第八話「息つく暇のない逃走」
ハンニバルズの指揮官はクラブ音音に押し入った隊員達からの報告を受けて激高していた。
「もぬけの殻だと? お前たちはこう言いたいのか。内閣直属の特殊作戦遂行部隊、エリート中のエリートのハンニバルズが、素人の立てこもるクラブを数倍の人員で完全包囲し、ホステス相手に多くの被害を出したうえ、誰一人として仕留めることが出来ず、全員を逃がしてしまいましたと……」
「……しかし……相手は素人ではありません。熟練した作戦を遂行する戦闘のプロが数人、それにフライソルジャーまで居まして……」
「いい加減にしろっ! お前たちはそのプロの頂点だろうがっ!」
「申し訳ございません! 今すぐ追跡部隊を編成します……」
「馬鹿がっ! 我々は存在すら秘密の部隊。何のために交通封鎖までやらせたと思っているのだ!
人込みに交じって追跡しますってか!?」
「……しかし……」
「もうすでに上に報告して警察が逃げた奴らを追っている。我々の役目は終わりだっ!」
一方町の人込みの間をすり抜けるようにマキは必死に走っていた。
すぐ後ろ、50メートルほどの距離を警官達が追跡している。
道路脇など通ろうものならあっという間に車や電動バイクで回り込まれる為、あえて何層にも渡って道路の上に重なる空中歩道、歩行者天国の中を突き進んでいた。
息を切らせながら追いかける警官が首にかけた無線機で通話する。
「第一目標の少女型の暴走アンドロイドは今3層の空中歩道を逃げています。……はぁっ、はぁっ!
次の交差点から誰か回り込ませてください!」
「大丈夫だ既に回り込んでいる! それよりEMPスラグを打ち込むのは無理か?」
「人が多過ぎます。誤射すればけが人が出る!」
マキが空中歩道の交差点の上部まで差し掛かると前、右、左全ての方向から複数人の警官が駆けつけるのが見えた。
マキは通行人が手に持つ紙袋を奪うと中身を地面に捨て、その紙袋を座布団替わりにしながら一つ下の層の空中歩道へ続くエスカレーターの手すりを滑り降りる。
「きゃぁ!」
「なんだなんだ?」
驚く人々の隣をものすごい勢いで通り抜けた。
だが第2層の空中歩道もまた四方から包囲されつつあった。
「ほかの逃亡者は無視してていいんですか?」
「最優先はあのアンドロイドだ! それ以外は無視していいとのことだ。撃てそうか?」
「無理です! 人が多すぎます」
「そっちへ行くぞっ! 絶対捕まえろ!」
「ちょっ、俺生身なんだけど……何人も殺した軍用アンドロイドなんだろ!?」
「今は一般女性の力しか出せないはずだっ!」
マキは前方に突き進む。
前方で待ち構えていた警官は気が小さいのか、まっすぐ自分へ向かってくるマキに恐怖した。
そして寸前で横へと飛びのいて伏せる。
「馬鹿野郎! 何やってるんだ!」
マキはそのまま歩道を突き進み、横に並ぶ百貨店のビルの2階入り口へと駆け込んだ。
だが後ろ50メートルほどを追ってくる警官達との距離は広がらない。
行きかう人々の隙間を走り抜け、こんどは1階へと降りる階段を5段飛ばしで駆け降りる。
だが1階でも人込みに紛れ、遠くに何人もの警官がこちらを見ながら近寄ろうとしているのが見えた。
マキは近くの衣装立てを乱暴に持ち上げると、建物内を二つのフロアに分けるガラスをぶち破る。
同時にあちこちから悲鳴が上がる。
「きゃぁぁ! 何何?」
「あの女のひとが暴れてるんだ」
「お巡りさん! あっちですよあっち!」
マキは隣の荷物輸送フロアに駆け込むと貨物トラックにならんで地下道へと進み、地下1階からビルの外へと飛び出した。
だがすでにそこには先回りした複数台のパトカーが停車し、警官達が銃を構えていた。
「動くな! 手をあげろ! 少しでも逆らえば撃つぞ!」
観念したマキは足を止めて両手をあげた。
だが警官の一人が持つ鎮圧用のショットガンが発射され、EMPスラグの弾丸がマキの片手をかすめる。
「馬鹿っ! 止めろ! 抵抗してないだろっ!」
「すいません。つい……」
警官に包囲されたマキの体を突如モザイク状のフィルターが足元から隠すように覆っていった。
「なんだ?」
フィルターはマキの全身を覆い、ノイズとともに透明化して晴れていった。
中から現れたのはカムイであった。
「撃たないでくれ! 抵抗しない!」
カムイが上げた片腕をびっしりと覆うデバイスの一つ、イリュージョンデバイスがさっきの弾丸の衝撃を受けて破損し、煙を上げていた。
「騙されたようです。あれはイリュージョンデバイス、それほど広く流通しているものではないですが、ホログラムを使った変装道具です」
「……A班! そいつを拘束しろ! その他全員、捜索のやり直しだ! 町中の監視カメラ映像もチェックしろ!」
この時代には珍しく自然の木で覆われた山がビル群のそばにそびえ立つ。
もともと東京は広大な平地ではなく、小高い丘がいくつもある地形がベースである。
いくつものビルが建っては取り壊され、近くの風景は時代と共に移り行くが、山は何百年経っても動かない。
戦国時代のどこかの武将が掲げた旗「風林火山」の山の意味、動かざる事山のごとしとはまさにこのことを指す。
ちっぽけな人間の所業を超越して自然は存在し続けるのである。
この山の頂上には一千年前から立ち続ける神社があった。
その名を白蓮神社という。
そこに至る何百段もの石段を駆け上がる少女が居た。
本物のマキである。
力を制限されているとはいえ、人間のように疲労はしない。
スピードを落とすことなく石段を登り切り、白蓮神社の看板の付いた巨大な朱色の鳥居をくぐった。
するとマキを二人の人影が出迎えた。
一人は人型をして特殊プラスチックで全身を覆った長髪の女性型のロボット。
もう一人はこの神社伝統の衣装、赤い袴に白装束をきた16歳くらいの巫女である。
ロボットが電子音交じりの声でマキに呼びかける。
「ようこそ白蓮神社へ。貴方が来るのを待っていました。遊里、拝殿で今すぐオペの準備をお願いします」
「ちょっと流華、今日来る予定の客人ってこの人なの? っていうかオペと言っても私人間の手術なんて出来ないわよ?」
「彼女はアンドロイドです」




