じたまま思い出して頂戴。貴方のお家へ帰る道はこの駅のどこの道を通るの?」
「男用と女用のトイレがあるところをまっすぐ進んで、最初にある上へ向かう階段を上るの」
「オーケー」
ディバは少女を抱えたまま地下鉄駅を進む。
このバイオハザードスーツには微量ながら人工筋肉によるパワーアシストがある。
その為、ディバは30kg近くある少女を抱きかかえたまま、ヒョイヒョイと階段を上って進む。
階段の先に続く50メートルほどの廊下を進み、L字型の角を曲がって元地下街と思われる広大な空間に出てディバは絶句した。
さっきの黒焦げで炎を上げる死体が無数にある。
そしてそのど真ん中に全身をタイトスーツに包み、小型のカプセルや吸盤のような機器で全身を覆った女性が一人、背中を向けて立っていた。
その髪は小さな火で燃え上がっている。
キャシー・パイロである。
彼女はマーシャと入れ替わりにここへと到達、たった今目につく住人達を殲滅したところであった。
キャシーの腕から、炭化した首が転げ落ちて粉々になる。
その拍子に彼女は振り返り、ディバと抱きかかえられたマーシャを見た。
ディバは彼女の目を見て凍り付く。
軍事技術にかかわりながらも、研究者として平和に人生を送ってきていたディバは、
『生まれて初めて、自分に殺意を持つ肉食獣の目を見た。』
「マーシャッ! しっかり掴まってなさい!」
ディバは元来た通路に向けて走り出す。
「何? ねぇ私のお家があったでしょう? 皆居たでしょう!?」
「マーシャ! 今地下鉄駅へと戻っているわっ! 遠くの安全な所へ行ける道を教えて頂戴!」
キャシー・パイロはディバが走り去るのを見ると無言でスキップするように逃げた方向へ進み始めた。
そしてチーターのように加速する。




