第一話「軍事技術プレスカンファレンス」
大阪湾と瀬戸内海を区切る位置にある島、淡路島。
この淡路島のイザナギユニオンセンタービルの屋上階にて世界中をターゲットにした軍事技術のプレスカンファレンスが行われていた。
ビル名の由来はもちろんイザナギノミコト、日本の国産みの神話で日本列島で一番最初にこの淡路島を作ったとされる神の名前である。
海中や空中を走るインフラの敷設技術の発展により、本州と四国を繋ぎ、交通のバイパス路の中心点となったこの島は21世紀後半に急激に発展を遂げた。
そして新興都市にふさわしく魅力的で計画的な建築、区画整理のプランが練られ、様々な施設で世界各国向けの催しが頻繁に開催される日本の玄関となっているのである。
壇上では桃音博士がマキの様々な軍事訓練や各種試験の映像をホログラムのプロジェクターに映しながら説明をしている。
「このように現在の最高の技術で、見た目は完全に人間でありながら……」
「マキちゃーん! こっち向いて!」
桃音博士の説明を遮りながら記者がマキに呼びかける。
すまして直立していたマキは笑顔で振り向いて手を振った。
マキが手を振った方向の記者たちが慌ててカメラを調整する。
マキの本質的な役割、性能、技術よりも見た目の可愛さが受けているようである。
「以上です。ご清聴ありがとうございました」
マキと桃音博士は同じ部屋の関係者用に用意された机へと戻った。
ディバは席に座ったまま拍手で二人を迎えた。
「素晴らしかったですよ。桃音博士」
「はは……誰もわしの話など聞いちゃおらんよ」
「マキが全部持って行ったわね」
「ちょっと一休みしてくるよ。わしも年だねまったく」
ふと会場にざわめきが走り、次のグループが登壇した。
ディバがマキに小声で話す。
「あれが実質今回のプレスカンファレンスの一番のメイン、ボルガ博士よ。
地球の裏側から駆けつけている人達も全員ボルガ博士が目的だと思うわ。
彼の開発している技術、通称P-Xと呼ばれている技術は世界の軍事バランスをひっくり返すほどのものだと言われているわ」
ボルガ博士が手元のPDAを操作して準備を終え、会場の人々に向き直ると一斉に大きな拍手が起こる。
「それではボルガ研究所で開発中の次世代航空技術の……」
会場の人々は静まり返って聞いていたが、トイレに立つ者、VR装置で別な映像を楽しむ者などが現れ始めた。
頬杖をついて眠そうに聞いていた記者がボルガ博士の話を遮って声を上げる。
「ボルガ博士! 私はP-Xのお話が聞けると期待して遥々ドイツからここへ来たのです。
おそらくここに居る人々の大部分は同じでしょう。
今回はP-Xの発表は一切無いのでしょうか?」
ボルガ博士は記者の方を向いて手を止めたまま一瞬沈黙した。
そして一瞬静まった会場に控えめな声を響かせる。
「P-Xはハード面で大きな課題にぶつかり、現在は開発をストップしています。
実用には300YFLOPS相当のハードウェアが必要ですが、この世にそんな物は現時点では存在しません。
皆さんのご期待に添える見込みは今後も薄いと考えて頂きたく……」
消音システム付きの電話で会話するディバの横で、記者が思い出した様に桃音研究所から配られたマキの資料を開く。
(量子コンピューター性能:8YFLOPS)
記者は気のせいかとボルガ博士に向き直り、両手を口に添えて叫ぶ。
「私は既にシステムが完成しているという情報を聞きましたけど?」
「私は完成したソフトウェアの一部をテロリストに盗まれたと、とある筋から聞いてますけど?」
爆弾発言の連続で会場がざわめいた。
電話を終えたディバがマキに囁く。
「マキ、残念だけど急用で研究所に戻らないといけなくなったわ。
行きましょう。
食事をする時間くらいはあるけど、飛行機のチケット取れるかしら……」
「桃音博士は大丈夫なのですか?」
「桃音博士には連絡を入れたわ。桃音博士はここでゆっくり休んでもらってて大丈夫よ」
マキはディバと共に静かに会場を後にした。
ディバが持つ内部資料にはマキの頭脳、量子コンピューターのオーバクロックの耐久試験の結果が記載されていた。
勿論これは非公表の機能である。
(オーバークロック時最高性能:320YFLOPS)
ディバはビルの外へ出ると、飲食街を少し散策し、イタリア料理の店へと足早に入った。
後にはマキも周囲をキョロキョロと見回しながら続く。
二人の前にウェイターが応対に現れた。
「お二人様ですね。どうぞこちらへ」
案内された席でディバが自分とマキ二人分の注文を手早く済ませた。
数分後二人の前にリゾットの皿が置かれる。
「これがリゾットですね」
「そうよ。食べるのは初めてだったかしらね?」
「はい。それにしても人間の食事は面白いですね。
カロリーとミネラルの補給を行う為にこれ程の種類があるなんて」
「貴方は普段研究所でペースト状のフードか、得体の知れないソイレントなんとかっていうオヤツしか与えられてないもんね。
リゾットはどう?」
「消化によさそうです」
マキはディバの動作を観察し、真似するようにスプーンを取ってリゾットを口に運びながら答えた。
不意に遠く離れたテーブルで食事をしていた太った婦人が騒ぎ始めた。
「ウェイター! ウェイター! 来て頂戴!」
慌ててウェイターが駆け寄る。
「いかがなさいましたお客様」
「このチキン、本物なんじゃないの?」
「当然ですお客様。当店は本物の味を提供することを……」
「つまりっ! 生き物を殺しているのよね?」
「はい?」
「私は動物愛護団体レッドピースの代表メリッサよ!」
「はぁ……申し訳ございません、メリッサ様と気付かず……」
婦人は大声を上げて周囲に叫び机を突き倒した。
「この店は可哀想な動物さんを殺戮して魂を奪っているのよっ?
信じられないわ!
私達の団体を呼んで抗議させるわっ!
日本中に知らしめてあげる」
婦人は携帯カメラデバイスを取り出し自分と店を映しながら喚き始めた。
「困ります……お客様……」
遠くから眺めていたマキがディバに尋ねた。
「ディバさん。私にはあの人が理解出来ません」
「どうしたの?」
「公共ネットワークから情報を検索しましたが、あの女性は自分のサイトで美味しそうに天然和牛のステーキを食べている写真を投稿しています。
あの女性は動物の命が奪われることを嫌っているのですよね?」
「あぁ……。いい? マキ。
ロボットが電気やオイルを生きるエネルギーにするように、人間はお金をエネルギーにして生きていると言えるわ。
人間を知りたければ、その人を取り巻くお金の動きを探りなさい」
マキは暫く沈黙していたが、再びディバに向き直って話しかけた。
「あの女性の所属する動物愛護団体は環状商業地区の社長、沖田という人物の後援する政党から支援を受けているそうです」
「へぇー。そうなの」
「そしてこの店は環状商業地区の次期拡張計画の地域と被っています」
「凄いわね。あっという間に何処からそんな情報を手に入れたの?」
「セカンド局です」
コーヒーを飲んでいたディバが一瞬吹きそうになる。
「そこ、アングラのゴシップサイトじゃないの。
簡単に信じちゃダメよ?
根も葉もない嘘が平気で書かれていたりするからね」
「でもディバさんの言っている事は理解出来ました。
私の違和感探知ソフトはこの情報の信頼性が高いと判断しています。
要するに彼女は嫌がらせが目的。
口で言っている事に一切意味が無いということですね」




