第十五話「フー・テイシュウの説得」
フーは再びキセルを取り出し、口に運びながら言った。
「取りあえず座れ」
カムイとマキは背後から取り囲む重装アンドロイドにパルスレーザーライフルを向けられ、脅されながら再び椅子に腰かける。
フーは口から煙を吸い込んで一呼吸置き、煙を口から吹いてから言った。
「二人共両手は机の上から動かすな。
まずは一瞬で私の護衛二人をガラクタにしてくれたそっちの物騒なアンドロイド。
平然とオリハルコンプレートのボディを貫くとは飛んでもない武装だな。
甘く見ていたよ。
ここでは出力制御チップを付けさせて貰うぞ」
「……分かった。好きにしろ」
「水野さん! 彼らは信頼出来ません。どんなウィルスを埋め込まれるか……」
「出力制御チップのコネクタは何処にある?」
「マキちゃん、こういう場合に絶対の安全なんて無い。
一つ間違えば、いや間違えなくても運が悪ければ地獄に落ちるのが駆け引きというものさ。
正解なんてのは歴史を辿る学者たちの論じる結果論の話。
本当の現場では誰もが闇の中を、何が正しいか確証も持てず、無我夢中で進むんだ。
何度も修羅場を潜った俺が思うに、ここでは彼の力が必要になる。
……そんな気がする。
マキちゃん、俺に従って……彼に出力制御チップのコネクタの場所を教えてやってくれ」
「水野さん……」
「後、偽名は止めてくれるか?
君達は私を信頼できないと言うが、こちらとしても偽名を使う者など信頼出来るわけが無いだろう?」
「俺の名はカムイ、ネオ東京に住みバウンティハンターとして登録されている。
そっちのアンドロイドは八菱重工の最新型軍用アンドロイドのマキ。
八菱重工研究所の襲撃事件を調べてくれれば詳細は分かる。
マキちゃん、コネクタの場所を」
「後頭部、左側面の髪の中、頭皮にトライアングル型マイクロコネクタが有ります……」
ロボットの一人が小型のビスのような物をもってマキに近づき、後頭部を指でなぞる。
そしてかすかな突起物を見つけ、髪の毛をかき分けてから出力制御チップの内臓されたそのビスを差し込んだ。
空港でも使用されていたものであり、これによってマキの人工筋肉は自動的に出力がか弱い人間女性並に制限される。
そのチップが正規品であればだが。
マキに出力制御チップが取り付けられている間、フーは情報端末を片手で操作していた。
「バウンティハンターのカムイか……。
こっちの世界にもちらほら名前は出ているようだな。
そしてそっちのアンドロイド、大層な事をしでかしてるな。
有名人のご来店という事か」
「貴方の友人のヤン・ジールイさんをこのような姿にした連中。
それがこちらが探し求めている人々と関係している可能性が高いと俺は見ている。
そして貴方はこのアトラスの『闇』の部分をよく知っておられる様だ。
どうか協力して頂けないか?」
「誰を探しにここへ来た?」
「地上世界で情報ごと消し去られ、拉致されて行方知れずとなった1万人の罪も落ち度もない人間だ。
元はアルコロジー・オオヤマツミに居住していた。
頼む、何か心当たりがあれば教えて欲しい」
「それで一兆NYとか吹いたのか。
それだけの人間が消滅させられたんだろう?
その話が本当だったとして、彼らの資産など何処にも残ってはいないね。
まっ、アルコロジー・オオヤマツミなんて私でも知ってるくらいの超高級アルコロジーの住人。
人生を十二分に楽しんだろうよ。
私の知ったことでは無いし、仮に彼らがこのアトラス内に居たとして、他人の商売に手を突っ込む気は無いね」
「フー・テイシュウ。
貴方には子供や奥さんは居ないのか?
失踪した人間は全て普通の家庭の人間。
子供や赤ん坊、母親や父親、老人も居る。
彼らはこの事態に対して何の責任も無いし、恐らく何故こうなったのかすら把握している人間は少ないだろう。
途轍もない力を持つ政治家の犯罪に巻き込まれたんだ。
少し前まで普通に学校に通い、普通に食事を作り、普通に家族団らんを過ごしていて、訳も分からないままそこのヤン・ジールイさんと同じような境遇に会わせられているかも知れない」
ロボットの頭の声がマキの口から再生される。
「フー・テイシュウ!
俺が見たのはその人たちかも知れない!
今の俺は激しい激痛、気の狂いそうな恐怖に耐えている。
だが、子供じゃ無理だ。
耐えられない。
心の弱い女でも無理だ。
お前も奥さんと子供が居るだろう?
見捨てるべきじゃない!
確かに俺はお前の商売の事は知らなかった。
だが、お前は人面獣心の鬼畜野郎なんかじゃない!
俺はお前がそんな奴じゃない事を知ってる!
良く知っているんだ!」
「ヤンよ、世の中そう感情のままに進んでいい物じゃない。
その結果が今のお前だろう?
1万人の拉致をした事件が本当だとして、私はそれに直接関わっていない。
だがな。
相手が大きすぎる。
このアトラスの大きさに比例するほど大きな相手だ。
手を出したら全面戦争だ。
私の生活は破壊されるし、何一つ利益は産まない」
カムイとマキはほぼ同時に言った。
「俺達がやる」
「私がやります」
フーは黙ってキセルをふかしながら、目だけカムイとマキを眺める。
カムイは言い直した。
「一万人の住人を助け出す実行犯は俺達だ。
大事をやった前科ならマキにもあるしな。
フー・テイシュウ。
貴方は俺達が大暴れする為の情報をこっそり提供し、俺達が大暴れした挙句人々と共に脱出する為の『偶然用意してあったインフラを奪われる』。
そして一万人の無実の人間を助け出す事に協力し、一万人の人間からの報酬を秘密裏に受け取る。
俺達はその覚悟でここに来ている」
フーはカムイ達から見えない半透過ディスプレイで、中華マフィア間で共有されるファイルの中からカムイの文章を横目でチェックしていた。
過去にカムイが関与したヤクザと中華マフィアの暴力抗争、その狭間に巻き込まれた住人の依頼を受け双方に納得がいく形でのネゴシエーションに成功。
救出困難と思われた拉致された十八人の人々を奪還後、恐らく犯罪に関与したと思われる出処不明の資金を使って仲裁。
どちらかと言えば犯罪を取り締まる側でありながら、黒社会の慣習や文化に対する理解も示し、約束は守る誠実な男との評で締めくくられていた。
フーは端末を弄る手を置いてカムイとマキを見ながら言った。
「私は言葉は信じない。
口だけで中身のない人間は山ほど見て来たからね。
その場では心から信じ込みながら自分が誠実な人間だとか、大物ぶって自分は有能な人間だと強弁しながら、即日裏切ったりヘマをして逃げ去る人間はごまんといる。
だが君達が今に至るまで積み重ねてきた物は信じよう。
君たちは今まで乗り越えたように、今、私という一つの関門を越えたのだ。
それでは次はビジネスの話に入ろう」




