第三話「血肉の暴風警報」
黒塗りの全翼機はマキ達の乗る全翼型旅客機と同じほどの大きさがあった。
マキ達の頭上を小型のクラスター弾のようなものをばら撒きながら通過して追い越す。
強化透明アルミの天井全域でクラスター弾が起爆し、天井全体が細かく砕けて破片となって乗客たちに降り注ぐ。
あちこちで悲鳴が上がり、乗客たちが混乱する。
一気に風通しが良くなり、台風のような強風が吹き荒れて小さな荷物やコップ類が吹き飛んであちこちを舞い始めた。
ディバは座席に掴まったまま、慌てて鞄から携帯PCを取り出して開く。
「生体認証を行って下さい」
ディバは髪を抑えながら手のひらを当てて認証を通し、マキの兵装管理システムにリンクした。
現在可能な限りのマキの兵装をリストアップさせ、次々とアクティブに変えていく。
「何か降りてくるぞっ!」
乗客が叫び、空を指差す。
直ぐ上空を飛ぶ全翼機の後部ハッチが開いて、5人ほどの全身を覆う鎧のような人型パワードスーツを来た人間(強化機甲兵)がロケットブースターのようなものを噴出しながら降下し、客室内に降り立つ。
そして見慣れない形式の大型ライフルを客席に向けて掃射しながらボルガ博士のほうへと駆け寄った。
ボルガ博士の護衛は銃器の持ち込みが禁止されていたため、携帯型の電磁ナックルを装着して抵抗を試みた。
が、あっという間に射殺されて壊滅した。
「空軍省の司令室へ緊急回線!」
ディバが携帯端末を使って暴風の中叫ぶ。
「八菱重工のアンドロイド研究室のディバさんですね?
セキュリティレベル的には貴方がこの回線を知っている事は問題ありませんが、この回線はそう簡単に……」
「緊急事態っ! 一刻の猶予も無いのよっ!
13時04分、AWAJI発ネオ東京行きFJ212が今、空中で黒い全翼機に襲撃されているわっ!
この機はもうすぐ墜落するわっ! いやその前に破壊されるかも知れない。
ここは本土上空よ?
空軍は何をしているのっ!?」
ディバは通信機のカメラを強化機甲兵たちの方へと向ける。
二人の強化機甲兵が左右からボルガ博士を担ぐようにして捉えると、ブースターを噴射して飛び上がり、全翼機へと帰還する。
ディバは通信機の事を一瞬忘れてマキに掴みかかるように指示する。
「マキっ! ボルガ博士がっ! ボルガ博士が連れ去られるわっ!
ボルガ博士が好戦的な侵略国家の手に渡れば、P-Xの技術が盗まれるっ!
そうなるとこの世界は終わりよっ!
私のことはいいから、ボルガ博士を救いなさいっ!
早くっ! 今ならまだ貴方なら追いつけるわっ!」
マキはディバの掴む手を見て、ディバの顔を見た。
ディバは掴む手を離そうとしない。
さっきまで付けていなかったメタリックな眼鏡を付けているが、眉に出る表情をマキは読み取っていた。
ディバはいつも感情を隠したい時にこの眼鏡を付ける。
「すいません。ディバさん。
私は拒否します。」
「何で言うことを聞けないのっ!? このお馬鹿っ!
