第十一話「変面士、幸 荒久(シン・チョーファン)」
大広間内の各テーブルで大勢の訪問客がそれぞれの会話を楽しみ、マキもアシュリーの親戚の子供達が騒ぐのを眺めていた。
そんな中、高台に一人の女性が現れてマイクで皆に呼びかける。
「皆さん!
お楽しみの所申し訳ありませんが、少しだけご静聴願います」
人々は会話を止め、ワイングラス等を手に持ったまま壇上の女性に注目する。
女性は全員が静かに自分に注目しているのを確認して、次の言葉を続けた。
「これより変面士・幸 荒久さんによる変面ショーを行います。
ここに集まっておられる皆さまであればご存知の方も多いと思いますが、変面ショーというのは変面士の方が音楽に合わせて踊りを踊りながら、顔に被っているお面を次から次へと手品のように切り替える中国大陸四川省の伝統芸能です。
お面の着替えは本当に一瞬で、人の目ではその瞬間を目の前で見てもどうやっているのか分からないものです。
変面の技術は一子相伝の極秘として何世紀もの間、師匠から弟子へと伝えられ、このポートマナウルに所属する僅かな変面士の方々にまで今も受け継がれております。
次々と変わる面に象徴される喜怒哀楽や感情を踊りでも表現していると言われますので、その辺りにも注意してみて頂ければより一層と変面ショーの深みを感じ取れるでしょう。
それでは拍手でお迎えください、変面士、幸 荒久です。
どうぞ!」
会場内にドラや笛や太鼓の音色に合わせて、中国語のハイテンポの歌が流れ始めた。
そして連続するチャイナ・シンバルに合わせて、金銀の刺繍で覆われ、ゆったりとした長袖にマント、大きな帽子を被った男性が両手を広げて小走りで壇上の中央に登場する。
男性は顔に赤い顔の猿を象徴的にデザインしたマスクのような面を被っていた。
人々が拍手する中、派手な金の飾り付きの巨大な扇子を片手にクルリクルリと体を回転させ、右へ左へと小走りし、キビキビと正面を振り向いてポーズをキメる。
そしてしばらく踊った後、さっと片手の袖を自分の顔に下から上へと横切らせた。
その一瞬でいつの間にか男の顔の面は青い鬼のような面に切り替わっていた。
解説通り殆どの人間にはどうやってその一瞬で面を変えたのか分からない。
単純そうな人は驚きながら喝采し、マジシャンのトリックを見破ろうとしがちな人は必死で凝視してタネを探る。
「相変わらず分からねぇなぁ」
「去年の人とは違うねぇ」
「変面士の幸 荒久かぁ。
初めて聞く気がするなぁ」
アシュリーの親戚の子供達は純粋に喜び、変面士の踊る高台にまで駆け寄ろうとする。
だがマキは黙って前に回り込み、両手で子供達を制止した。
通せんぼされた女の子は不思議そうにマキを見上げる。
「どうしたの?」
「皆、纏まってもう少し後ろに下がって。
そこにある大きな箱型の花壇より後ろへ」
「どうして?
そんなに遠くに離れたら変面士を見れないよ」
「そうだよ、僕は間近で見てトリックを暴いてやりたいんだ」
「いいから早くさがって」
アシュリーとカムイも不思議そうな顔でマキに歩み寄る。
「一体どうしたんだ?」
「変面士がショーをするのは毎年の事よ?」
「あれは普通の人間ではありません。
私と同じように……金属の骨格を持っています」
「滅多に居ないけれど、サイボーグ化した体を持つ人は居るものよ?
何よりあなただってそうじゃない」
「そうだよ、それを疑ってちゃいまの時代生きていけないよマキちゃん」
「あの骨格は民衆解放軍の前世代の浸透工作用ロボット、隐藏者Model2099、オプションβ1です。
腐敗した軍の横流しが横行し、10年前当時最新のモデルであるにも関わらず、黒社会に数十体が密売で消えたとあります。
胸部左右にサブマシンガンを2丁、腹部に弾倉と誘導手りゅう弾を格納が可能。
X線スキャンから内蔵物を遮蔽して偽装します。
主な任務は重要人物の暗殺です」
変面士の男は相変わらずマントをひるがえし、キビキビと動きながらお面を付け替えて踊っている。
そして首をコキコキ素早く振りながら拍手する会場の人々、あちこちを見回しながら扇子を振る。
パチパチパチ……
アシュリーの父親が机に尻を押し付けるようにもたれ掛かりながら、拍手して嬉しそうに鑑賞している。
トッ ザッ スタスタスタ
変面士は壇上から軽快なジャンプで飛び降りると、踊りを続けながらアシュリーの父親の目の前にまで移動した。
そして大きな扇子を3度、顔の前を通過させて立て続けに面を変えながら左右を振り向き、周辺のギャラリーを沸かせる。
アシュリーの父親も大喜びである。
変面士は動きに溜めを作りながらアシュリーの父親に顔を近づけ、さっと後ろを振り向いて再び向き直る。
ババッ
そこに現れたのは、銀色に輝くドクロの面であった。
アシュリーの父親の口元から一瞬にして笑みが消え、机の横にずれるように移動しながら後ずさる。
「き、貴様!
