第十二話「送り込まれる第二の刺客達」
マキは変面士に偽装していた暗殺用アンドロイド『隐藏者』の胴体に跨り、ナノマシンを膝と脛から床に浸透させて完全にホールドする。
隐藏者の胴体と頭部は先ほどのマキのEMPブレードによるパルス攻撃でショートして完全に無効化されているものの、両腕がまるで調理されて切断されたまま暴れるタコの腕の様にジタバタ動いて辺りに銃弾をばら撒いている。
マキは冷静にその両腕にEMPブレードを一度に突き刺し、二度目のEMPパルスを射出。
隐藏者は動きを完全に止めた。
その後すぐに周囲の人々に警告する。
「正面玄関とその先の道路を開けて下さい!
このアンドロイドには機能停止したと見せかけて人を寄せ集め、自爆する機能があります!
私が今から正面の道路に投げ捨てます!」
「け、警備兵!
正面玄関を開けさせろ!
そして道路から人を退避させるんだ!
早く!」
警備兵達は慌てつつも強引に客たちを壁際に押しのけ、玄関を守備していた強化服の警備兵も横によって道を開けた。
マキは大勢の人々が怯えながら遠巻きに眺める中、動かなくなった隐藏者を肩に担いで玄関に走る。
強化服の警備兵が拡声器で警告している脇をすり抜けて玄関を出る。
既に正面の道路からは人々は退避済みである。
治安があまり良くない場所だけあり、人々の反応は早かった。
「皆さん伏せて下さい!」
マキは走る勢いを落とさずにハンマー投げの様に体を一回転させて勢いをつけ、隐藏者を放り投げた。
隐藏者は30メートル以上離れた地面に落下して地面を転がり、即座に轟音を上げて爆発。
破片が周囲に吹き飛び、近くの建物の窓を3、4枚音を立てて割った。
騒動はひとまず終わったように見えた。
警備兵達は警戒を続けながらも周囲の破損状況や怪我人を見て回り、救急病院にカメラ視界を共有させて救命措置を施している。
マキも用心深く周囲の人々をスキャンして不審な者が居ない事を確認しながら、歩いてホールへと戻った。
「ありがとう。
助かったよ。
君は……誰かの護衛アンドロイドかな?」
話しかけてきたのは上等なスーツを着て、顎髭を蓄えた壮年の男性、アシュリーの父親である。
彼が着る最高級素材で出来たスーツは地面を転がった時に汚れがあちこちに付いている。
だが胸元にピン止めされたいくつかのホログラム式の議員章の一つは国際規格で作られており、彼のポート・マナウル内での立場がマキには明確に読み取れた。
名前:カルロ・レジェス・レアロンダ
職業分類:特別職・国家公務員
詳細分類:自由党上院議員
選挙区:アスルナ8区
過去当選回数:3回
(以降詳細省略)
「カルロさんの娘さんのアシュリーさんに友達として呼ばれてここに来ました」
「おぉ、そうでしたか。
という事は、その体はサイボーグ手術を?
アシュリーと同じ学校の……とは思えないねぇ。
君の判断の素早さと制圧の技術は学生なんてもんじゃぁない」
「アシュリーさんは私を人として、友達として迎えてくれました。
私もそのつもりです。
出会ったのは今日、水上市場でひったくりを……」
「はぁ――」
カルロはため息をついた。
「あの子はまた危険な事に首を突っ込んでいるのか。
いや、すまない。
あの子は生まれつき体に異常を持っていてね。
見て分かったと思うが視覚も人工的に作られたカメラ映像をデジタル処理して脳に取り込んでいる。
そのせいで少し、現実や恐怖の認識能力が希薄なのかもしれない。
昔から女の子でありながら、質の悪い男子生徒に平気で喧嘩を売るし、実際にあの左手の力と私の根回しで全て強引にねじ伏せてきた。
分かってないのだよ。
今まで自分が戦ってきたつもりの相手は、本当の意味での敵意と悪意を持った恐ろしい相手ではないんだって事がね」
「とにかくカルロさんがご無事でなによりです」
「君は私の命の恩人だよ。
そう言えばアシュリーはどこに行った?」
「変面士が暴れはじめた瞬間から、親戚の子供達を引き連れて避難させました。
恐らく彼女の知る安全な場所へ逃げたと思います。
護衛の2体のアンドロイドもついていましたし、あのアンドロイドもそこそこのやり手です。
そこらの暴漢にやられることはないでしょう」
「ふっふっふ。
『そこそこのやり手』ね。
この国の最高峰の護衛のはずなんだけどね。
ちょっとかけてみるか」
カルロは胸ポケットから携帯式の情報グラスを取り出して眼鏡の様に装着し、空中に手を翳してハンドサインで操作する。
「アシュリーめ。
何を考えているのか知らないが、着信出来ないようにスイッチをOFFにしているな。
それとも何か破損したのか。
仕方が無い、白牌に呼びかけるか」
カルロは再びハンドサインで操作する。
「白牌か?
