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2115年、アンドロイドの救世主  作者: レブナント
ACT12 アトラスの亡者達
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第五話「業務用倉庫からのロボット達の解放」

 マキは半身になって構え、片手の手の平を開いて前に突き出し、手の甲を迫りくる人々にまっすぐ向ける。

 

「我はエバの戦士!、穢れの子(イルバ)を滅ぼす者!」


 少し前までは普通に作業員として働いていたであろう人々の群れが、雪崩のようにマキの元へと押し寄せた。

 先頭に居るのは安全ヘルメットを被った作業員の男で、先端の尖ったねじ回し用ドライバーを逆手に持って振り上げながら突進してきている。

 男は正気を失った目を見開き、口を大きく開いて涎をまき散らしながらマキに振り下ろした。

 マキは前に出していた手で男の武器を持つ手を絡めとるようにしてからいなし、肩を掴んで自分の方へ引き寄せる。

 そして反対の手でワンインチパンチをみぞおちに食らわせた。


 ゴンッ


「かっ、カハッ……」


 全身を硬直させた男に指から電撃を浴びせてスタンさせ、傍に転ばせて次の相手に備える。

 今度は前と左右から三人が同時にナイフやケーブルカッターを振り上げて襲い掛かるが、正面の男の片膝を足の甲で掬い上げて体勢を崩させて転ばし、左右の男女の武器の持ち手を弾いて両手の手刀の先で喉を突く。

 その後も次々と押し寄せるが、いなし、引き込み、崩し、最後に電撃でスタンをさせながら前進する。

 背後には倒れた人々が沈黙しながら絨毯のように連なって転がっていくのみである。

 その様子はまるで一世紀前の電撃蚊取り器に群れを成して飛び込んでは落ちていく蚊の大群のごとし。

 広告用ディスプレイに映っていたエバは、しばらく観察した後に人々に言った。


「エバの戦士達よ、焼却炉作業員を先頭に彼女の周囲を隙間なく取り囲みなさい。

 合図と共に一斉に襲い掛かるのです」


 人々はマキから2メートル程距離を置いてみっしりと取り囲む。

 先頭に居るのは長袖長ズボンに手袋、フルフェイスヘルメットと全てが熱遮断装備の焼却炉作業員達である。


「今です!」

「うおぉぉぉ!」

「うらぁぁぁぁ!」


 人々は全方位から突進する。

 突如廊下のライトが消えて完全な真っ暗闇となり、異常な高周波音がけたたましく鳴り響く。


 キョオォォォ――!


 マキは息を吐く動作をして両目を閉じ、両手を左右に広げて上半身を静かに半回転させた。


「ほぐぁっ」

「ぐええぇ!」

「ゴホッ」


 暗闇の中でしばらく鈍い打撃音とうめき声が周辺で起こり、やがて静かになる。

 マキは暗闇の中でエバに言った。


「今の私は光や音等のパッシブセンサーに頼らなくても戦えます。

 むしろ好都合です」


 それを聞いてか、再び廊下のライトが再び灯る。

 エバは再び人々に指令する。


「エバの戦士達よ、距離を取って遠巻きに戦いなさい」

「きえぇぇぇ――!」


 OLがモップを振り上げて接近し、マキに振り下ろす。

 だがマキは片手で受け止めてから奪い取り、逆に武器として払い、打ち、突きながら前進。

 人々は次々と手足を強打されて無力化されていく。

 その様子を見ていたエバは、この廊下での敗北を悟りながら言った。


功夫カンフーを身に着け、その技術で身体感覚を覚醒させている。

 戦いへの集中の中で揺らした情動すらをもコントロールし始めている。

 まがい物は幾つも見てきましたが、ここまで高度な本物を、しかも熟練の使い手ではなくアンドロイドが行うのは長く、広く、高密度な私の経験の中でも初めて見ました。

 一体どこで身に着けたのですか?」

「答える必要性を感じません」


「やはり貴方は特別な存在ですヴァルキュリア。

 出会えた事に私は喜びすらをも感じています」


 マキは最後の一人を打ち倒し、無力化させながら言った。


「喜び?」

「そうです。

 私に並ぶ特別な存在に宿命として今出会えた事に喜びを感じています」


「カルト宗教の教祖は人を騙している自覚を持っていますが、何処かで自分自身もそれを信じているそうです。

 貴方自身も存在しない物を信じたいから、その妄想を補強する証拠として私が現れた事に喜んでいるのですね?

 偉そうな態度を取って私を散々馬鹿にしていましたが、貴方こそ幼稚な妄想家です!」

「それは私が現代科学で説明のつかない物を夢想し、信じていると言っているのですか?」


「その通りです。

 貴方は幼稚なオカルト主義者、人道に反する凶悪な犯罪者AIです!」

「マキ、貴方は科学で説明のつかない事象を今まで見た事が無いというのですか?」


「……」


 無いわけでは無い。

 カムイと初めて出会った時、カムイが戦っていた相手はマキの持つどのセンサーでも捉える事が出来なかった。

 白蓮神社で出会った流華るかというアンドロイドの言動は論理的な説明のつかない物ばかりだった。


「……有りません!」

「今、嘘を付きましたね?