警備兵!」
変面士は扇子を投げ捨てて大文字に手を広げると、自分の左右の肋骨部分に手先を突っ込んだ。
手先が服を突き破って肉に突き刺さり、血が飛び散る。
「キャアァァァァ!」
「何だ何だぁ!?」
「逃げろぉ!」
メキョメキョメキョ
変面士は自分の胸部の肉や筋を引きちぎり、マントの内側を真っ赤に染めながら両手を引き出す。
その両手には2丁のサブマシンガンが握られていた。
「カムイさん!
アシュリー達を頼みます!」
マキは素早く跳躍して机を3つ飛び越えた。
そしてアシュリーの父親に横から勢いよくタックルするようにして一緒に横へ飛び退く。
その後、ほんの一瞬遅れて変面士は両手のサブマシンガンを構え、元々アシュリーの父親が立っていた場所目掛けて乱射した。
ズガガガガ!
アシュリーの父親の代わりに、後ろ側に居た女性客や男性客に次々と着弾。
血と肉がはじけ飛び、撃たれて命が有った男性は床をのたうちながら絶叫する。
「銃を捨てろぉ!」
「もういい、撃て! 撃てぇ!」
駆け付けた警備兵が広場のあちこちで変面士に向かって銃を構えるが、変面士はマキとアシュリーの父親へフラフラ歩み寄りながらも警備兵を次々と打ち殺していく。
自身の体にも警備兵の撃つ銃の弾丸が命中して血しぶきを上げるが、ものともしていない。
ガガガッ ドガァ!
ガガガッ ドガァ!
マキ達に近づいた変面士は次々と手を構え直してアシュリーの父親を狙うが、立ちはだかるマキが廻し蹴りを繰り返して銃の射線を外し、至近距離まで来るとEMPブレードを両手から出して変面士の胸部に突き刺した。
コキッ、コキッ、パキン
EMPパルスを発射するも、変面士は体内の主要接続回路を自切機能で遮断。
最後の悪あがきとして両手が独自に動いて辺り一帯に弾丸をばら撒く。
大勢の客が大慌てで逃げようとしていたが、その何人かの背中に着弾した。
もはやパーティー会場は惨劇の間と化している。
***
「皆姿勢を低くして!
早くそっちの角から建物のどこか安全な場所に逃げるんだ!
アシュリーちゃん、子供達を安全なところへ誘導して!」
「カムイさんはどうするんです!?」
「マキちゃんを援護してやらないと!
早く、急いで!」
「はい!」
カムイは箱型の大きな花壇を盾にしてしゃがみ込み、隣でうつ伏せで死亡している警備兵の拳銃を取って確認している。
アシュリーは父親の事も、マキやカムイの事も心配ではあったが、持ち前の正義感と年長としての義務感で子供達を誘導した。
「アシュリー様!
こちらです!」
「お急ぎください!」
護衛アンドロイドのと白牌が先行して、黒龍が殿となって一番後ろを守り、レアロンダ邸の迷路のような廊下を走る。
そしてとある廊下の突き当りに来ると、白牌が突き当りの壁に歩み寄って壁に手を当てた。
只の壁と思われた箇所に亀裂が入り、後ろに少し下がってから横へスライドする。
その後ろには地下へと進む階段が現れた。
「何これ?
私知らなかったんだけど!?」
白牌が先行して入りながら答える。
「緊急時用の抜け道です。
アシュリー様をお守りする役割を持つ私達は知らされていますが、ここを知る者は少ないでしょう。
さぁ、早くお入りください!」
「分かったわ!
……あれ?
ちょっと待って!
子供たちがついて来てない!
ちょっと待ってよ!」
「お早くお願いします。
アシュリー様」
アシュリーが振り返るといつの間にか子供たちの姿が消えていた。
代わりに黒龍が隠し扉を塞ぐように立ちふさがっている。
「どきなさい!
黒龍!」
黒龍の背後で非常にも隠し扉が閉まる。
そしてアシュリーの背後から白牌の白いマネキンの様な手が伸びてアシュリーの口を塞いだ。




