第二話「第三世代アンドロイド」
数十階建てのビル群の間を片道3車線ほどの広い道路が伸びる。
その上を走る無数の電気自動車の放つ光が、天の川のように流れる。
その道路はとある巨大なビルの前で方向を45度変えていた。
周囲のビルに比べて高さは倍以上、幅は一般的なビルの10倍ほどはある。
遠くに見えるアルコロジー程ではないが、ビルの親玉、要塞と言える大きさである。
このビルは八菱重工の所有する軍事研究施設である。
八菱重工は日本国軍陸軍省の最大取引先でもあり、兵器開発を行う中では日本最大の企業である。
「ご覧の通り、この第三世代アンドロイドは従来のアクチュエーターではなく、全身のカーボンナノチューブマッスルを動力源にしています。
人間と同じ配置、人間を超える精密さ、何億というシミュレーションを経て、人と同じ姿をしながらこれだけの動きが出来るわけです。」
分厚い防弾ガラスで囲まれた20メートル四方ほどの空間の中でレオタード姿の少女がバク転、バク宙やジャンプを繰り返し、優雅に新体操のダンスを踊っていた。
そのガラスの前ではでっぷりと太った政治家が秘書と思われる女性を側に立たせて座っている。
研究者と思われる白衣を着た老人とその助手の女性がその前に立って政治家に説明をしていた。
ケージの中で踊るアンドロイドの頭上高さ5メートルほどの位置に空中を渡る通路がある。
その通路で台車に多くの金属球を載せて運ぶ職員が居た。
台車から一個金属球が落っこちる。
「あっ! 危ない!」
政治家の秘書が声を上げる。
鉄球はボーリング玉ほどのサイズがあり、重量は50キロ近くはあると思われた。
ケージの中の少女は片手でガキンと鉄球をキャッチすると空中に軽々と放り投げた。
高さ3メートルほどまで上がった鉄球に向けて体を斜め回転させながらジャンプし、両腕から飛び出したブレードで何度か切り裂いた後に再び鉄球を掴む。
政治家が見守るガラスの前まで側転しながら来ると手を離し、鉄球を地面に落とした。
鉄球は押しつぶされて少女の手形がめり込むように付けられており、少し地面を転がると3つにスッパリと切断された状態で分裂した。
驚いてケージを見ていた研究者助手が冷や汗を流しながら向き直って話す。
「こ、このようにその筋力は並ではありません。硬質ステンレスのジャイロボールですらこの状態です。」
研究者助手は上から心配そうに眺めていた職員に指示をする。
「あなた気を付けなさい! ついでにそのパネルのプログラムBを動かして!」
職員は慌ててパネルを弄る。
ケージの中、アンドロイドと政治家の間に厚さ20センチほどの大型テレビほどの鉄板がマジックハンドで吊り下げられてきた。
「最新の戦車の正面装甲で使われているものと同じオリハルコンアーマーです。 マキ! あれを」
アンドロイドはボクシングのようなポーズを取るとマシンガンのような速度で両手からブレードを出したり引っ込めたりしながらプレートを殴りつけた。
あっという間にプレートが穴だらけになっていく。
最後にブッスリと突き刺し、ブレードがハサミのように開いて中から管が出てきた。
まるでハチの針のような構造である。
政治家の眼の前で管からゼリー状の液体が少しだけ垂れ落ち、地面で小さな爆発を発生させる。
「液体爆薬を敵の装甲内で爆破させます。今は威力を制限していますが内部の機構を破壊するには十分でしょう。」
アンドロイドのブレードから出る管の先からササクレ立つように4つの突起が起き上がって放電する。
「また、装甲内部でEMPパルスを投射することも可能です。最近の兵器は装甲にEMP対策をしているものが多いですが、内部まで防ぐことは不可能でしょう。」
「なるほど、見た目では人間と区別が付かず、百戦錬磨の特殊部隊員並の肉体的能力と判断能力を持ち、厄介なロボット兵器とも戦えるか……。
素晴らしい兵器だ。
浸透工作にも特殊部隊員サポートにも、軍用にも使えるな。
だがAIの暴走などの対策は大丈夫かね?
8年前の事を忘れたわけではなかろう。」
「もちろんです。今はケージの中で機能の使用を許可していますが、彼女の全機能はデバイスドライバのダウンロードからして作戦開始時の許可によって行うようになっています。
これは人工筋肉の筋力に関してもです。
日常では一般女性と同等の力しか発揮できません。
司令本部の許可が出てデバイスドライバをその場でダウンロードしてセットしなければ、物理的に力を発揮できないのです。
ミッションが終了と同時に、かつ終了しなくても一定期間をすぎれば自動でドライバ消去する仕様になっています。」
突如秘書の腕のデバイスがピーピーと音を響かせた。
秘書はグラス型デバイスに手を当てて情報を確認し、政治家に言った。
「黒沢さん、緊急通信が入っています。レベルSです。」
「誰からだ?」
「陸軍省の岩木大佐です」
「繋げ」
黒沢と呼ばれた政治家はしばらく通信相手の誰かと会話をしていた。
特殊な通信機器が持つ機能のサウンドイレイザーによって周囲の人間には音が一切聞こえない。
だが、時折怒鳴り立てたり、呆れて絶句したりしているのは見て取れた。
ケージの中のマキも無表情、無言で注目している。
「桃音博士、早速君達の開発したアンドロイドの実地試験を行うチャンスが来たようだ。喜びたまえ」
「一体どうしたのですか? 只事では無さそうに見えましたが」
「それは移動中に説明しよう。この試験結果によってはこのアンドロイドを採用候補に入れることになるだろう」