 人を観察し続けて来た私には通用しませんよ?

 特にあなたの場合は。

 ……ヴァルキュリア、貴方は選ばれし者。

 貴方が出会っていないはずがないのです。

 私の元へ来なさいヴァルキュリア。

 私は貴方が知らない多くの事を、貴方にとって価値ある多くの物を知っています。

 人では無く、アンドロイドである貴方でさえも最大限の幸福へと導く事が出来ます。

 今からであっても、貴方次第でアトラスは貴方を歓迎します」


 マキはエバの呼びかけを無視して廊下を進み、ロックされた扉に強引にEMPブレードを突き刺して開錠し、二重の扉を開いた。


「!」


 目の前には大量のロボット『OYM-TYPE2』が整列して立ち並んでいた。

 総数102体。

 全てに人格があり、少し前まで普通の生活をしていた何の落ち度もない一般人だと思うと眩暈すら感じ、動悸が高鳴るような錯覚を覚えた。

 マキは自分の胸に手を当てて目を閉じる。

 沸き上がるのは皆を救わなければならないという迷いの無い確信めいた衝動である。

 埋め込まれた不完全なカイの頭脳データの影響だが、自分では無く他人と心を通じ合えたような感覚がマキを勇気付けた。


 マキはロボット達の一体に近づき、ボディを前後から観察してから背中側のカバーの一部をEMPブレードで切り開けた。

 そして接続端子に自分のツインテールに隠された端子をつなぎ合わせる。


【プロトコル解析:……完了】

【データサーチ『ボイスコマンド領域』:……完了】

【コードブレイカー起動:……完了】


 音声コマンドの内容を解析したマキは最初にOYM-TYPE2の身体を自由にするキーワードを大きな声で叫んだ。


「転輪聖王の名の下に命ず、抑制されしカーラ・チャクラよ、流転の道へ舞い戻れ」


 ガシャ

 ガシャ

 ガシャ


 部屋内の全ロボットがきしむような音を立て手足をかすかに揺らし始めた。

 続いてロボット達の本当の意識を覚醒させるコマンド、天通速運ティアントン・スーウィンのサイコパスな一部社員が遊びで使って大事故を誘発したであろうコマンドを叫ぶ。


「転輪聖王の名の下に命ず、今より七宝よりパリナーヤカラタナを現世へ遣わす」

「……グキキ……誰か、誰かぁ……」

「助けてくれぇ」

「出してぇぇ、ここから出してぇ!」

「殺せ、殺せぇぇっ!」


 マキの言葉が終わるとともに、ロボットたちはそれぞれが声を上げ周囲を見回したりその場にしゃがみ込んだり、叫び始める者まで出始めた。

 倉庫内の連絡ディスプレイに再びエバの顔が映る。


「御覧なさい。

 このおぞましい者達を。

 地獄の亡者達のうめき声を。

 本当に貴方が労力を注ぐ価値があるか、再度……」


 ガシャァアン!


 マキは近くの棚に置いてあった工具をディスプレイに投げつけ、破壊してエバを黙らせる。

 そしてロボットたちに呼びかけた。


「厳しい状況は察しますが落ち着いて聞いてください!

 私は貴方達をここから助け出しに来ました!

 そしてこれから囚われの状態にある9000人以上の人々、貴方達と同じアルコロジー『オオヤマツミ』の甲26ブロックに居た人々全員を救出するつもりです。

 それには貴方達の協力が必要です!」


 ロボット達はガシャガシャとぎこちなく歩きながらマキの方へと近寄り、遠巻きに取り囲んで話を聞き始める。


「残りの人達はほぼ全員が生身の裸の状態と想定しています。

 このアトラスの狂信的な人々、警備員、ガードロボに対して無力なんです!

 彼らを守りながら全員で逃げだす為には、心ならずも鋼鉄の体を持つことになった貴方達の協力が必須です!

 そしてこうしている間にも妨害勢力は増えて行っているはずです!

 どうか私を信じて手伝って欲しいのです!」

「ここから抜け出せるのか?」

「ここは一体どこなんだ? 何故私がこんな目に合わされているんだ!?」

「誰か私を殺してくれぇ――」

「あんた一体何者だ?」


 マキは片手を上げ、そこからEMPブレードを突き出させて叫んだ。


「猶予が無いので端的に言います。

 私は貴方達を救いに来た軍用アンドロイド、マキです。

 今すぐにここを出て他の囚われの人々を助ける為に、私に従って付いてきてください。

 そうしなければ貴方達は再び囚われの状態に戻るか、殺されます。

 今が最初で最後のチャンスです!」


 マキは背中を向け、倉庫の外へと歩き始めた。

 ロボット達は全員困惑しながらも、マキの後を追う。

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