第四話「目的を失ったアンドロイド」
ネオ東京の中流層の住むビル街と警察権力すら届かない危険なスラム。
その中間の境目にカムイの住居兼事務所があった。
カムイは近くの立体駐車場に車を停めると、3階建てのビルの入り口を入っていく。
カムイが自動ドアを通り抜けたと同時に眼の前の空間にホログラム映像の女性が現れてお辞儀した。
ハウスキーパーAIである。
「おかえりなさいませ。マスター。本日の依頼者、訪問者はありません」
カムイのあとに続き、マキは応接室のような部屋へと入った。
そして客用のソファーに座る。
窓のそばに立って外の風景をしばらく眺めていたカムイは壁面パネルを操作する。
途端に窓の透明度が下がり、グレイの壁となった。
「何か飲み物は要るかい? コーヒー、紅茶、それともエネルギーセルやオイル類のほうがいいかな?」
「私の基幹エネルギーセルは300年以上は持ちます。
表皮の生体組織維持のため、紅茶を頂ければありがたいです」
「紅茶二つよろしく」
カムイが叫ぶと奥からお盆に二つの紅茶を載せたアンドロイドが現れ、机の上に置いた。
そのアンドロイドはマキとは違い、白を基調として青いラインでアクセントの付いた無数の軟質プラスチックプレートで全身を覆っている。
その隙間からは機械が丸出しである。
「生体組織で覆われたアンドロイドか……。アングラで出回る粗悪品は見たことがあるが、ここまで人間そっくりなのは初めてだよ」
カムイはマキの体を珍しそうに眺める。
マキは机のそばに立つアンドロイドを少し眺めてから言った。
「彼女はメイドロボですか?
メイドロボにしてはセンサーが充実していますね。
可視光センサーだけでなく、赤外線センサー、超音波スキャナー、X線センサー、MRIセンサー……。
先程から猛烈に超音波を浴びせられていますが、X線センサーとMRIセンサーの使用だけは止めて頂きたいです」
「ロボットの目は誤魔化せないか……。レビィ、聞いてのとおりだ」
「了解しました。パッシブセンサーの使用を停止します」
カムイは紅茶を少し飲んで続ける。
「悪かったね。俺はバウンティハンターとして怨霊を狩るだけじゃなく、人探しや素行調査、一般人が巻き込まれたマフィア絡みのトラブルの解決やネゴシエーションなど、地域特有の幅広い階層の顧客を相手にしている。
中には俺を利用して捨て駒や囮にしようとする輩もいるんだよ。
それにとんでもない事情や背景を隠したまま依頼に来る客だっている。
自分の身を守るため、そして正確に状況を把握して捜査する為なんだ。
許してくれ」
「加害行為がなければ問題無いです」
マキは少し紅茶を飲む。
カムイは小声でそばに立つレビィと呼ばれたロボに話しかけ、ロボは小声で応答する。
「ところでマキちゃん、君の胸にある短いネクタイなんだけど。
それ階級章だよね?
国防軍の陸軍の少将……しかもそのホログラムマークは偽造ではない……。
びっくりだよ。ロボットなのにとんでもないお偉いさんじゃないか。
一体君は何者なんだ?」
「今は事情が有って使えませんが、私は一個師団相当の兵器を管制して同時操作する機能があります。
その操作には最低限の権限が必要だからです。
私が人間と同じようにその役職についている訳では有りません」
「国防軍、正規の軍隊のロボットなのか。
俺もそういう方面には興味があって色々な情報を見てるけど……何だ? レビィ。……そうか、いいよ映してくれ」
小声でカムイに話しかけていたレビィは再び直立し、応接室の巨大なホログラムスクリーンに映像が映った。
淡路島で行った軍事技術プレスカンファレンスの映像である。
(マキちゃーん! こっち向いて!)
映像の中のマキはこちらを向いて笑顔で手を振る。
「そうか……そうだった。思い出したよ。どこかで見たことがあるなとは思っていた。
それじゃぁ、君が何者なのかは大体分かった。
それで、何故こんな場所を一人で歩いていたんだい?」
ホログラムスクリーンの映像が切り替わりニュース映像になった。
(次のニュースです。今朝0時頃、ネオ東京Hブロック地区にある八菱重工研究所で、研究中のロボットが暴走し、同フロアに残っていた研究員35名を殺害して逃亡。現在も行方不明とのことです。)
画面にドアップでマキの顔が映しだされ、その当時の服装として舐めるように3D映像で頭から足の先まで映す。
(八菱重工は国防軍の兵器の製造に関わる最大手の企業であり、
このロボットも数日前に淡路島の軍事技術プレスカンファレンスで発表されたばかりの最新型の軍用アンドロイドでした。
国防軍からの発表です)
(最新鋭の軍用のアンドロイドであり、並の人間が敵う相手ではありません。目撃した方は速やかにその場から避難の上、お近くの警察へ通報をお願いします。ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません。国防軍としても最大限の力を注ぎ、逃亡したアンドロイドの捜査を続けます)
(ロボットが見つかったらどうするんですか?)
(処分とこの研究の停止を検討しております)
(町の人々の声です)
(怖いわぁ。人殺し国防軍がこれ以上兵器を作るのは反対です)
(日本の軍国主義化! 絶対反対! 絶対反対! そ~れ絶対反対!)
(この事件の影響は国会にまでも波及しています)
(総理! 困窮する国民が沢山要る中で、福祉政策ではなくこんな野蛮な軍事技術の研究に何十億NYも掛けるなんて、おかしいでしょう?
今、貧困層が食べてるカップラーメンの値段がいくらか知ってますか?言ってみてくださいよ!)
少し興奮し始めたマキは呟くように言った。
「私は……暴走してませんし、研究所の人達を殺していません」
「うん。俺は信じるよ。
これだけの惨事が起こっていながら、あちこちに有るはずの防犯カメラ映像は一切報道がないし、そもそも君がビルから飛び降りる映像には特殊作戦用の光吸収塗料で真っ黒に塗られたホバーヘリが動きまわってる。
生き残った職員の証言も無い。
でも大多数の人々は色んな矛盾に気がつくほど暇でも興味も無い」
マキは生まれて初めて狼狽えていた。
アイアン・エンジェルとの激闘のさなかですら冷静に冷酷に行動していたマキだが今回はそれとはわけが違う。
「私は……、私は……、研究所の皆と仲良くしてたんです。
そして私が様々な試験で良い成績をおさめると皆が喜んでくれました。
私の目的は……、私の目的は国防軍の陸軍の最新鋭アンドロイドとして採用され、国を守るために……」
移植されたデジタルハートと共に人間の情緒のイミテーションプログラムがAIに合成された影響か、マキを今まで感じたことのない情動が襲う。
「私は……ヒック、みんなの為に……ヒック、何故軍の皆が私を敵視するの?
私はどうすればいいの?」
マキは嗚咽して興奮が高まり、泣き始めた。
じっと観察していたカムイは優しく語りかける。
「落ち着いて……、こう胸に手をおいて深呼吸しようか」