私の指示が聞けないというの?」
ディバは力なくマキの腹部にパンチして八つ当たりする。
その頃、ボルガ博士の誘拐成功を確認した残りの強化機甲兵もライフル掃射しつつ飛び上がっていく。
その後を気づかれないようにマキの操作するスパイドローンが追尾していた。
スパイドローンと共に最後の強化機甲兵が全翼機に帰還すると、全翼機はそのまま前進してマキ達の乗る旅客機の真正面についた。
オンラインのままの通信機からディバに応答が入る。
「少々お待ち下さい。可能な限りそのままカメラ映像で状況の撮影継続をお願いします」
旅客機の直ぐ前の位置を維持し続けている全翼機はゆらゆらと乗客たちの前で飛行を続け、乗客たちを怯えさせ続けている。
不意に全翼機上部のハッチのようなものが開き、人間から見れば特大の機関砲が3つ連結されたものが左右2セット出現した。
「まじかよ……。勘弁してくれよ……」
「きゃあああっぁぁぁ!」
機関砲は6本の放射状の光のラインを赤熱した弾丸で形作りながら、旅客機に射撃を開始した。
まずは座席の下部を左から右へと撫でるように弾痕が付けられ、座席を破壊して金属やプラスチックを巻き上げて炸裂する。
時折人が炸裂した血煙があがる。
そのまま機関砲少し位置を上向きの角度へ調整する。
「ディバさん。掴まって下さい。回避行動を取ります」
マキはディバをお姫様抱っこのように抱え上げた。
機関砲の掃射が再び始まり、こんどはマキ達の居る上階の席を右側から左へと破壊していく。
マキは機関砲を見据えながらディバを抱えてスケートとスラスターを噴射させて右から左へと移動して弾丸を回避した。
ディバが通信機に叫ぶ。
「何をやってるの? あと一分後には私だって生きているか分からないのよっ?」
通信機に見知らぬ壮年の男が映る。
「私は日本空軍中部方面隊の中将、橋本だ。
君達の情報はおよそ把握した。
まずアンドロイドのマキ、彼女ならより正確な軍事情報を我々に提供できるはずだ。
彼女のドローンがボルガ博士を追跡したのも把握している。
情報の同期を頼みたい。識別コードは今表示されている」
「マキっ! 軍事情報を同期するのよ」
マキは映像に移る虹色に輝いてグニャグニャと波打つ正方形の映像を眺めた。
「識別コードを認識しました。軍事情報の同期に成功しました」
「ありがとう。
まず状況だが、君達を襲っている全翼機は高度なステルス能力を持っている。
我々の防空網では侵入を検知出来なかった。申し訳ない。
そして現状我々の全ての戦闘機は飛べない状態にある」
「はぁっ? 何言ってんの?」
「整備と同期状態のチェックのため、本日30分間のみの話だ。
こんな事は5年に一度ほどしかなく、勿論機密情報だ。
……狙われたのだと思っていいだろう」
「ディバさん、回避行動を取ります。掴まって下さい」
マキは再びディバを抱きかかえて右に滑るように移動し、その背後を機関砲の弾丸が穴だらけに変えていく。
さらには全翼機から小型ミサイルは蜂の大軍のように射出され、乗客席へと飛んで来る。
マキは片目のレーザーで次々とミサイルを撃墜していく。
【アイ・レーザー:オーバーヒート中です】
【ナノアーマー:右手箇所を防護します】
片目がオーバーヒートを起こし、マキはナノアーマーで拳を防護してロケットパンチで残り3発のミサイルを空中で操作しながら迎撃した。
僅かに生き残った人々が旅客機後部へ続く廊下へと次々と走りこむ。
全翼機の真正面の客席ではなく機体後部へ逃げているのである。
「マキっ! 私達も後ろへ逃げましょう!」
「拒否します。 このタイプの旅客機の機体後部には爆発性の燃料が大量に搭載されています。
着火して爆発すれば助かる見込みは有りません。
ここのほうがまだ安全です」
マキは黒焦げの右手で跳ね飛んだ破片を弾いてディバを守りながら言った。
ディバは通信機に叫ぶ。
「30分なんて無理よ! 見れば分かるでしょう?」
「代わりに私の知り合い、空軍の取引先の企業が協力してくれる」
映像が切り替わった。
髪を後ろで束ねたスーツ姿の女性が映る。
「私は株式会社・八咫烏の三崎です。
次期戦闘機の実験機とそのパイロットに出撃命令を出しました。
厳しいでしょうが5分間持ちこたえて下さい」