大暴れした変面士に偽装したアンドロイドについては片付いた。
今お前達がアシュリーと親戚の子供達を護衛しているな?
どこにいる?」
「アシュリー様は現在、カルロ様の手の届かない場所に居ます。
お伝えする事は出来ません」
「はぁ!?
一体何を言ってるんだ。
とにかく今アシュリーが居る場所を言え。
ホールへ連れてくるんならそれでもいい」
「アシュリー様の現在地をお伝えする事は出来ません。
追跡可能な信号を発する装置群も全て破棄させて頂きました。
私達、白牌と黒龍も同様であり、追跡を試みる事は不可能です。
この音声も破棄した通信端子に繋げられたシンプルメッセージAIによるものです」
「おいアシュリーに何か仕組まれたのか?
たちの悪い冗談はよせ。
私も警察を呼ぶ事になるぞ」
「警察が頼りにならない人物からのメッセージが、もうすぐカルロ様の所へ届くはずです」
カルロはイラつきながらハンドサインで操作し、通話先をレアロンダ邸の警備主任に切り替えた。
「今すぐアシュリーを探せ!
建物内のどこかにまだ居るかも知れん!
あと白牌と黒龍はどこだ!?
あいつ等どこか壊れているかも知れん!」
警備主任は不安げな声で応答する。
「私達もアシュリー様のご無事を確認しようとして建物中のカメラ映像をチェックしているのですが見つけられていません。
あとカルロ様、実はカルロ様の甥の方々を邸宅内の廊下で保護しました。
彼らが言うには、アシュリー様と一緒に避難している途中で、黒龍に通せんぼされただけでなく、暴力を受けてスタンさせられたそうです。
アシュリー様は後ろの出来事に気が付かずに白牌について走って行ったとのこと。
一番幼い子は高電圧スタンによる後遺症の可能性があるので念の為、病院へ運ばせたところです。
でも、おかしいんですよ!
あの護衛アンドロイド達には人間守護原則がROMで入っているはず、犯罪者や人を危険に陥れようとしている人間以外に暴力を振るう事は絶対に無いはずなんです!」
「黒龍が子供に暴力を振るっただと!?
奴らは一体どこへ行った!?」
「建物内には居ません!
ただ、非常用の隠し通路に関しては白牌は開けることが出来ます。
子供達の証言からするにそこへ向かったとしか考えられません!」
「今すぐに隠し通路のドア全てのパスコードをリセットしろ!
それくらい機転を利かせんか!」
「すいません、想像外な事が立て続けに起こって動転しておりました。
今、パスコードをリセットしました。
ただ、時間的にもうアシュリー様を連れて逃亡した後でしょう。
隠し通路の先はプレート内のあちこちに繋がるインフラの配管群に繋がっています。
正直なところ、ルートが多すぎて追跡困難です。
申し訳ありません」
「情けない!
謝る暇があれば手を尽くせ!」
警備主任は突然、語気を荒げて返した。
「カルロ様!
今すぐ来客の方々と共にB1シェルターへ移動して下さい!
武装した連中がこの建物を取り囲み始めているそうです!」
「遅い、今頃警察隊が来たのか?
だが何でシェルターへ逃げる必要がある!?」
「寄り集まってきているのは銀色の髑髏の面を付けた連中。
銀の死神の構成員です!
お急ぎください!
激しい銃撃戦になる可能性があります!
既に警察には通報しましたが、連中は臆病なので十二分な武装と人員、手回しが終わるまで救援は期待出来ません!
それまでは最悪でも建物内に侵入されないように自力で抗戦しなければなりません!
この建物は外周が最終防衛ラインです。
無法者達の中への侵入を許せば何が起こるか分かりません!」




