第五話「隠蔽」
「なんだあれ? 飛行機から煙が出てるぞ!」
「飛行機が二つ連なって飛んでいるわよね? 見間違いじゃないわよね?」
街を歩く人々の何人かが上空を指差してささやき始め、釣られて通行人は皆空を見上げる。
「終末の世は近づいている。
小川天法さまはどんな方々も区別なくお救い下さいます!
皆さん天声会に入信しましょう!」
「天法、天法、テンホテンホ、天法、オーガーワー、テンホー」
全身に青い装束をまとい、ペンタグラムに梵字が記載された鉢巻をつけた集団がマグネティックハイウェイ(高速道路のようなものである)の高架下の交差点で声を上げている。
(なお、ここで活動することは違法である)
そのカルト宗教の信者の一人が通行人に釣られて空を見上げる。
遂に上空に微かに見える飛行機が轟音を立てて爆発し、二つの巨大な航空機が粉々になった。
「おいっ! 何だ今の音は?」
「飛行機が爆発したぞ? 真上だっ!」
暫く人々は空を見上げていたが、雨のように航空機の破片が降り注ぎ、ビルの屋上から先に雹が降ったような音を立て始める。
「皆、気を付けろぉーー! 上から破片が降ってくるぞぉ!」
「建物内か、高架下に逃げ込めぇ!」
道路を走る電気自動車も次々に動きを止める。
遂に道路に無数の破片が降り注いだ。
「うわっ! なんだこれ」
「ひぃぃ」
電気自動車の天井に次々と破片が当たって凹ませたり傷を付け、窓ガラスに命中して亀裂を作る。
そして周囲には破片と一緒に肉片や人間の体の断片も降り注いだ。
「きゃぁぁぁぁ! 死体よ!」
「うわぁあああ」
口を抑えてビルに駆け込む者、車の中でボンネットに落ちてきた手首を見て失神するものが出始めた。
そして破片と肉片の雨が止んだ頃、ディバを両手で横抱きに抱きかかえたマキがすうぅっとビルとビルの間を降下してくる。
既に出力の限界を超えて稼働させた腰のアンチグラビティシステムは猛烈な放電の翼を左右に広げる。
青装束のカルト宗教信者が降下するマキとディバを指さし、興奮しながら叫んだ。
「おおおおっ! 天法様の終末の予言の通りだ!
皆見ろっ!
天法様がブッダを降霊した時の予言の通りだっ!
『神の怒りと共に、天から血肉の雨が降るだろう。
その時、人の子を抱えた鋼の天使が地上に舞い降りる。
それが終末戦争、ハルマゲドンの始まる兆しである』」
「おおおお! 天法様の予言が再び当たった!」
「遂にハルマゲドンが始まるぞ! 人々よ。
救いを求めるならば今直ぐ天声会に入信するのだ!」
カルト宗教の信者達はマキ達を拝み、手に持った宝珠から浮かぶ教祖のホログラムを拝む。
あるものはカメラを回して興奮しながらマキ達を撮影した。
マキは注意深く足のバネを利用して可能な限り衝撃を吸収しながら地面に着地する。
だが特殊アスファルトの道路にはマキを中心に半径3メートルほどの亀裂が広がった。
「ディバさん! ディバさん!」
マキがディバに呼びかけて体を揺するとディバは薄っすらと目を開ける。
そしてマキの手から降りてふらつく足で立ち、周囲を見回してしばらく放心していた。
ディバには周囲に散らばる血肉が現実のものとは思えなかった。
そして再び興奮状態になりマキにもたれ掛かって力なく腹にパンチする。
「なんでっ! なんで貴方は私の言うことを聞かなかったの?
ボルガ博士は、ボルガ博士が連れ去られたわっ!
もうお終いよっ!」
「ボルガ博士は敵の航空機の爆発とともに死亡しました。
恐らくダークマタークラスターミサイルが使用されました。
形の分かる破片すら残っていないでしょう」
「何故ボルガ博士を助けなかったのよっ!」
「命令に背いてすいません。
不合理なのは理解しています。
でも私はどうしてもディバさんのほうを助けたかったのです」
ディバはしばらく沈黙した後、息を整えて腕に装着した通信デバイスを操作した。
壊れてはいないようである。
「桃音博士、私です。ディバです」
「……ディバか? おおおお! 生きていたか?
信じられないっ! まさに奇跡だ。
怪我はないかい?」
「ええ、軽い打撲と擦り傷くらいです」
「それは良かった。
FJ212は空中で爆発して大破したそうじゃないか?
どうして助かったんだ? 」
「……マキ、一体どうやったの?」
「爆発で空中に投げ出された後、ディバさんを抱えて降下しました。
その際アンチグラビティシステムを最高200%の出力で稼働させて減速しました。
現在は回路が焼けて機能していません。修理が必要です」
「……そうか……マキ、私達は本当に君に何度も助けられた。感謝しているよ」
「……マキ、助かったのは私達だけなの?」
「降下中に空軍省所属のサイボーグから通信を受け、私の把握している落下中の生存者情報を全て伝えました。
そのサイボーグから先ほど通信があり全員救出に成功したそうです。」
「落下中に通信? そこから救出? そんな馬鹿な。
間に合うわけがないだろう?」
「たまたま近くに来ていたそうです。
2名のフライソルジャー部隊所属のサイボーグです」
「……まぁいい、とりあえずネオ東京に二人で帰ってくるんだ。」
「はい、今からHPT(Human Packet Transporter ※後書き参照)を使って帰ります」
ディバはマキを連れて近くの地下道への階段を降り、HPTステーションの中へと入る。
そこには20世紀の地下鉄駅のような広さの空間に10個ほどのエレベーターのようなものが並んでいた。
人々は青ランプの付いたエレベーターに次々と入っていく。
ディバとマキはその中の一つへと入った。
中は遊園地の観覧車の座席ほどの広さ、4人乗りである。
(毎度HPTをご利用頂きありがとうございます。行き先のご指示をお願いします)
「ネオ東京、H20地区、八菱重工研究所前でお願い」
(サービスのレベルをご指定下さい)
「レベル5で」
(了解しました。 レベル5のVIPサービスでは中継ステーションでの待ち時間が無いため最短速度でお送り出来ます。
直線距離425キロメートル。想定時間は45分。
2000NewYenとなります。よろしいですか?)
「ええ」
(それでは出発致します)
HPTカーゴは動き始めた。
真空管の中をリニアで進むので外の風景は全く見えない。
「ふぅ……」
ディバは一息付いた。
そして隣に座るマキに覆いかぶさるように抱きついて嗚咽し始める。
「マキ……私を助けてくれてありがと……。
ふえぇぇぇぇ。
死ぬかと思ったよぉぉぉ……」
なお、この時のカーゴ内のマキの記憶は研究所に到着後、しれっと何者かによって消去された。
このFJ212が所属不明機に襲撃された事件はニュース上では空中での爆発事件として報道され、襲撃の事実は隠蔽されることになる。
日本の本土上空で民間機が軍事攻撃を受けるなど有ってはならないことなのだ。
大勢の目撃者や映像はあるが、この時代の隠蔽、検閲システムは徹底しており、拡散は最大限に阻止されているようである。
ニュースの重大性は報道側のさじ加減で変わる。
芸能ニュースと航空機の不具合による爆発事件は人間程度の脳には同列なのだ。
※HPT(Human Packet Transporter)
都市の地下を網の目のように真空の通路が張り巡らされており、
旧来のパケット通信のごとく、二人~四人乗りのカーゴを利用して最短通路を通り、目的地へとリニア輸送するシステムである。
大勢が乗る列車と違い、途中駅停車は無く、プライベートな空間が保たれる。




